Mascherato

 

流されてる俺。
思いっきり流されてるよ!

部屋に入るなりバタンと扉を閉めて、怠い体をもたれさせる。顔が、耳まで赤くなっているのが自分で分かった。
「沢田君?」
「………ごめん、なさい」
ずるずると体が滑り、床にへたりこむ。
扉の向こうすぐ側にとても近い気配があって、何をどう言ったらいいのか混乱した。
「ごめんなさい。後で電話します…」
だから、今は勘弁して欲しい。
出来ることならそっとしておいてくれ。
思いっきり叫ぶとか部屋中転がるとかの儀式を済ませないことには、気持ちが落ち着かないのだ!

二人は深夜、珍しく電気の全て消えたアパートへ戻ってきた。
六道の運転はあまりにも静かで、疲れていたツナは助手席でうとうとしかけていたのだが、車の停止した瞬間に目が覚めた。
「ふわ?着きました?」
「ええ」
眼鏡をかけ、前髪で顔を隠していた、全く普段通りのままの六道はわたわたと手荷物を探すツナの手を掴んで引き寄せる。そして間近に顔を寄せたのでびっくりした。
「うええ?」
「体は…辛くありませんか」
ツナの反応はというと。
むぐ、と口ごもった。
次第に赤くなってくるその顔を、至近距離で見ていた六道はうっすらと笑いを浮かべ、首を傾けて口を触れ合わせた。
うわあ、まただ!
「ぎゃっ」
あまりこの状況にふさわしくない悲鳴をあげると、思いっきり腕を前に押し出す。
ドンと胸を突かれて僅か後ろに下がった六道の手が離れた瞬間、ツナは扉をあけて転がるように外へ出た。そのままアパートへ突進し、体当たりに近い勢いで部屋に飛び込む。

まただ、またこの空気。
なんか苦手だ………

常日頃、全てのことに無関心そうにぼーっとしている六道と。
昨日の今日初めて会った、何かスイッチが入ってしまったいかがわしい彼と。
ギャップに戸惑い、気持ちが混乱する。そういう人は知っているけど、自分にされるのとただ見ているのでは大きい違いがある。
どうしよう。

目を瞑ってぎゅうと、色々噛みしめていると、やがて扉を隔てた六道が静かにその場を離れたのが分かった。
コツコツと大人しい足音が遠ざかり、車に乗り込んでドアを閉める音。
エンジンの音を響かせて、車はまだそこにある。けど、足が動かない。
顔なんてとても見れない。
少しの間の後、車が発進する音が聞こえた。転回させ、ぐるりとアパートの前の空きスペースで回り、走り出していく。
よろよろと窓辺に寄ったツナの目に走り去る姿が映った。

「はーっ………」
目に涙すら浮かべてツナはベッドに倒れ込んだ。
馴染んだそれにじわじわと生暖かい水が染みていく。体が痛いのでなく、いや少しは痛いのだが、ぐちゃぐちゃになった気持ちを整理したかった。

あんな顔してるなんて反則だよなあ。

もし、付き合ってくれと言われる事前にあれを知っていたら、きっと二の足を踏んでいたろう。多分そこは六道も見越して、あんなに時間をかけたのだろうけど。
部屋を出るときは愚か、風呂とベッドでだけしか彼は眼鏡を外さなかったので、今回の遠出で六道の素顔を見たのはツナだけだ。普段からあの調子で隠していれば、もしかしたらとても珍しいものかも。
………キレイだったけどさ。
色違いの双眸はただ珍しいというだけでなく、見つめられているとなにやら思わぬ事でも口走ってしまいそうな魔力を持っていた。嫌だとか駄目だと言っても、結局最後まで明確にあがらえなかったのも、あの目に見つめられていたからだ。

思い出すと、背筋がぞくんと震えた。

ツナはもぞもぞとベッドに潜り込む。もう何をする気も起きなくて。
スンと鼻を鳴らして目を閉じると、あとはもう一気に眠りに落ちていった。





別に、相手に対して思うところがある訳ではない。まるっきり自分の問題だった。
だから次に六道に会ったとき、カフェの隅っこでカップの中身を掻き混ぜながら怒ってるんですか、と問われたとき、どう答えたものかと悩んだ。
「別にそんなことはないです」
「そう?」
「そうです………よ」
まだちょっと落ち着かない雰囲気で、あちこち視線を巡らすツナに、六道はコツコツと指で携帯をはじいた。
「会ってくれないから。嫌われたのかと思いました」
「そうじゃなくて………」
どう説明したらいい。
タラタラ冷や汗を掻きながらツナは口ごもる。しかし、このままではいけない。
意を決して顔を上げると、丁度正面から六道と目が合ってしまい、慌ててそらした。
「ほら」
「違います!」
向かい合う普通の距離も意識してしまう。
相当重傷だった。こんな自分、気持ち悪い。
「恥ずかしかったんです………!」
「―――は」

正直な気持ちを、正直に吐き出した。一気に。
途端六道は目を丸くし、一拍置いて盛大に声を上げて笑った。
最初はまるで悪役のようにクククと喉を鳴らしていたのに、途中からたまらないというように爆発的笑いに移る。
珍しい姿に今度はツナが目を丸くしたが、やがて呆けたように全身から力が抜けた。
「そんなに可笑しいですか…」
「ククッ……クハハハッ………いや、失礼」
ほんとにな。
幾分冷めた目でじろりとツナが睨むと、六道は笑いを収めようと真面目な表情を取り繕う。
けれどまたぐつぐつと笑い出してしまうので、結局ツナも笑い出した。

「あの、俺ね、本当に初心者なんですよ。だから…慣れないです、すみません…」
「いえ僕は」

スッと空気が動いた。携帯を弄んでいたツナの手に六道のそれが重なる。
テーブルの下でぎゅっと手を握られ、思わずびくびくと周囲の様子を伺う。
他の客は話に夢中で此方など見ていない。

「嬉しい」


next

文章top