オトモがこわいのでついてきてほしくない
別になりたくてなったわけじゃない。
最近とみに口にする事が多くなった言葉である。 とはいえ気のいい雑貨屋の姉さんや、小さい頃から知られている農場管理人の兄さんに悪気はなく、単に臆病で腰の重い自分を励ましているのだろう――ということぐらいは分かるのだ。 しかし、本当に、自分はハンターという職業に憧れなど持っていないし、むしろなりたくない。 農夫でも漁師でも大工の見習いでもいい、でもこれだけは避けて通りたい道だった。 しかし現実は無情で、ツナは訓練を受け、習いたくもないハンターとしての心得を連日連夜叩き込まれていた。今夜だっつーてんのに、眠いし危ないって言ってんのに! あの熱血指導がモットーのおっさ……いや教官殿は限りない熱意を持ち、かつ顔面超至近距離でツバ飛ばしながらエクスクラメーションマークを多用してハンターの! ハンターは! ハンターたる者! …である。うんざりだ。 そりゃツナだって分かっている。教えてくれるのはありがたい。 ハンターが動くフィールドは人の手があまり入らぬ大自然のド真ん中。野生動物危険動物地形的、物理的危機と常に隣り合わせ。 だから下手をすると死ぬ。怪我で済めばいいけど、当たり所が悪かったりモンスターに頭からぱくりとやられたら一巻の終わりなのだ。 だから未だ右も左も分からぬ新人に、一生懸命ハンターとして生き抜く術を叩き込もうとするのはある意味当然なのだ。ありがたい話である。 だが此処で重要な矛盾が生じる。 そもそもツナが――このハンターとかいうけったいな職業に就く羽目になったのは、彼のまったく与り知らぬ所での決定事項であり。 その選択にツナ自身の意思はひとっつも挟まってないワケで、反発を感じるのは当然なのだ。出来たら明日にでも辞めたいんだ俺は! 「はあー…」 ピチチピチチと鳥の声で目覚める早朝。 本来なら爽やかな目覚めであろうそれが、今はつらさ悲しさしか伝わってこない。 軒先のスズメも七を越えたらただの騒音で、母親が鍋蓋を叩いて起こしに来るより鬱陶しい目覚ましだ。 通年開けっ放しになっている開放的な作りの一軒家が、ツナと母の住居である。 薪の燃える匂いがし、料理をする物音がしている。早起きの母が弁当を作ってくれているのだろう……ありがとう、母さん。行き先があんな場所でなければ本当に嬉しい事なんだけどね。 ツナはもそもそと寝台から起きだし、水差しを傾けて顔を洗った。 村の端っこに年中タダで浸かれる小さな公衆浴場があるおかげで、ユクモ村の住人の手支度は浴場の更衣室で行われる。 中央にある観光客用の大きな露天は開放的で良い眺めと評判だが、入っているのは癒しを求める観光客や逞しいハンターばかり。此方も自由な入浴が認められてはいるものの、知らない人ばかりで若干気後れしてしまう。 裏手の小さいほったて小屋みたいな村浴場が丁度良いのだ。 今日も盛大におったっている爆発頭もそのままに、おはよ〜、と気の抜けた顔で挨拶すれば、母は何が可笑しいのかケラケラと笑ってみせた。 「あら珍しい。いつも昼まで起きてこないのに」 「…それは、夜間演習のせいで、俺別に、いつも遅いってワケじゃ」 「お弁当、要るでしょう?」 「うん…」 ふわあ、とあくびをして食卓に着く。 簡素な木のテーブルには所狭しと皿が並んでおり、朝から豪勢な眺めである。 「随分張り切ってるけど、何かあるの?」 「ふふ、とってもいいことよ」 「父さんから連絡でも来た?」 今頃何処をほっつき歩いているやら――いつでも絶賛行方不明の父親から便りでも届いたのかもしれない。そうすると、母はいつも機嫌がいい。 「父さんは春まで帰って来ないわ。手紙が来たじゃない。それより、ねえ」 「んー?」 意識を覚醒させる熱いお茶を口に含むと、ツナはちらりと窓の外に視線を走らせた。くそ、やけに良い天気だな。まあ雨だろうが雪だろうが訓練はやるんだけど。はあ。 「今度ね、新しい子をお手伝いに頼もうかと思ってるんだけど」 「また?!」 また、の所でツナの呟きはニャアという鳴き声にかき消された。 ぞろりと向く幾対もの眼。 キラキラと朝の光を反射したアイルーのそれは本当に綺麗だが、流石に狭い台所で六匹も一斉に向かれると、ひく。 「これ以上増えたら、ホントにもう寝場所がないんだけど」 「だってツナ殆ど家にいないじゃない」 「寝に帰ってるだろ……ってかまた俺の部屋に詰め込むのかよ!」 「だって、ねえ」 アイルーというのは、可愛さと器用さを併せ持つ、知能の高いモンスターの一種族である。 美しい毛並み、二足歩行可能な発達した身体、器用な手先を持ち、家事をしたり行商をしたり職人に弟子入りしたり、ハンターについてあるく者までいて、やたらと人社会に馴染んでいる。 ツナの母はそうした人社会のアイルー、の一歩手前、準備段階の彼等を引き取って人との共同生活を教える仕事をしている。 と言っても普通に生活し、お手伝いしてもらったり、遊んだりおしゃべりしたりするだけで、特に何を教えるというのではない。 ただ母の仕事は村外でも評判が良く、奉公に出たアイルーからもよく肉球スタンプだらけの手紙を貰っていたりするので、それなりに腕があり慕われてはいるのだろう。 母の部屋には既に二匹のアイルーが寝泊まりしていて、客間に三匹、残る一匹は何故かツナの部屋にいる。 足下につくった寝床を無視して寝台を占領していたり、腹に乗ってきたりととにかく傍若無人の振る舞いである。母には絶対服従でゴロニャンと甘えている癖に… 「おばあさんに頼まれちゃったんだもの」 「そんなあ」 「それに、ツナだってもうすぐ正式なハンターよ。そしたらお世話になるでしょう?」 母の言うおばあさんというのは、ネコバァと呼ばれるアイルーの仕事斡旋人の事である。 村の名物大浴場(観光用の方)に続く石段の前で大きなカゴを背負い、いつでもアイルーに群がられている名物ばあさんだ。 その仕事上母とは浅からぬ付き合いがあり、ツナは尻の青いチビの時から知られていて、いつもオシメを替える時におしっこを顔にかけられた話をされるのだが……いやこれはどうでもよかった。てか、知らないよ。憶えてないんだよ! ばあさんはハンターのオトモをするアイルーの紹介をしていて、ユクモ村出身のハンターは皆彼女のお世話になる。 このままいくとハンターになる(なってしまう)ツナも、当然彼女の斡旋するアイルーをオトモとして雇う事になるのだ。 「うう…」 仕方あるまい。 それに、そうでなくてもきっと母は断れない。 昔から頼まれると嫌とは言えない人なのだ。そしてツナも、良く似た性格をしていた。そのせいで今大変な事になってるんだけど。 「よかった。さあ、新しいベッドを作ってあげなくっちゃ!」 どうせそいつ使わないぜ、とツナは口の中だけで呟いた。結局やつら、一番いい寝床を探すんだ。分かってるんだから。 そしてそれは自分の寝台で間違いないに決まってる。 |