この吐き気をのみこんでしまえば

 

「起きろ」
冷たい声と共に頭を固い靴の先で蹴られ、ディーノは薄目を開けた。全開にされたカーテンから太陽の光が差し込んで眩しいことこの上ない。
「いつまでそのみっともねえナリで転がってるつもりだ?」
声以上に冷たい表情で覗き込んでいるのはリボーンだった。まだ若い少年の容姿で、ここまで冷酷な存在感を出せる彼以上の者は世界中探してもいないだろう。なんというか、かわいげがまったくないのだ。
「…もうちょっとソフトな起こし方はねぇのかよ」
「はン」
ベッドに片足をつき、人の頭に銃で狙い定めている。その顔が悪辣に笑んだ。
「おせえ」

言ったのはディーノに対してではなかった。
丁度バスルームから出てきたツナが、カフスをはめながら早足で部屋を横切っている。
「支度は済んだよ………おはようございます」
「あ……ああ」
なんとも間抜けな返事をしたものだ。
ディーノは顔を顰め、ツナも居心地悪そうに立ちつくしている。リボーンだけが唯一涼しい顔で黒光りする愛銃を撫で回していた。
「ツナ」
「なに?」
「とっととこいつに着る物を持ってこい。今に獄寺が来る。この有様を見たら此処は戦場になる」
「すぐに取ってきます!」

二人だけになったところで、ディーノは数度頭を振った。
まだ余韻の残る頭から漂う甘さを追い出し、思い出すためだ。今は何時かも彼は知らないでいた。
「………あれから何日経った?」
「4日と半。もう戻ってもいい頃だ。一段落したからな」
「俺がいない間に…」
「そうだよ。バカが張り切って正義漢ぶりやがるからめんどくせぇことになりやがる」
「俺…か?」
「てめえが蹴散らした組の残党が、な。やるなら一人残らず殺れと、昔教えなかったか?」

全て終わったのだとその目が告げていた。
最初から最後まで一本の筋が通った。

「やつの死体がお前をおびきだす餌だった。カーッとなったてめえがちょっとでも無茶すりゃあ、即サツが嗅ぎ付けて逮捕。そんなところだ」
「今更ボスの復讐でもねえだろ?」
「黒幕はむしろ警察だろう。てめえはとにかく派手で目立つ………」
「手柄の方が、長くご無沙汰ですからね。逮捕者に大物が出ればそれだけ面目立ちますから」
リボーンの言葉を引き継いだツナは、新品の衣服を腕に抱えてやってきた。
ぽんぽんと思い切り良くベッドの上に放り投げていく。しかしまだ目を合わせようとはしない。
「俺の何処が目立ってるってんだ?」
「………自覚無しか」
呆れたように少年が天を仰げば、とりなすように柔らかい笑顔。
「ディーノさんはただ居るだけでもその………目立ちます、よ?」
「回りくどいな。見りゃ分かるだろ」
ドサリと投げ出された雑誌。
微かにうろ覚えの女の顔がアップで、下手な修正の入った隣の男は、
「俺…?」
はたと。
ディーノは顔を上げ、困ったように視線を彷徨わせているツナを見つけて慌てた。
「モデルに女優、議員に辣腕弁護士様までよりどりみどりじゃねえか」
「違う!」
「何が違うんだよ」
リボーンはニヤニヤと、タチの悪い笑みを浮かべている。全て知っている癖に、意地悪な事しか言わないのが彼だった。
「なあ、ツナ」
「………えーと」
「クソッ、変な事吹き込むな!俺は何もしてねえッ」
知ってるだろうが!と激昂するディーノを、リボーンは完全に面白がっている。
挟まれたツナはオロオロとうろたえるだけで、どちらを支持するとも言わない。彼自身困っているのだ。
「ツナ!」
「あの、気にせずに!美人ですよねーっていうか、仕方ないっていうか」
「違うんだよッ!んなマネキン相手に勃つかこの……こんな…」
「え………ディーノさん………」

こんな美人相手に勃たないって病気ですか?と見当違いのことを訊かれ、ディーノはふらりと倒れ込んだ。頭から。顔から。
違う。
単に趣味ではない、という事で、深い意味はない。

「俺のタイプはこうじゃねえの………ああもう」
まだるっこしいのは嫌いだとばかり、引き寄せてキスをする。
散々あれだけした癖に目を白黒させるのをぎゅうぎゅうに抱きしめていると、流石に哀れに思ったのか助け船が出た。
「本当だぞ。だからお前にお留守番、頼んだんだろーが。コイツは適当な女や縄なんぞ、蹴散らして暴れまくるだろうからな。大人しくさせるために一番いい餌だった。ディーノ、お前がまんまと引っかかって4日も出てこなかったおかげで綺麗に片づいたぜ」
「………そーゆーコトかよ」
「でなけりゃ這い出して、自力でカタをつけようとする。良くて逮捕、最悪死ぬ。サツの見せ場の為に」
青くなったり赤くなったり忙しいツナの顔色を見ていたリボーンは、その細腕の何処にそんな力があるのかと思うほど勢いよく彼をディーノから引きはがし、廊下にポイっと投げ捨てた。
「行け。4日もボスが顔見せねえと半狂乱になってる奴が一人居る」
「う、うん…」










静かになった部屋で、衣擦れの音が響く。
身支度を整えるディーノの真後ろで、小さな影が揺らめいていた。
「勘違いするなよディーノ。あれは大事な兄貴分を心配して俺の命令に従っただけだ。じっとしてろ、何言われてもされても黙ってろって、な」

身を翻して去っていく殺し屋の後に続き、ディーノは懐を探った。馴染んだ鞭の感触は実に4日ぶりだった。
溜まっているであろう仕事とこれからの全てについて。考えるだに憂鬱で、うんざりで。ため息が出てしまう。
「……だろうなァ」


2005.10.6 up


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