Mascherato

 

目の前を人が忙しく行き交う。時刻表を調べ、あと20分の待ち時間が判明した時腰を押しつけたベンチは冬の冷気で冷え切っており、他に座っている人はいなかった。
思わず長いため息を吐く。





三ヶ月程の滞在が、半年に延びた。元々そんな進みのない留学を、後押ししたのは母親だった。それも大層な理由などではなく彼女自身が若い頃憧れていた"留学"の文字に舞い上がってしまったからだった。
「人生は一度きり」、母親の口癖である。その時もやたら熱心に「人生勉強する良い機会」だの「なかなか無い絶好のチャンス」だの「ツっくんが向こうで慣れてくれれば母さんも観光に行けるじゃない」という本音丸出しの言葉を重ね、とうとう息子にウンと言わせてしまった。

そもそも何故、熱心な希望者の先輩方を押しのけて2年の若造が交換留学という、幸運の切符を引き当てたのか―――
それは、沢田家の奇妙な居候の力に寄るところが多い。
名をリボーンという。
今から7年前。赤ん坊の彼は13歳のツナの前に唐突に現れた。彼曰く、沢田家の遠い親戚であるイタリアのある人物からの伝言を言付かってきた、との事だった。しかしそう言って渡された一通の手紙は全イタリア語で書いてあり、逆さにしようが裏返そうがあぶりだそうが日本人の中学生の手に負えるものでなく、英語なら翻訳出来る筈だからもしかしてと学校の先生に見せようとしたら、これは極プライベートな手紙なんだと止められた。
つまり、ツナがこの手紙を読もうと思ったら、自らイタリア語を勉強しなければならないのだ。
そして、そんな根性は彼になかった。親戚だかなんだか知らないが、直接会ったこともない存在すら知らなかった人物からの一枚の手紙を訳す為には伊和辞書と首っ引きで単語の意味を調べ、更に文法なども勉強しなければならないに違いない。
英語ですでに人生ウン十回目の挫折を経験していたツナは、そんな面倒はしなかった。
故にその手紙は彼の学習机の奥深くに仕舞われたまま、存在自体忘れ去られていた………

それから7年。
ツナは奇跡的に大学へ合格し、謎の赤ん坊リボーンは成長し謎の少年となっていた。
リボーンはフラリと現れてはまたフラリと居なくなり、の生活をもうずっと続けていて、ツナも母親もそういうものだと思っている。沢田家は問題を追求する能力が低いのだ。
だからツナも、学校から帰るとたまに玄関にある黒い、伊達者の革靴を見るとああリボーン来てるんだあなどとのんびり思ったし、長い滞在もまったく気にしなかった。
リボーンは自らの話は殆どしなかったけれどツナの話は聞きたがったし(興味というより、その人物とやらの依頼らしかった)、その優秀な頭脳でもって簡易家庭教師まで務めてくれた。おかげで大学に合格出来たようなもの、ツナも母親も感謝している。

大学では建築学科に進んだ。ツナが選んだと言うよりは勝手にリボーンが決めていたのだ。それを言うなら高校も大学も学科でさえフラリとやってきたリボーンが勝手に手配していた。
楽だったので、特に疑問に思うことなく言われるままにこなしていったツナだが、小中学ではバカで通っていた自分が、到底不可能と思われる学校に次々合格していったのがこの小さな家庭教師のおかげだと言うことは分かる。
感謝だ。
もう大感謝。ありがたい。

だからツナも母親も、リボーンのその行動の裏に何があるなんて事は、考えもしなかった。

それが分かったのは、大学生活にも慣れてきた2年目である。
建築学科というそれなりの難関に身を置くツナの周りでは、勉強熱心な生徒達がたくさん居た。彼等の話はもっぱら2年ごとに行われる交換留学についてだった。
何しろタダで外国に行ける上、絶対に将来的有利な肩書きもつく。
勉強にも身が入ろうというもので、皆大層熱心にレポートや課題をこなしたし、裏では教授陣へのゴマすりも頻繁にあったらしい。中には費用は自費で出すから………というような、行ったという事実に固執する裕福な家の生徒も居たらしい。
勿論、全て自分には関係ない。
大学を卒業したらそこそこの会社に勤めて、そこそこの生活を送る事を夢見る小市民なツナは留学など考えたこともなかった。行き先がイタリアと聞いてもリボーンこと黒いスーツを着た謎の少年がいつもエスプレッソを飲んでいることぐらいしか思い浮かばなかった。

あんな苦いもの良く飲めるよな。
俺普通のもきついのに………

そんならちもない思考にひたってぼーっとしていたら、何故か教授に呼ばれた。
並の評価ばかり頂いているレポートについての嫌味かと身構えていた彼に、コホンという咳払いの後「実は君を交換留学生に推そうかと思っている」というとんでもない言葉が告げられた。
「ちょっちょっちょっと待ってください!なん、なんで俺が」
「興味はないのかね?良い勉強になると思うよ」
もやもやと紛らわされてしまった疑問の答えは家に帰ってから氷解した。
リボーンがニヤニヤ笑いを浮かべて伊和辞書と手紙を差し出したからだ。
「せいぜい頑張れ」
「これ…」
「留学となれば、嫌でも勉強しないとな」
アッ!まさか!
ツナは唖然とした。あちこちに妙な人脈を持っているリボーンである、大学にも何らかの圧力をかけ、ツナを有力候補者に仕立てあげたのは………
「お前、まさかこの手紙俺に読ませるために………?!」
思わず口をついて出た問いに、少年はただニヤリと笑ってみせたのである。

それから一月もしないうちに、ツナはイタリアの土を踏んでいた。
ビザの取得や各種の手続きも彼のまったく関知しない所で全て済んでいて、もう今すぐにでも渡れるようになっていた。勿論、リボーンの仕業である。
交換留学とは言え、イタリア語もままならないツナの当分の課題はイタリア語習得である。
実質語学留学と言ってもいい。
留学先もそれは2年ごと毎回と承知していて、授業で意見を求められる事などは無いし皆親切にしてくれる。中でも、どちらかというと引っ込み思案のツナが積極的に遊びに行けるようになったのは、現地での同級生のおかげだった。

獄寺隼人はイタリア人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフで、学生にもかかわらず一人暮らしをしていた。
勉強をしながら生活費を稼いでいるというだけでツナはもう彼を尊敬してしまうのだが、獄寺本人は至って謙虚な態度で恐縮し、いつも親切で丁寧な態度を崩さない。

また、学校で獄寺は一目置かれる存在だった。
彼は容姿端麗な青年で、灰色がかった髪と目をしている。十分に長身で態度も堂々とし、世慣れていた。道では向かいあう通行人がわざわざ振り向く事もあるし、業界の人間にスカウトされた事も一度や二度ではないらしい。
ブランドショップの建ち並ぶうちの一軒が壁にでっかく貼っているポスターの人物が彼だ、というような噂もあった。首から下なので本人かどうか今の所不明だが、バングルがたくさんぶらさがった右手首には獄寺と同じ小さな傷がくっきり写っていた。
有名ブランドがズラリと並ぶお国でそれだけの評価を頂くのだから、これはもう大した物である。現に彼は平凡学生のツナでは手の届かないような値段の服を着てくる。
そんな人間がどうして親切にしてくれるのかツナはさっぱり分からなかったが、母親と同郷ということでそうなのだろうと勝手に納得していた。物珍しさかもしれない。大人しく主張の薄いツナを学生達は新鮮に感じたようだったからだ。
学校が終われば夕食に誘い、週末にはイタリア観光に連れて行ってくれる。イタリア語も彼のおかげで大分上達した。

異国の地でのありがたい気遣いとはからいには十二分に感謝しているし、獄寺の事は大事な友人と思っている。
けれど、けれど。
大人しいツナにだって僅かながら主張はあるし、女の子のように優しく丁寧に扱われるのが正直嫌な事だってあるのだ。
そんなことでかれこれ3時間前、ツナは獄寺と喧嘩別れをした次第である。と言っても、ツナばかりが一方的に獄寺へくっちゃべった、というのが正解だ。
獄寺は何時どんなときもツナに声を荒げたりしないし、提案はすれど意見を押しつけるような事は決して無かった。物事の返事は「そうですね」「そうしましょう」「それがいいです」この三言である。

「そもそも、さ………」
此方での生活もそこそこ長く、言葉も相手の喋る事も分かるようになってきたツナである。
最初の頃と違い、獄寺を優しく紳士な人物であると信じる心はぐらついてきた。ツナ以外の人間に対する獄寺の態度は優しいとか紳士、という言葉は愚か、常識とか礼儀という言葉からもほど遠い。くってかかるような物言いをし、相手を脅しつけ、せっかく好意を寄せてきた女の子もとことん冷たく突き放しているのだ。
「おかしいのは、獄寺くんだよ…な」
先程の騒ぎも、ぼーっと歩いていたツナの肩に勢い良くぶつかってきた通行人の手を獄寺が掴みあげ、殴りつけたのが原因だ。
それはご当地名物のスリだったのだが、ツナがやめてくれと縋って訴えるまで獄寺はそいつを殴り続け、蹴飛ばし、足で転がした。見下ろす目が冷たく凍っていて今にも殺そうという顔付きをしていた。
怖かったし、訳が分からなかったし、嫌だった。
現地の警官に突き出せば済む事なのに。
ツナの言葉に、獄寺はこう返答した。
「2、3日パクられて後釈放ですよ。金払えば1時間で済みます」
「だからって、そんな」
「よりによって沢田さんに手を出したんですからね。これぐらいで済んで運のいいやつ…」
「獄寺くん!」





そんなこんなで衝動的に走り出してしまったツナは、そこから駅へ戻るまでに2時間もかかった。
携帯で一言謝れば済む話だったし、現にずっと鳴り続けているのだがツナは態と無視していた。大体、一人でも駅までこれるのだ2時間かかったけど。
獄寺のガイドなど無くても、ちゃんと部屋まで戻ってみせる。


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