オトモがこわいのでついてきてほしくない

 

 ピシャピシャと足下の水を跳ね散らかしながら、ツナは重い装備を背負ってヒイコラ走っていた。
 ちょっとばかり山の幸を掘りに行くだけなのにこんなバカでかい大剣を背負わねばならないのは、行く道にもモンスターがうろついているからだ。
 元々村の裏手のちょっとした森に、キノコタケノコ狩りに行く時だって、この辺の村人は鉈ぐらい持っていく。
 藪の切り払いに便利だし、固いタケノコを地面の下から取り出す道具にもなるからだ。勿論モンスターの気配がしようものなら一目散に逃げ出すし、戦うなど絶対あってはならないこと。
 武器や訓練もなしにモンスターに立ち向かうのは無謀以外の何者でもない。腕の良い猟師のゲンさんだって、猟銃がなければどうにもならんと言っていたし。(ゲンさんは若い頃無手をして森に入り、片眼を持って行かれたのだ)
 ヘナヘナになりながらも一応訓練を受けたツナ、今では狩猟地のベースキャンプ付近に出る小物モンスター相手ならなんとかなる。
 最初の頃は泣きながら逃げ回っていたが、コツとタイミングさえ掴めば思ったより容易く急所を突ける事に気付いてからは、ほどほどに逃げ回ることにした。
 まあ、小物相手の話だけれども。
 ちっさい恐竜や飛んでる虫ぐらいならともかく、教官や村の人はすぐ大物を相手にさせたがる。まだ無理だ、っていうか嫌なんだけどな。話聞かないんだもんなあ、あの人達。

 お前なら出来るはずだ、お前ならきっとやれる。

 出来ないしやりたくもないのに。
 見てたら村一番ヘタクソなのは分かるだろうに。
 皆やたらと自分に期待を寄せているようだ。
 ちくしょう、原因は分かっている。そう――
 父さんめ!





 ツナの父はその道では有名なハンターであった。
 こんな田舎では見たことも聞いたこともないようなモンスターの皮とか鱗とか牙とか角で作った頑強な装備に身を固め、ありとあらゆる武器や道具を使いこなし、どんな困難なクエストも必ず完遂する、不可能はないと言われてきた伝説のハンターなのだ。
 今現在その籍を一応このユクモに置いてはいるものの、父自身は世界中を飛び回っており自宅には滅多に――下手をすると年単位で帰ってこない。
 なんでそんな有名人がこんな田舎の温泉村にといえば、まあぶっちゃけ自分の存在が原因らしい。成長した今、あんまり突っ込んで聞きたくないけど。
 父と母は昔チームを組んでいて、それがきっかけで付き合うようになったのだそうだ。
 互いに一目惚れだったという両親は想いを通じ合わせると、それはもうイチャイチャしながらハンターとして旅を続けていたらしいのだが、丁度このユクモ村に差し掛かった折母が体調不良を訴え、医師の診察を受けたところ大変おめでたいお知らせです、となったワケだ。
 以来母はハンターを引退し、両親はこの村でこぢんまりとした家を手に入れ、居心地良く楽しく毎日を暮らしていて。
 父はそれでも三年ほど頑張ったらしいが、母の『しょうがない人ねえ』という言葉と笑顔に見送られめでたく単身赴任の身となった。早い話が放浪してんだけど。
 さて息子はというと。
 幼い頃から消極的な性格。徹底したインドア派。
 男の子同士ハンターごっこするより女の子とおままごとをしている方がマシ、な大人しいお子様であった。
 年頃になると年中不在の父親に不信感を持ち、思春期反抗期と相まってつっけんどんな態度を取り、俺は父さんみたいなハンターになんか絶対ならないぞ、と決意するに至った。
 元々ザシュ、だのズブシュ、だの、向いてないのだ。
 あっちへフラフラこっちへフラフラして、家庭を顧みないのもいただけない。
 俺だけは堅実な職について、地道な生活と可愛い嫁さんをゲットしてやるぜと心密かに誓っていたのだが。
 大工のおじさんに弟子入りする前に、道具屋でバイトする間もなく、こっそり新天地へ旅立つチャンスも見つけられないまま気付いたら初期講習に放り込まれていた。あんな立派なハンターさんの血を引いているのだから、当然息子はハンターを目指しているに違いないと、こういうワケだ。村総出の勘違いである。
 NOと言い出すタイミングを掴めぬままにハンター登録を済ませられ、ニッコニコの笑顔で頑張ってね! と送り出されたら何も言えない。あー俺辞めますとか言えません無理です。絶対。
 色々な人の助力と暖かな眼差しにがんじがらめに縛られて、ハンターツナは此処にいるのだ。

「クソッ…! これも、みんな、父さんの、せい、だからなッ…!」
 立派過ぎる父親への悪態を吐きながら、地中に埋まったタケノコを掘る。
 竹林には程よく陽の光が入り、うららかな日差しと緑が鮮やかで、それはそれは美しい景色であった。
 テトテトと走り回る野生アイルーの姿。
 遠くにたなびく煮炊きの煙。村の様子が一望できる絶景。自然たっぷり野性味がっつりのフィールド……そう、此処は決して油断できない、モンスターの居住区。
 ツナは常時聞き耳を心がけており、少しでも強そうな鳴き声や、咆吼なんぞ聞こえようものならスタコラサッサと逃げてくる。
 大物が通れない岩陰に潜み、浅い渓流の中に潜って、それはそれは徹底した回避行動をとるのである。
 とにかく強者とは戦いたくない。
 世のハンターとはまるで反対のことを思いながら、ツナは日々精進している。重箱の隅をつつくようなせせこましいハンターを目指すのだ。



 ろくでもない決意を固めていた時だった。
 妙に辺りが静かだ。気になってふと顔を上げると、その辺をうろついているアイルーが全員同じ方向を向き、ヒクヒクと鼻を動かしていたのだ。
「…なにごと?」
 その向きで鼻を利かせてはみたものの、当たり前だが外の匂いしかしない。
 次いで耳がピクピクしているのにも気づき、チャレンジしてみたが無駄だった。耳ピクピクは高度過ぎた。それより、何か音がしないか。固い物がぶつかるみたいな……
「誰か……戦ってる?」
 この辺りを探索しているのは、勿論ツナだけではない。
 他のハンターが運悪く(運良く?)獲物にあたって只今奮戦中かもしれない。
 とりあえずあっちは避けて、こっそり帰る事にする。布の袋に最後に掘り出したタケノコを押し込み、肩に引っかける。生っぽいタケノコの匂いがした。
「よし、帰ろう」
 そろりそろりと後ろ向きで粗末な梯子を下り、岩と岩の隙間を通っていつもの道を戻ろうとしたツナは――
 突然目の前に転がってきた小さな影に驚いて固まった。
 

文章top