Mascherato
留学にあたり、ツナは一つの決断を迫られた。
現地のねぐらとしてホームステイか、学生アパートかを選ばなければならなかった。
ツナは後者を選んだ。
知らない家族と共同生活するよりは、学生数人とアパートの部屋をシェアする方が幾らか気楽だろう、というような動機からである。家事は不得手だし洗濯もロクにしたことがないけれど、他人の、しかも異国の家族と一つ屋根の下で暮らす………なんてことはもっととんでもなかった。
現在部屋では学生がツナの他に3人住んでいる。女二人、男がツナを含め二人。
と言っても出入りは激しく、学校も違うため会えば挨拶をする程度だ。ツナの生活は殆ど獄寺が一緒だった。
部屋には彼が持ち込んだ電化製品(イタリアは高い!)や雑誌雑貨で溢れているし、放っておくと服も勝手に買ってくる。服だけではない。
考えて見れば、何をするにも何処へ行くのも一緒だ。
ツナははたと気付いた。こうして観光に出かけるのも、切符一つ買うにも自分が実際金を販売機に入れたことがあったろうか?
いつも先に獄寺が硬貨を入れ、切符を持って、更に荷物まで持とうとするのだ。
ツナは憤然と立ち上がった。
切符くらい一人で買える!
いや、買ってみせる!
そして一人で堂々と部屋へ帰り、そこから獄寺に電話する、そうだそうしよう。
俺だってやる時はやる男だ!!
販売機の前に行き、財布の中身を確かめる。心なしか緊張で震える手で硬貨を入れていく。
ゴクリ。
思わず、緊張する。日本に居るときは特に意識などしなかった動き一つも、ただ此処が外国であるというだけで。
来て3ヶ月にもなるのだ。出かけた回数も相当なもので、それで未だにこれなのだから我ながら頭が痛い。
小銭ばらまいて慌てるとか、そういうベタな失敗しそうでハラハラしたが、ツナはなんとか無事に切符を出すことが出来た。ホームで電車を待っている間も、財布をスリ取られたり不安でソワソワしているので駅員に目をつけられたりして…と悪い想像ばかり頭を巡った。電車が定刻通りホームに滑り込んできたときはほっとしたものだ。
中はそこそこ混んでいた。
適当な柱を掴み、ほっと一息つく。
これは案外、家に着くまで何もないんじゃないか………
そう考えたツナの希望的観測は甘かった。適度に気をはってはいてもツナはやっぱりツナだった。とにかく、トラブルに巻き込まれやすい。運が悪い。
発射合図が始まり、扉が閉まる寸前で駆け込んできた一人の客がいた。余程の強風の中を歩いたのか、髪の毛はぐじゃぐじゃ。暗い色のコートを着てハアハア息をきらし、ツナの掴んでいる柱の隣の柱に掴まってもたれた。
ふーっ。
さっきの自分と同じようなリアクション。
騒がしさに目を奪われていたツナの前で、その男は肩を上下させながら柱にしがみついている。しばらく経ってもその様子は変わりなく、ツナは疑った。
酔っぱらいだろうか。
それとも、本当に具合が………それならば、係員を呼んだり、したほうがいいのでは。
ツナの目の前にある(男は背が高く、やや屈み気味になって丁度ツナの目線に頭があった)頭は、それはそれは芸術的なつむじ…分け目?をしていて、髪の毛はあっちこっち行き放題、すごいことになっている。
そのせいだろうか、妙に親近感が湧いた。ツナもまた毎朝、自分の頭に四苦八苦する類の人間だからだ。
苦しそうに柱にもたれたまま、男は震える手で顔を擦った。弾みでかけている眼鏡がかしゃんと落ちる。
「あ」
「おわっ…と!―――どうぞ」
思わず、というように呟いた男がのろのろと手をのばす―――前に、ツナは素早く屈んで眼鏡を拾った。
差し出すと、わたわたとかけ直す。
「すみません……」
「いえ、その、それよりも……わっ」
ぐらり。
電車の揺れにバランスを崩した男が柱を中心に振り回された。大口を開けてガーガー寝ているじいさんにぶつかりそうになったところに、ツナは割って入って衝突を阻止した。
「大丈夫ですか!」
「ごめんなさい」
男はフラフラのまま寝ている老人に謝り、周囲に謝り、鈍くさい仕草でツナに謝ろうとしてそのままガクンと足を崩す。
「うわ大丈夫じゃないですね!係のひと呼びましょうか」
「いえ平気…」
「そぉですかぁぁ??」
思いっきり疑わしい、と声にだし、ツナは男をよいしょと支え直す。
「あの、何処で下りるんです?俺次なんですけど」
「は……い…」
ツナは男に肩を貸し、電車を降りた。ベンチに座らせて様子を見る。
顔色は青くていよいよいけない。
「吐きます?」
「いえ…」
眼鏡や口元を押さえ、ぶるりと震える男はどうやらツナと同郷のようだった。試しに日本語で話しかけると、日本語で返ってきたからだ。
いつもなら男を助ける事に、ちょっと考えていたかも知れない。
けれど今日はたまたま過去を振り返るきっかけと暇があり、それによりどんなに自分が人に助けられたか、また、異国の地の心細さ等、身に染みていた。
いつも獄寺くんに親切にして貰ってるんだもの、俺だってたまには人を助けなきゃ。
ツナは俄然やる気を出し、もう一度男へ伺った。
「病院へ?」
答えはノーだ。緩慢な仕草で首を横に振ったきり、膝へ伏せってしまった。
ツナはタクシーをとめ、男を中に運び込んだ。
アパートへは車で10分ほどしかかからない。出入りも自由だし、少し休んで貰おう。
酔っぱらいか何かだろうと仮定して、連れて帰ることにした。
アパートへ帰ると案の定、女の子たちが友人を連れ込んで騒ぎの真っ最中だった。
誰にも見とがめられることなくツナは酔っぱらい(多分)を部屋に連れてきて、ベッドへ転がした。服を緩めた方がいいのだろうか………と束の間悩んだが、失礼になってしまうといけないので止めた。
横になると苦しそうな息が少しは楽になったようで、安定したリズムへ変わる。
「つ、つかれた」
重いモノをずっと背負ってきたせいで、肩はガキガキ。首も心なしかまわらない。
腕をぐるぐる回しながら、部屋のものを手早く寄せる。ある日の午後獄寺が勝手に持ってきて敷いてくれた毛足の長いラグの上に転がると、毛布を出す。クッションを掴んで寄せる。
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