オトモがこわいのでついてきてほしくない

 

「おおーい!」
 咄嗟に岩山から身を躍らせたツナは、声を張り上げてモンスターの注意を引いた。
「こっちだぞおおお! こっち、あ、でもこっち来んな!」
 無茶を言いながらも誘導には成功したようで、ボルボロスは尻尾の邪魔者そっちのけでツナに狙いを定め、ブルル、と荒い息を吐き出している。
「ウギャーッ!」
 突っ込んできた。
 ツナはその大きな体が走り出すのを確認してから、横っ飛びに飛んだ。
 先程彼が攻撃をあてる前に、タイミングを計っていたのが分かったからだ。確かに速度は速い、が、その分一直線で細かい動きが出来ない。
 走り出したら、チャンスなんだ。
 尻尾は相変わらず動いているが、アイルーは左右に大きく振られながらも徐々に体勢を立て直しており、ツナが目をやると一瞬だけ視線が合った。
「――どけニャッ!」
「わわっ?!」
 前動作無く突っ込んできたボルボロスをごろんごろんと転がって避けて、向き直る。
「いいいい今おまえッ?!」
「いいから逃げろこのカスハンターッ! てめえが居ると邪魔なんだニャッ!」
「わ、わかった!」
 喋った、今。確かに。
 アイルーにしては随分ドスの効いた声だったが、よく馴染んだ彼等の喋り方にツナは状況も忘れて和んだ。ちょっとだけ。
 これ以上ないピンチにも関わらず、不思議と落ち着いて動くことが出来た。気の立っている様子の地竜から距離を置き、動きを見定めてから避ける。
 見れば、いいんだ。
 今まで怖い嫌だ恐ろしいと目を背け続けていたが、よくよく見てみれば彼等の動きにはお馴染みの『習性』があるのだった。教官にしつこくしつこく教えられた思い出が蘇る。
 ――どんな強敵も必ずつけいる隙があるものだ。
 パニクっている時は思い出しもしなかった。それがこうして目の前に居て、逃げ回っている最中に分かるだなんて。
 ツナがせっせと避け続けている間もアイルーは、実は声が出て喋れるでかくて黒いのは――慣れた様子で武器を構え直し、突進を終えて動きの止まった地竜の尻尾にすかさず刃を突き立てた。
 ゴアアアア、とものすごい音が耳をつんざく。
 分断された尾が勢いでクルクルと宙を舞い、どすんと落ちる。
 見れば体のあちこちに深い傷がある。地竜は瀕死だった。ヨタヨタと崩れた足取りで逃げようとするのを、黒い影が素早く追う。

 終わりは呆気ないものだった。
 力なく揺れる千切れた尾の根本をかいくぐり、鎧の効かぬやわらかな部位に刃を突き立てると、その巨体はゆっくりと地面に倒れていった。





「いやぁーっ、すごいねーっ! ツナちゃんの勢いは留まるところを知らないねッ!」
「ちょっと大きいのが出たらヒーヒー言って逃げてたのになあ」
「この前渓流のアオアシラをやったかと思ったら、もうあんなのまで仕留めちまうんだから、流石はイエミツさんとナナちゃんの子だよぉ」
「……はあ」
 何十回と繰り返した『俺がやったんじゃない』は今日も本気にされないようだ。
 そりゃそうか。逆の立場ならツナだって信じない。ハンターは該当するエリアごとに狩猟の許可を得て獲物を狩るのだし、成果があれば即時報告が義務である。
 違法行為や密漁を禁じる手であるが、この場合は裏目に出た。ツナは実力に到底見合わない獲物を次々に持ち帰っている訳で、狩りの登録もツナ、提出もツナではそりゃあ本人が狩ったに違いない。俺が受付でもそう思うね。
 しかし実際はツナではなく、お祭り騒ぎの広場の隅でぽつんと立っているあのアイルーが仕留めたのだ。正真正銘彼の成果である。
 狩猟より帰ってきて直ぐ大騒ぎになったので、未だツナ達は風呂さえ浴びていなかった。

 久々の祝い事だと村は沸き返った。
 名のあるハンターだったツナの父、イエミツが村を出てから、村常駐のハンターで大きな成果を上げる者は久しくいなかった。
 獲物には不自由しない狩り場、温泉地。しかし山深いユクモは田舎であり、村出身のハンターも大きな獲物を狙うようになると出て行ってしまう。
 その分流れのハンターも大勢立ち寄るのだが、彼等は長くて数ヶ月から半年くらいの滞在で出て行ってしまう。大型のモンスターが出現し、被害が出ると必ず人手不足が問題になるので村長も頭を痛めているようだ。
 そんな状況で、新人のツナが普通では考えられない大物を次々仕留めて帰ってくる訳で。みんなすっかり浮かれちゃって、飲めや謳えのお祭りモード。
 大人も子供もみんなツナにお祝いの言葉と、ささやかな贈り物をくれて、嬉しいのだけれども罪悪感が半端無い。
 だから俺の実力じゃないんだってえー!
 最初の頃は一々反論していたツナであったが、流れのハンターにまで「若いのに大した腕だな」だの、「君には見所がある」「今度組まない?」と声をかけられるにあたり、持ち前の人見知り精神を発揮してろくな返答が出来なかった。ああ、うう。あうえ〜。否定とも肯定ともとれる曖昧な態度と笑顔で全てを流すしかなく、場に酒がまわり始めた辺りでこっそりと抜け出す事にした。



「ぶっはぁ!」
 酒のせいで広場に別の熱気が漂い始めた頃、ようやく抜け出せた。
 疲れた。眠い。とにかく風呂に入りたい。
 着替えを取りに家に戻ると、家は真っ暗だった。母もアイルー達も皆広場に来ていたからまあ、当然と言えば当然である。
 湯桶と石鹸、手ぬぐい、湯上がりの着替えを持ったツナは周囲を警戒しながらコソコソと村の共同浴場へと向かった――こんな所で忍び足の練習が役に立つとは。数少ないツナの特技である。
「あっ……」
 騒がしい広場を避け脇道を降りていったツナは、浴場前で首を傾げている黒いアイルーの姿を見て思わず声をあげた。
 村に戻ってからずっと、口を利いていない。
 話したいことはいっぱいあるのに、彼はさっさと離れてしまったからだ。今がチャンスとばかり後から手を(前足?)掴むと、あのキツい目付きでぎろりと睨まれてしまう。
「お前此処にいたのか。っつかなんで入らないの?」
「……」
 アイルーは無言で中を指さす。ひょいと覗き込んだツナの目に、湯を抜かれて空っぽの岩風呂が見える。
「はあっ?」
 どうやら掃除の時間にあたってしまったようだった。
 流れっぱなしになっているお湯の通り道が、今は土嚢で塞がれている。湯は其処から全て排水溝として掘られた溝に流れてしまっている。これでは入れない。
「そうだ!」
 此処がダメなら集会場。
 常ならば観光客や外回りのハンターが浸かっている村の豪華な名物湯。村住まいのツナは滅多に使うことはないが、ツナだってハンターなのである。常時使用可のフリーパスだ。
 それに今なら広場に人が流れていて、遅い時間でもあるし。せいぜい受付のお姉さんや番台アイルーぐらいのもので、きっと空いているに違いない。
 ツナは掴んだアイルーの手をクイクイと引っ張って、その胡乱な眼差しにニンマリと笑みを返した。

 

 


 

 

「さ、すがに……広い……ね?」
 狙った通り、集会所にある大浴場には誰もいなかった。
 滅多に来ないツナに、番台のアイルーは愛想良く振る舞ってくれたが、その顔はどこか眠そうでもある。無理もない――大分遅い時間だからだ。
「なんか湯がキラキラしてる……」
 あれだけ「大浴場はいーわまじいーわ混んでる風呂とかサイアクだわー」と頑なに入らずに居たのが今更悔やまれる。
 流石に村の顔。
 設備はいいし綺麗だし広いし眺めは良いし、名物になるのも頷ける。
 しかもこのお湯、かなり特殊な泉質らしく、番台アイルーによると『名のあるハンターが入ると様々な効果・御利益があるらしいニャ!』だそうで。
 人によって体力が付いたり、力が強くなったりするらしい。
 そんな出し汁みたいな効果があるなんて。
 ぺえぺえの自分が入ったところで大した出汁は取れないだろうが、いつか、少しでも腕が上がって、それなりの御利益があったら嬉しいな。
 ツナは依頼の疲れを癒すべく、キラキラしたお湯を湯桶で汲んでざっぱざっぱと頭からかぶり始めた。
「よっしゃ、ついでだ」
 同じように体を流している黒いアイルーの背中に、派手にお湯をぶちまける。
 何をするのだという風にぐるん、と後を振り返った彼だったが、ツナがニコニコしながら湯をかけ続けると黙って前を向いた。そうそう。これは、親切だからね。
 耳に水が入らないよう気をつけながら流し、くっついた泥や埃を粗方流した後、いつものように石鹸で泡立てる。
 もうすっかりツナに洗ってもらうのに慣れたアイルーは、特に反応もなく黙って自分の腕や胸、腹部分を洗い始めた。
「なあ、お前さあ」
 洗って、流して。もっかい洗って。
「昼間、俺に言ったじゃん。喋れるだろ、ちゃんと」
 泡が立つようになるまで三回は洗った。今日は色々と汚れすぎた。
「なんでいつもは喋らないの?」
「……」
 密かに気に入っている、他より毛が長めのふわふわ尻尾。
 根本から毛先まで丁寧に指ですきながら洗ってやる。お湯で流して、最後にぎゅうと――もちろん力は込めすぎないよう絞って。
 途中からついでに自分も洗ってしまう。ツナは泥をかぶった頭を念入りに泡立て、足の指も一本一本洗う。全身が泡だらけになったところでばしゃりと湯が振ってきて、見れば黒いアイルーが無言無表情で湯桶を傾けていた。親切半分、嫌がらせ半分てとこかな。
 泡を全部流してしまうと、本日の主役。お待ちかね大浴場の出番である。
 洗い場の床を綺麗に流してから、ツナは勇んで村の共同浴場とは作りが違う見事な岩風呂に飛び込んだ。
 周囲に人がいないから出来る事であり、子供じみた行動に先に湯船に浸かっていたアイルーは嫌な顔をしていたが、ツナはけたけたと笑い上機嫌である。色々と気にかかることはあれど、今日はコイツがあんな大物を倒す所を見られたし、その大物相手も動きを見れば避けられそうだと、今後の逃走にプラスになるような事実も発見した。その上彼は喋る事が出来るのだ!
「なあなあ」
「……」
「なんでお前喋らないのさ?」
「……」
「普通にどけって言ってた。俺のことカスハンターって呼びやがったし! っつか酷くねえ?! 確かにカスみたいなハンターかもしんないけどおまえそれ本人に言う事じゃねえっつーの。人相と同じく口も悪いんだなあ、オマエは。せめて名前くらい教えてくれたっていいじゃないか、コノッ」
「……!」
 天空に浮かんだ満月が、そっくりそのまま湯の水面に映っている。
 ぼやけた輪郭の、大きな月の中央。
 ツナは手指で水鉄砲を作り、まんまるの月の真ん中から勢いよく湯を飛ばしたのだった。 ゆるい放物線を描き、黒い毛だらけの猫ひげ面に見事命中したそれは、月明かりを浴びてキラキラと光っていて――



 不意に。
「わぼっ」
 足を引っ張られてツナは湯の中でスッ転んだ。
 正確には、転ばされて沈んだ。頭までがっつりと。
 ガゴボゴブグゲホと咳き込みつつ湯からざばりと上がったツナは、
「――ッ!」



 目の前に立つ、凶悪な顔をし、筋骨隆々とした男の姿を見るなり声も立てられず後へとひっくり返った。

 


 

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