オトモがこわいのでついてきてほしくない
じりじりと肌を焼く日差しが、キツい。
寒いのも暑いのも得意ではないが、この砂漠の太陽は特別だ。 遮る物のない一面の砂、遠くに点在する岩山の風景。ただ見る分には美しいけれども、容赦のない暑さと乾き、砂床に潜む凶悪なモンスターの存在を考えると、どうにも好きになれない場所だった。 「あっ、つい、あっ、つい、よおっ!」 がつがつと岩山を掘る間、ピッケルを振りかぶる度、汗がボタボタと落ちていく。 赤茶けた地面に散らばった汗の滴は一瞬だけ色を濃くし、直ぐに蒸発してしまう。 「もうっ、いや、だぁっ!」 キン、と弾ける音がしてようやく地面から目当ての鉱石を――依頼の最後の一つを掘り当てる事が出来た。 「暑いのヤダぁ……」 発見のゴホウビに、ツナは腰に付けていた水筒からひんやりとしたドリンクを呷る。 続いてこの暑いのに付き合わせてしまった連れにも振る舞おうとしたが、辺りにその姿はなかった。どうせまた勝手に目を付けたモンスターを狩っているのだ。 「……よし」 もうひとがんばりだ、と呟いて、ツナはヒビの入り始めたピッケルを握る。 掘り出すまでにはそれから十分程かかった。更に元々ボロいピッケルが使用不可能なまでに壊れてしまった。 ツナのやる気はこれで完全に底をついてしまい、依頼分採取できたのだから上等、という気分になる。 よし、とっとと帰ろう。 暑い砂漠を急いで抜けて、岩山のエリアに移動する。 日陰がある分大分マシで、涼しい風がびゅうびゅうと正面から吹いてきた。湿り気のある所には草木も僅かだが生えていて、なるべく綺麗めな砂地を見つけて腰を下ろす。 「うはあ……疲れた」 涼しい場所でうとうとしていると、不意に影が差した。 目を開けるのと、目の前にドサリと何かが投げ出されたのは同時だった。見ると頑強な装備に身を包んだ例の黒アイルーが、その背から獲物を下ろした所であった。 「もう済んだの?」 「……」 「あれ、お前さっきまでデルクス狩ってなかったっけ? これジャギィの皮? 相変わらずフットワーク軽いなあ。あーあー、毛があっつくなっちゃって。とりあえず飲めよ」 砂の下に潜り、まるで泳ぐように移動するデルクスは厄介なモンスターだ。キモやヒレはそこそこ高値で取引されており、需要はあるのだがいかんせん面倒臭い。ツナはまぐれで一匹やっつけただけで、それも群れからはぐれた奴が岩場に偶然乗っかってバタバタしていたのを力任せにぶん殴って気絶させただけ。 個体は決して強いモンスターではないものの、群れで襲ってくるのと、おびき寄せなければ手傷すら負わせられない面倒な習性がネックであり、仕留めるには少々コツがいるのだ。それを、いとも簡単に、次々と砂の上に転がしていたが、どうやら目当てはキモだったようだ。 袋に収められた生臭い臓物を、ひとつふたつと数えていたツナは、脳内で金額を換算しううんと唸った。こいつ、分かってたけど、俺より稼ぐんだ…… ジャギィは小型の鳥竜種である。こいつならなんとか、ツナでも狩る事が出来る。 だがあの砂漠でデルクスの貴重なキモを袋いっぱいになるまで狩って、更にとなるとその体力に感心する。底なしだ。石を掘るだけでくたくたの自分とは次元が違うようだ。 「お前、マジで強いんだなー…」 水筒を差し出すと、他のアイルーよりは大きいが、ツナより一回り小さい手が受け取った。 大分態度は軟化してきたが、未だ会話はない。 彼は非常に無口なアイルーで、ツナが今まで見てきた賑やかで快活な連中とはまるで別種族のようである。 まあ、口で言わなくても表情が非常に分かりやすいので、意志の疎通は成り立っている。ツナの観察と分析によると、彼は割と気が短くすぐに怒るが、ツナには一定距離を保って手を出さない。まあ大抵はモノにあたっている。 他の人間は基本的に無視。だが母には大人しく構われたり、逆らうこともしない。膝に乗せられて腹をこしょこしょとくすぐられても、じっと耐えている。 懐いているのかなと思いきや、顔を見るとさりげなく逃げようとする。まあ、あの猫可愛がりは見てて悲惨だものな。他の奴等はアレが大好きなんだけど。 他のアイルーに比べ大人びているというか、一種超越していて、ツナは時折彼が人間であるかのように感じる。 モンスターに対峙した時の反応なんか、モロにそうだ。 アイルーの中には勇敢な者もいて、主人より先に獲物へ飛びかかっていく好戦的な性格もあるが、彼のそれはまた別なのだ。 サポートが主体のオトモ家業では有り得ないと思うが、彼は獲物を見て瞬時に判断を下している。 どういう攻撃が一番効くか。 どのタイミングで動きを止めるか。 個体の判断から状況まで、素早く視線を走らせ、決めた後は迷いが無い。 どんな大型モンスターにも、遭遇すれば仕留めにかかる。ツナは完全に足手まといになってしまので、最初から手を出さないようにしている。たまにうっかり見つかって、ツナが囮のように逃げ回る羽目になるのだが、そういう時でもきっちり獲物は仕留めてくれるので安心だった。 きっとこいつはハンターなのだ。 人間の発行する免状がなくても。 だからツナは、最初に自分の仕事へ――ささやかな依頼に狩り場へと出て行く時、彼に言い聞かせたのだった。お前がハンターだってことは、俺は知ってるからな。邪魔はしない。好きにやればいい。俺はそういうの、気にしないからさ。 黒いアイルーは目をぱちくりとさせて、傷のある強面をたっぷり十数秒間固まらせていたが、ツナがちょんと鼻をつつくと元のぎらりとした目付きに戻った。 以来二人の関係は決まった。 ツナは自分の仕事をして、彼は勝手にモンスターを狩る。 狩った後の獲物には興味がないらしく、大抵は放置している。あんまりもったいないので(現状ツナの手にはあまりまくる相手ばかり仕留めるのだ!)、剥いで来た時はツナが代理で換金してやっていたが、金も欲しがらない。床下の壺貯金は貯まる一方だ。 一度、喜ばせようとして行商人から高級マタタビを買ってやった事がある。 彼は一目見るなりぺしりとツナの手を叩き、バカにしたように鼻で笑って去っていってしまった。アイルーにあるまじき態度である! 更に帰宅後家の連中に見つかり、興奮したやつらににゃあにゃあと飛びかかられてえらい目にあった。マタタビダメ、ゼッタイ。二度と手を出さないぞ。 「少し休んで、帰ろう」 「……」 彼はふんふんと鼻をきかせている。ひげが動いていた。 赤みがかった瞳の色が、一瞬奇妙な陰りを帯びて、次の瞬間背負った得物に手がかかる。 「あっ、えっ?!」 ダッと走り出した姿を追って、ツナもその後に続いた。鞄は鉱石で重くなっているし、更にデルクスのキモとジャギィの皮まである。 ツナはヒィヒィ言いながら砂丘を登り、岩山の隙間にある細い道を進み、岩場の沼地へと彼を追った。 「何だよ急に……ぃいっ?!」
大地を揺るがす咆吼と、眼前を埋め尽くす巨体。
のっしのっしと此方に向かってくる姿に、ツナは凍り付いた。地面、実際揺れてる! 揺れてる! 岩場の合間に僅かに湿った場所がある。雨が降ると――滅多にないが――川が出来るし、地下水脈も通っている湿地だ。 其処を住処としているボルボロスは、岩石のような硬い頭部を持ち、巨体に似合わぬ脚力で猛突進してくる恐ろしいモンスターだ。 当然ながらツナはまだ狩った事はなく、それどころか、遠目に見ただけでもくるりと後を向いて引き返してしまうほど恐れている。でかいのはとにかく怖い。あとめっちゃうるさい。 たった今地中から現れたらしいボルボロスは、湿地の泥を全身に纏い、ぼろぼろと行く道に零しながら頭部を地面に擦りつけるような動きをしていた。 ああ、ああ、ヤバい。 「うわあああああ!」 猛烈な突進が来た。 直ぐ前に小山のような頭部が迫る。咄嗟に横へ転がったツナの前を、小さな影がサッと横切った。 「危ねええええ!」 突進後の僅かな隙をついて、アイルーがふるうスラッシュアックスは見た目のアンバランス差に反し、力強くモンスターの腕部を叩き切った。 組織の切断されるぶつぶつと言う音と、スラッシュアックスの変形するガシャン、という音が重なり、剣のような形になった刀身が鋭く急所を狙う。 切り替えの速さと動きの見事さに一瞬逃げるのも忘れて見入ってしまったが、このクラスのモンスターは多少斬りつけられた程度では死なず、しぶとい。 慌てて背後の穴に転がったツナの足を、どすどすと前方へアイルーを追うボルボロスの尻尾がばちんと弾いた。まだまだ元気じゃんか! あれだけの攻撃を受けて! 「どどどどうやって倒すんだアレ……」 徐々に遠くなっていく音を聞きながら、ツナは岩穴の中でゼイゼイと息を乱していた。 「ふ、はぁっ」 こうしていても始まらない。 辺りから気配が消えた後、ツナはそろりと穴から這い出て地面に落ちる血の跡を辿った。 あんなデカい獲物まで狙うのか。 てかなんでそんな無茶するんだよ! 未だばくばくと脈打つ心臓を装備の上から押さえる。いや、でも、もしかしたら。アレは相当慣れているようだったから、ボルボロスだって狩っちゃうのかもしれない。 だとしても、放っておくのはあまりに危険だ。 幾らあのアイルーが強くたって、泥に足をとられたら? 幾らアイルーにしてはでかいからって、ツナよりは軽いだろう。あのぶっとい尻尾に払われたらそれだけでぶっとんでしまう。 そっと遠くから様子を見るだけでも…… ツナはじりじりとした陽に焼かれ、熱くなっている岩山をのたくたと登る。 てっぺんに辿り着くと、ようやく下のひび割れて乾いた大地を、大きな地竜が走り回っているのが見えた。 「あいつ……!」 案の定だ。 うなりを上げて振られる尻尾の先に、小さな黒いものがくっついている。 右へ左へ大きく揺れているそれは間違いなくアイツで、ついでに背負ったスラッシュアックスもずりずりと地面を削っている。刃が痛んでしまいそうだ。 敵もそれには気付いているのだろう。 地竜はその場へ唐突に立ち止まり、忌々しそうに尻尾を振り出したからだ。
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