Mascherato

 

小さな返事と少しの間。鍵が外される音を聞くと自分はこの人間に存在を受け入れられているのだと不思議な気持ちがする。ノブが回って扉が開く。
「六道さん…」
驚いたように目を見張るツナを部屋に押し込めながら、六道は性急に唇を重ねた。硬直した背を折れそうな程強く抱いて舌を絡める。
くぐもった声がした。
「な…あ、ちょっ………」
細い腕が拙い抵抗をする。弾みで転がった眼鏡はレンズを下にして床の隅に落ちた。

仕事の後血が騒ぐ事など、最近は滅多に無かった。
まだ殺し初めのルーキーの時代にさえ、冷たく冷えていた体。
ぐらぐらと煮立つ衝動をぶつけることは、多分良くないのだろうけど。

「痛ッ…」
押し倒して膝を割る。上衣をめくって薄い胸板をむき出しにするとそれがぶるりと震え、誘われるように赤い突起にしゃぶりついた。
舌を動かしながらバックルを外し、ファスナーを下ろしてずるずると下着ごと抜いていく。白い内股のすべすべした肌を撫でると、冷たいと文句が来た。
腹を滑って下へ。まだ反応が無く柔らかい性器をくわえると、ツナは我に返ったように暴れ出した。嫌だとか汚いとか、幼い口調でぽんぽん出てくる。
「させて。したい」
口の端で引っ張りながら言うと、抵抗が止んだ。
訳が分からないと訴える口に指を這わせ、突っ込む。ぐねぐねと舌を動かし、首を動かしながら育てていくと無理矢理快感を引き出されたそれがじわりと独特の味を滲ませた。
寸前で裏と、後穴との間、会韻にねっとりと舌を這わせ、ひくついている口に濡れた指を押し込む。
突っ込んでくちくちと掻き回すと、不満を訴える声が高いものになった。
「はあ……あ、あ!」
出るから離せと訴える舌足らずな声。甘えているようにも聞こえる。
殊更深く咥えこむと、耐えきらず、はじけた。
「ぁ……くぅ」
とろりと濃い精液が舌の上に乗る。まだ数える程しか抱いていない、未熟な体。年齢を聞いて驚いたのを覚えている、差が一つ二つとは思わなかったのだ。

だらりと垂れた手足をもう封じる必要はない。はあはあと荒い息を繰り返し、上下する胸には手を、そえるだけにする。
撫でるように動かすと閉じていた瞼がそろそろと上がる。
伺うような色を見ると、身の内に凶暴な熱が宿った。
「は…」
口付けて、まだ舌の上に残っているものを流し込む。間近で見る目が泣きそうに歪み、うぅ、と唸って首を振って逃れようとする。
逃がすものか。
追い掛けて舌を歯で押さえると、全身が緊張したのが分かった。

「………怖がってる」
耳元で呟くと、小刻みな震えが伝わってきた。
「なん…で……いきなり、」
「さあ……?」
頬をすり寄せる。唇で辿る。瞼や鼻、口、耳。一つ一つ確かめてみる。
大きく見はられた目。
驚いていた。恐がっていた。
そして、どうなるのだろうという興味もそこにはあった。

そうだ。

いつも壊れ物を扱うように抱いた。触れるときも、話すときも傷つけないよう優しく、優しく。だから知らないのだ、彼は。

乱暴に押し広げたそこに先端を突っ込む。低く呻いて縋る指が白くなり、力を込めて皮膚を傷つける。表面だけ。彼はどうしようもなく非力だ。
汗を滲ませた額を撫でてやると、薄く目を開いてぱくぱくと息をする。
その口がようやく言葉を紡いだ。

「六道さん怪我………!」

 

 

 

「ああ、これ」
ゆっくりとそう答える六道の目は限りなく虚ろで、そこに自分を映しているかも疑い深い。
「痛くないんですか」
「痛くないですよ」
「うそ」
こんなに血が出てるのに。信じられない。
やっぱこの人どっかおかしい。
「うそなんて。僕嘘は言いません」
振り回される。
ガンガンと叩き付けるような強さで打たれて悲鳴があがる。快感と痛みがない交ぜになって、やや痛みが勝る、激しい情交の裏でツナは必死に考えた。
腕を触った、ぬるりとした。血の匂いがして服が赤かった。
爪が傷に食い込んで痛いはずなのにこの人は痛くないなんて言うし。
「止めて………!」
ぱっぱと赤い色が散る。動きの激しさに傷口から血が、滴りながら撒き散らされているのだ。
おさえようにも激しい突き上げが襲ってくる。コントロールできない。
「止めろっ………て、ば!」

どぷりと奥に溢れる感触がした。汗がじわりと滲む。
女ではないから妊娠の危険はないものの、生々しい触れ合いに今更ながら恐怖した。
六道とは数回、関係を持った。そのどれも避妊具を使うか、繋がらずただ緩い快楽を貪るだけの、薄い膜越しの行為。

震えていると、強く抱かれる。それでも中まで入り込まれたような不安は拭えず、寧ろ強まるばかりだ。怖い。
「―――まだ」
体をひっくり返されるなり、またずぶりと押し込まれた。
六道は遠慮無く腰を使う。耳の後ろに噛み付き、舌を這わせてクスクス笑うと不意打ちで引き、また深く突く。
声を上げる気力もなくなり、ツナはぐったりとされるがままでいた。中途半端な快感に勃ち、痛みと不安のせいで達せないでいた性器は六道の動きでぐりぐりとシーツに押しつけられ、湿った音を立て始める。
目敏く見つけた彼は手を伸ばし、扱いて、吐き出させようとする。
「うぅ…」
酷い。
ツナは恥ずかしさとパニックで手の甲を噛んだ。強く。
強く。





幾度も失神を繰り返して、何度目かに目覚めた時ようやく体が離れていた。
動かない体を気合いで動かして振り返る。
寄せたベッドの壁にもたれ、足を投げ出した六道の腕からはまだ血が流れていた。ふつふつと、玉になってこぼれるそれにも頓着せず、ぼーっとした視線を反対側の壁に固定していた。
傾けた首筋が綺麗にくっきり薄闇に浮かんでいる。
もうそんな時間なのだ。
「………ぅ」
来たのが昼前。
今は夜。
「ちくしょ…う」
悪態をつきながら床を這う。ちらりと視線を向けられた気配はしたが、特に声をかけるでもない。助けるでもない。
ツナもむきになってしまう。
意地でも一人でと意気込んで部屋の端まで行き、そのものを掴んで思いっきり………と言っても力の入らない今はふぬけた動作しかできないのだが、投げた。
カラカラと音を立てて転がった救急箱は、日本から持ってきた。一通り、揃っている筈だ。
母が常備薬をたくさん入れてくれた大事なもの。
「うぐぐ」
また来た道を引き返し、ようやくベッドに這い上がったツナは会ってこの方絶対に見せたことのない、それどころか近年したこともない、ひどい仏頂面で箱を引き寄せた。
蓋を開ける。薬箱の漢字がにじんでぼやけている。
(疲れのせい…痛いせい?)
逆さにしてぶちまけ、消毒薬を拾ってまじまじと裏面を読む。飛び上がるほどしみる薬だといい、なんて意地悪な思考で六道の腕を掴むと、中身を全部傷部分に垂らしてやった。

「………っ!」
澄ましていた顔が一瞬ぴくりと動く。いい気味だ。
ツナは込み上げる笑いを堪えながら拭き、ガーゼを当てて包帯でぐるぐる巻いた。仕上げに患部をべちんと叩く。
飛び上がる六道に背を向けて布団に潜り込む。

小さくすみませんが聞こえた。

―――ほんとだよ。

刃物で切ったような傷がどうしてついたのか、なぜ手当もしないで此処へ来て、乱暴をしたのか聞きたいことはたくさんあったけれどもう一言だって喋れなかったし、指一本動かせそうになかった。


next

文章top