オトモがこわいのでついてきてほしくない
目の前のそれは素早い動きで体勢を立て直し、起き上がると同時に得物を構え振りかぶった。
「えっ…?!」 ハンターだ。 それは間違いない。 装備品を見れば、ハンターレベルが分かる。好んで装飾性の強い装束を身につける輩も存在するが、流石の彼等も手にする武器は自身と挑む相手に見合ったものだ。 目の前でダイナミックに振られる大ぶりな武器はスラッシュアックス。 攻撃範囲が広く、的にあてやすい分重量と大きさがネックになる。基本振り回して使う事になるので、体の軸がしっかりしていないと振られる。実際ツナは訓練で振られまくった。 ツナが今大剣を使っているのは、飛び道具はノーコンで、バカみたいに体が軽く、軸足に力を込められないので少しでも大きなモンスターに遭遇すると吹っ飛ばされるからだ。相手を倒す、仕留める段階にはまだまだ至っていない。 武器としては全然使いこなせていない。むしろ体力増強のために背負って走れ、と言われているくらいで――だからこそ、目の前の光景に驚いた。 目の前で青白く光る巨大な刀身。 先端に組まれた特徴的な斧刃。 それらを軽々と振り回し、突進してくるモンスターの巨体にガンガン撃ち込んでいるのはどう贔屓目に見てもツナより小さい。 子供? 否、アイルーだ! 尖った耳と横にピンと伸びたひげが装備品でない限りは。 ギエエエエ、という断末魔と共に、モンスターの体がアイルーへと覆い被さるように降ってくる。最後のひとあがき。 スラッシュアックスをつっかい棒の要領で突き刺した彼(彼女?)の黒く艶やかな体毛に、血と泥が盛大に降り注いだ。 「……ハッ!」 一瞬意識を余所に飛ばしていた。 ツナは慌てて袋から転がり落ちたタケノコを拾い集める。いつの間にか周囲に居たアイルー達は姿を消していて、その場にはツナと、倒れたモンスターの巨体と、乱暴な仕草で泥を拭うアイルーが一匹。 そうだ、これは、アイルーだ。 人間用の装備を振り回して鮮やかに獲物を仕留めた、うん、アイルー。 「あ、あの……」 ぐるん、とすごい勢いで向いた顔にツナは仰天した。 なんという人……アイルー相? 完璧な悪党面である。 半月型の鋭く光る目、顔面に走ったぎざぎざの傷。黒い毛がそこだけ禿げて、可哀想になるくらいだ。更に血と泥だらけ。 あーあー、汚しちゃって。 ツナは母さんが用意し持たせてくれる花の匂いのするハンカチを取り出し、その顔を掴んで遠慮無く拭いた。ごしごしと。 「……」 彼は――彼女だったら済まないが――無言だった。 愛らしさの欠片もない顔が、更にギラリと剣呑な雰囲気を滲ませる。 しかしツナはアイルーを世話する家に生まれた男。洗われたくなくて暴れるアイルーも、爪の手入れを忘れて割れて半泣きアイルーも、ついでに生まれたばかりのふわふわアイルーだってお世話した事があるのだった。 「おまえ、どこのアイルーだ? 村じゃみかけないな」 「……」 「すごい腕じゃんか。人間のハンター顔負けだなー。それにしても汚れたなあ。オマエこれ、手入れするだけじゃ落ちないぞ。可哀想に、風呂だぜ」 「……」 アイルーは一言も発しなかった。 ただ無言でひたすらツナの顔を睨んでいる。チョー睨まれてるよ俺、と思いつつ、ツナは平然とその毛並みを整え続けた。だってアイルーだもん。慣れてるもんね。 アイルーに接するコツはなんかどうでもいい雑談をしながら、当たり前の顔をしてさくさく構ってやることだ。様子をみたり、じっと心を通い合わせる事も大事かも知れないが、ツナん家はいつでも大入り満員。そういうのは母に任せてある。 ツナはただ、不定期にやってくる新入りを当たり前のような顔をして世話をしてやるだけだ。平然と。この世の理であるかのような顔で。 どうやらこのアイルーにも有効なようで、じっとされるがままである。こいつ連れ帰って風呂入れたら、やっぱ寝床は俺の部屋になるのか? なんかでかいし顔怖いし、他の連中に馴染みそうがない。母さんに任せたら楽なんだけど……? ん? そういえば。 「ご主人様は、一緒じゃないのか?」 ツナは今更ながら浮かんだ疑問をそのまま口にしただけだった。 しかし、次の瞬間そのアイルーはシャアアアア! という威嚇音を出しツナの膝上から横っ飛びに飛んだ。 驚かないではなかったが、まあこんなのも日常茶飯事である。 「こら、危ないだろ」 メッと窘める口調で腕を伸ばすツナに、アイルーはうなり続けている。これはちょっとご機嫌斜めだな……とぼんやりそれを見ていると、そいつは唐突に走り出した。 「あっ、ちょっ、待てよこらっ!」 「まったく、どーこ行ったんだか……」 せっかく仕留めた獲物も放置で逃げ出してしまったアイルーに、ツナの思考は埋まっていた。 あれから相当忙しかったのだ。 まず置き去りにされたモンスターから使える部分を剥ぎ取る作業。さっさとしないと死肉の匂いを嗅ぎ付け、掃除屋達が群がってくる。 とりあえず済ませて彼が戻ってくるのを待っていたのだが、はてさて一向に帰ってこない。 仕方なく村に戻るとツナが獲物を仕留めたのだと勘違いされ、危うく教官や村長に使いを出されそうになった。違う違う! 俺はただその場に居合わせただけで! とよく分からない弁解をするはめになり。 奇妙なことに、ツナがのんきにタケノコをほっくっている時間、他に周囲を探索に出ていたハンターは居ないとのことだった。届け出をしないハンターが居るとは思えず――しかしツナが『アイルーのハンターだった』と言うと、周囲は一瞬にして静まりかえりそして爆笑した。まさか、そんなこと。こんな様子である。 本当なんだって! と言い張るツナに皆の反応はイマイチだった。アイルーがオトモをする事はあっても、ハンターに登録されたなどという事実は聞いたことがない。幾ら連中が賢しくて、モノの分かった奴等だとしても、あくまで彼等はアイルーなんだと。 そりゃあツナだって目の前で見たから信じるしかないのであり、話に聞いただけなら笑い飛ばしていただろう。無理もない反応だけれども。しかし。 「だって本当なんだぞ……!」 ムクれながら集会場から帰ってきたツナである。おみやげに一つだけ持ってきた新芽と、持たされた獲物(拾いモノだけど)の肉を一ブロックを葉に包み、ぶんぶんと振り回してのご帰還だった。 「ツナちゃん、おかえりぃ」 「うおわっ?!」 横からぬっと顔を突き出され、叫び声を上げてしまう。 たくさんのアイルーを連れたネコバァは、石段の下でいつものように商売をしていた。ツナは動悸を速やかにおさめる。 「ばあちゃん、びっくりさせないでよ」 「仕事の帰りかい? 随分大きな獲物だったみたいじゃないか。ツナちゃんも成長したねえ。流石イエミツさんの息子だよ」 「だからさあ、俺じゃないんだって。全然まったく成り行きで――」 言いかけたツナの口がぽかんと開いた。 しきりに話しかけてくるネコバァの手が、しっかと何かを握っている。 黒い毛並みの大きなアイルーは、何故か頑なにソッポを向いていた。 「……ばあちゃん」 「どうしたい?」 「その子、新入り?」 「ああ、この子。そうこの子だよ!」 言うなりぐいと、引きずるようにして前へ押し出す。 鼻同士がくっつきそうな距離でそのアイルーとご対面したツナは、ああっと声をあげてしまった。 「ツナちゃんのお母さんにお願いしようと思ってる、新入りちゃんだよ。仲良くしておくれね!」 「……」 忌々しそうに口元を歪め、仏頂面をしているアイルー。 黒毛、顔の傷、アイルーにしては大きな体。 今は簡素な装備品しか身につけていないが、確かにそれはあの大きな獲物を仕留めたハンターアイルーだったのだ。 すごい目付きだ。 睨まれている。 「……まずは風呂だな」 「かあさーん! ただいまー! これちょっと持ってー! いってくるー!」 「はいはーい?」 濡れた手を拭きながらやってきた母は、手渡された包みに目を白黒させている。 装備を下ろし、風呂支度をしている息子と側に突っ立っている黒いアイルーを見て、うん? と首を傾げた。 「どなたさま?」 「ばあちゃんに頼まれたんだろ? 新入りだよ。俺こいつと風呂行ってくる」 「これはなに?」 「俺が掘ったタケノコと、こいつが仕留めたドスファンゴ」 「あらそうなの」 あっさりと納得。 ほがらかで優しく、そして懐の広い性格で知られたツナの母は、包みを受け取り新入りの顔を覗き込みニッコリと笑い、喉元をくすぐるように撫でて鼻先にキスをした。 「かわいい新入りさんね。お名前はなんて言うのかしら?」 「……」 「クロちゃんて言うのー。そうなんだ。かわいいクロちゃん!」 「……」 ピク、と目元が引き攣った。 多分コイツの名前はクロじゃないんだろうな……とツナは思ったが、言わなかった。 母には母のやり方がある。 |