肉ってなんだ

 

 すごい場面を見てしまった。


 校舎裏、樹木に遮られて周囲からは完全に死角、そんなマニアックな場所に人が居るとは思わないではないか。別に、のぞき趣味があるわけでもなく、単なる偶然だ。
(ひえええ…)
 冷や汗を垂らすツナがべったりと張り付いた壁の裏には、二人の人物が。
 これが普通の生徒なら、ツナとてそっと立ち去るとか聞き耳を立てるとか色々対処のしようもあるのだが、
(動いたら殺される絶対)
 ツウ、と腹を汗が伝った。
 柔らかな春の日差し、爽やかな風、美しい新緑と来て、

「ボクを貴方の肉奴隷にしてくださいっ!!!」
「はぁ?」

 異常な告白。
(春…だからな…)
 ツナはそっと目を瞑り、たった今不適切な発言をした人物の冥福を祈った。



 並盛中学恐怖の風紀委員長、雲雀恭弥が硬派の割にモテる事は知っていた。
 靴箱にラブレター、バレンタインに山盛りのチョコ、その他行事ごとに大量の差し入れが彼の元に届けられている。
 その影響力は年下年上関係なく、まあ理由も分からないではないのだが、それにしたって。
(ありえねえ…)
 今、校舎裏で雲雀に告白をしているのは男子生徒だ。ツナの目がおかしくなければ。
 雲雀も予想外の展開だったのか、構えたトンファーの位置を微妙に調整しながら眉を顰めている。
「なにそれ。意味が分からないんだけど」
「はぐっ」
 分からないなりにボコるのが、彼らしい。
 ツナはガタガタ震えながらその場面を覗いていたが、殴られた生徒が恍惚とした表情を浮かべて吹っ飛んできたので思わず硬直した。
「――ん?」
(げ、バレた!)
 バチッと視線が合う。ツナはわたわたする。
 雲雀はつまらなそうに眇めていた目を見開き、ツナを見てふんと鼻を鳴らした。
「覗きとは良い趣味してるね」
「ち、違います俺はただ通りすがりの」
「ああああっ!」
 倒れ伏していた男子生徒が、突然大声を上げてゆらりと起き上がった。
 意外と根性ある、ヘンタイだからか、と妙な感心をしたツナの前でそれは言った。
「も、もっと撲ってください…!」
「ヒィッ?!」
 ポッと頬を染めて殴られた場所を押さえる、生徒の目つきが怪しい。
 雲雀への恐怖とそいつへの恐怖――天秤が丁度釣り合ったとき、ツナの額から一筋汗が滴り落ちた。
「言われなくとも」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 進んで生徒を殴ろうとする雲雀を、ツナは反射的に止めた。
 このままでは目の前で死人が出てしまう。例えそれが殴られて喜ぶ変態でも、寝覚めが悪い。
「お気持ちは分かりますがここここは抑えて…!」
「逃がせって?」
 意外なことに、雲雀は鋭い音を立ててトンファーを仕舞った。
 ホッとしたのも束の間、こんなオマケつきだった。
「君が相手をするというのなら」
「うぇー?!」
 通じ合っている…とまではいかなくても、とりあえず会話が成立している二人を男子生徒は羨ましげに見つめている。
 その目に浮かぶ感情は嫉妬だった。
「うっ…」
 ぽろりと真珠のような涙を流し、その男子生徒は立ち上がって走り去っていく。
「あっ、ちょっと!」
 俺をこのままおいてくなあああああと内心叫ぶツナだったが、後ろからやる気満々の殺気をあてられて沈黙した。
「逃げる気かい?」
「いいえ…滅相もない…デス…」





 死を覚悟したツナだったが、意外にも雲雀は手を出してこなかった。
 スタスタと目の前を通り過ぎていく――放って置いてくれるのかと思いきや、「早くしなよ」と怒られた。着いてこいと言う意味だったらしい。
 授業はとっくの昔に始まっている。ツナはたまたま、先生にガラクタを校舎裏に置いてきてくれと頼まれただけだったのだが。
 しかし雲雀と歩いているだけで通りかかる先生も用務員も他の誰でも何も言わないのが不気味だった。彼の影響力を思い知る。
「入って」
 初めて雲雀と出会った(そしてボコられた)応接室にツナは通された。
 雲雀はどっかとソファーに座ると、前の席を顎で指した。
 恐る恐る腰を下ろすツナ。
「それで?」
「……えっ?」
「なんだってあんな場所に。授業中だろ」
「それは…」
 先生に頼まれたから。
 たまたまぐうぜん。
 理由はあったが、どう言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
 ツナは結局すみませんと謝った。
「どこから見てた?」
「ええと…『ずっと前から好きでした』の辺りからです…」
「殆ど全部じゃないか」
「はあ」
 そっと顔を盗み見る。
 雲雀の顔は能面のように無表情だった。怒っているようには見えないが機嫌が良いようにも見えず、ツナは戸惑ってしまう。
「あの…さっきのは…」
「面倒ごと」
 スパンと言ってのけた彼は、実に疎ましそうに吐いた。
「お…大勢の人に慕われてるんですねっ」
「特に春先になると多い。面倒だな。間に合ってるのに」
「……」
(俺の…記憶が正しければ、あの人肉奴隷がどうのこうのって…言ってたよな)
 間に合ってるって事は、そういう役割の人が居るのだろうか。
 健全なる青少年であるツナは、顔を真っ赤にした。
(ちょっ…と想像してしまった)
「でも…男の人まで告白してくるなんて大変ですよね……アッ」
「?」
 余計なことを言ったかも、とビクビクしたが、雲雀は特に怒る様子はない。
(もしかしたら日常なのかな? 雲雀さんのファンって性別関係なさそうだもんなー)
 ツナとて並盛中の生徒である以上、色々と情報が入ってくる。
 雲雀は強い。
 大人の手にも負えないような不良を束ね、風紀を乱す者には容赦しない。
 そういう硬派な所に憧れるのは、何も女の子だけではない。
 怖いけど、なんだかんだ言っても頼りにしてしまう、そういう存在なのである。
 にしたって肉奴隷は有り得ないけど。中学生だぞ、俺ら。
「にしても、分からない事がある」
「へ?」
 唐突にそんな事を言った雲雀に、ツナは思わず顔を上げてしまった。
 目が合う。
 その瞬間、雲雀はゆっくり瞬きをした。
「奴隷志願は沢山いるけど、たまにああいうのが混じってる」
「ああいうの、ですか」
「肉って何?」



「…………ミート?」
 とりあえず、答えに困ったツナはそれだけ言うのが精一杯だった。


2008.3.11 up


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