Mascherato
流れ出したガソリンがまだ勢い良く燃えている。鋼鉄の破片が雨を受け、湯気を立ち上らせている。
部下はなかなか優秀なようで、見事ボスを庇ってみせた。背と頭を強打して意識が薄らいでさえいなければ果敢に、しぶとく、立ち向かってくるのだろう。吹っ飛んだドアの下敷きになっている。
二人もつれて転がっている。
灰色の髪をした男が大事そうに抱えているのはまぎれもなく彼だ。
まだ生きている。
強まってきた雨足と野次馬をぐるりと見渡し、六道は天を仰いだ。使い慣れたリボルバーはしっかりした重みと感触を手に伝えている。
不意に笑いが込み上げてくる。結局最後は。
本当ならもっと早くに家を尋ねる事も出来たが、直に顔を見るのが嫌だった。車の激しい振動が起爆装置を起こす仕掛けをしたのは、逃亡者が安全運転をする確率は限りなく低いことを知っていたからであり、もっと感傷的な意味合いもある。信じたくないし、信じがたいけれど。
「う………」
小さく、弱々しく彼が呻く。体の何処かをやられたのだろうか、苦しそうな息の下助けてと微かな訴えが聞こえた。
助けて。誰か。
わざと足音をたてて側に寄れば、のろのろと這い出してきた手が靴先数センチの所でアスファルトをひっかく。白い爪。華奢な指。
オイルに濡れた路面からじわじわと迫る炎は、そこへ辿り着く前に雨で消えた。
六道の口からため息が漏れる。
憂鬱だ。
限りなく憂鬱。
あの仕事は此方の腕を見るための前哨戦だった。
捨てる寸前でかかってきた電話は新しい依頼主と直通であった。つまり、このルートはもう使えない。電話の向こうで何が起きているかも大体想像がつく。
姿を眩ますことも出来たが、ぶら下げられた餌に食いついたのは獲物が予想以上に大物だったからだ。普通なら、手が届く事自体難しい極上の。
そもそも依頼主自体思わず口元が綻ぶ程の―――
この仕事が済んだら―――
「ぁ、あ」
僅かずつ身を進めていた彼が、汚れた指で靴を掴んでいた。
「だ、れ……か…」
しきりに目を瞬かせ、気にしている。
爆発の閃光でやられたのだろうか。その目はひらいても焦点を結ばずうろうろと彷徨うだけで、六道を捉えはしない。目と鼻の先にいても、気付かない。
「ごくでら、くん…?いないの………」
不安そうなか細い声で側に倒れる男の名を呼ばわる。その姿はひ弱で儚い。俯いてぽろぽろと涙をこぼす。
片手一本でへし折れそうな首が無防備に晒され、六道は気配無く手を伸ばした。
ビクリと肩を揺らす。振り返る。その口が言った。
「六道さん?」
「ええ。此処にいますよ」
皮膚越しに上部頸椎へそえた手はそのままに、六道は答えた。
「六道さん」
精一杯伸ばされた腕は所々傷つき、血が流れ出している。六道さん、六道さんと何度も繰り返し呼びながら目の前をうろつきまわり、とうとう探し当てた。濡れた手が頬を這いずる。
「あ、本当だ」
頬から鼻へ、鼻から目元へ。首を伝い肩に下り、腕を掴んで彼は少し不安気に声を揺らす。
「怪我、まだ、治ってない………ですね」
「君も」
「あはは………なんだか足の感覚、無いです」
「そう…」
「目ぇ、痛いし見えないし―――」
ひくん。
喉が鳴った。じわじわと滲む涙に混じって赤い色が流れてくるのは頬に幾筋も傷が付いているせい。打撲の痕も痛々しい顔に、苦く混じる。
「どうして黙ってるんですか」
そうだ。
「なんで何も言わないの六道さん」
僕は
「そうだ、獄寺くん、が―――」
肝心なところで嘘がつけない。
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