オトモがこわいのでついてきてほしくない

 

「はっ、夢か……!」
「ンなわけあるかドカス」
「ごぶへえ!」
 もう一度、今度は上から押さえつけられるようにして湯の中にぶち込まれる。
 ツナは両手両足をバタバタさせながら暴れ、ようやく鉄枷のようにガッチリとした男の手から逃れる事が出来た。
「ぶはぁっ! な、は、アヒイッ?!」
「うるせえ」
 何度見ても其処にいるのは、あの黒い毛並みのアイルーではない。
 顔だけで賞金稼ぎや衛兵が騒ぎ出しそうな、強面の男。
 ツナの脳内は混乱した。さっきまで影も形もなかったのに、そんな。他の客が居た? 誰もいなかったよ? 気付かなかった? こんなでかい人なのに???
「く……」
「あぁん?」
「クロぉぉぉおおおおお!!!!?」
 クロ、クロクロ、クロちゃあああんと絶叫しながら周囲を見渡し、湯の中へ潜って探し続けるツナを男は呆れたような眼差しで一瞥し、見るからに頑強そうな足でげし、と小突いて転ばせた。
「んがっ、ゲボッ」
「クロじゃねえ」
「な、あんたな! どこの誰だか知らないけど、一々俺を湯に沈めるのは止めろ! 息できないだろ!」
「息すんな」
「無茶言うなよォォォ! そんな事より俺の、なああんた、黒くてつやつやしてて尻尾がふさふさのアイルー知らない?! このくらいの! 大きめの! アイルーの癖に愛想がなくて常時仏頂面で協調性ゼロでやたら怖い顔でその顔と体に傷が……あって……」
 徐々に小さくなっていく音量。
 ツナの視線は目の前の男の顔、湯の滴を纏った逞しい体、そして……
「きず……」
 あった。目の前に。確かに。
 その男の傷は、あの黒いアイルーの傷とそっくり同じ場所にあった。体毛で見えにくかったけれど、ツナは何度も彼の体を洗っていた。大体の位置は覚えている。
 恐る恐る見上げた先に、鋭い眼光のやたら凶悪な目付き。
 独特の赤みを帯びた色が、記憶のものと合致する。
「おまえ……まさか……クロ?!」
「違ぇ」
 眉がぎゅっと寄り、男は実に嫌そうな表情になった。
「だっ、だよなー! んなわけないよなー!」
「ふざけた名前で呼ぶんじゃねぇ。オレの名はザンザスだ。カスい頭に叩き込んでおけ」
「カスい頭?!」
 酷い! と憤慨するツナに構わず、男はざぶざぶと湯を掻き分けて出て行こうとする。
 慌ててその足を掴むと、上から途方もなく圧力に満ちた視線が降ってきたが――
 これだけは言わなければならなかった。
 温泉地に生まれた者の性分として。
「こらクロ……じゃないザンザスだっけ?」
「は?」
「ちゃんとあったまってからあがりなさい!」





「もうなんなのコレ……」
 びしょ濡れの顔を拭いながら、ツナは横に座る男の顔を見た。
 あの後もう一度湯に叩き込まれたおかげで鼻や耳にまで水が入った。なんて怒りっぽいやつなのだろう。あれがクロだなんて信じられない。
 そう、奴はクロ(仮)なのだ。あの黒いアイルー。
 このやたら偉そうで、気が短くて、凶暴なおっさんに比べれば天使のように可愛いアイルー。強く、態度はぶっきらぼうだけど、新米ハンターのツナに行動でもってハントのイロハを叩き込んでくれる、大事な相棒。
 確かに、こうして見れば面影があるような……気がしないでもない。
 けれど耳もヒゲもあのふわふわ尻尾さえも失せ、単なるでかいおっさんになり下がったクロ……じゃない、ザンザスに、ツナはとてもガッカリしていた。
「なあ」
 ジロリ、と睨み付けられて喉がヒッと鳴る。
「なな、なん、なんで、あんた、クロ……じゃない、アイルー、が、人間になってんだよ」
「バカかてめえ。アイルーが人間になってんじゃねえ。逆だ逆」
「え……?」
「オレがあの間抜けな姿にされてるって話だろ。クソ忌々しい」
「え、え、じゃあ」
 ぎゃく、と口に出して呟くツナに、男は嫌そうに頷いて見せる。
「元は……人間?」
「そうだっつってんだろ」
 ぶっきらぼうな口調。視線の運び方。
 よくよく見ればそれは全て見覚えがあるもので、ツナはようやく事実が脳に浸透するのを感じた――そうか、では彼は。
「ハンターなのか?」
「以前はな」
「へえ。道理でアンタ、強いわけだ。アイルーの域じゃなかったものなあ」
「……」
「でもどうして、アイルーの姿に? それに今、どうして人間になってるんだ?」
「……」
「生まれはどこ? 家族は? あとなんでそんなこわい顔してんの?」
「うるせえ」
「フギャア!」
 またも頭を掴まれたツナは、必死に抵抗して湯にぶち込まれるのを阻止した。
 気が短い。怒りっぽい。
 うむ、紛れもなく自分が知っているあのアイルー!
 ……などと感心している場合ではない。
「イヤー! ヤダー! ヤメテー!」
 ぐぐぐと力がこもっている手は、ツナのそれよりも二回りほど大きい。
 もしかしたら父親よりもでかいかもしれない。肉厚で、節の太い、重い武器を扱う指だ。
「もっ……やめろって! 風呂で暴れるなんて、おれ、あんまりたいりょく……ない……」
 ぐらり、と視界が揺れる。
 やばいと思う前に膝が崩れた。湯に両腕を付く。
 小柄なツナは腕の長さが足りず、湯面に思い切り顔を突っ込んでしまう。ダメ押しである。
「も……ダメ……」
 ぶくぶくと口から空気を吐きながら、ツナは湯船の中へと沈んでいった。

 

 


 

 

 名のあるハンターにはソロハンターも居るが、多くはチームを組んでいる。
 単純に効率がいい。成功率が上がり、収穫は安定する。大物を狙う時やギルド主体の大規模な討伐時には、チームごとに依頼が来る。危険度が高いエリアでのハントは特に、安全の為にチームを組むことが推奨されている。
 今世代のチームの一つに、ヴァリアーという大物・賞金首専門のグループが居る。クエスト成功率、スピード、対象の完膚無きまでの破壊。全ての要素においてトップクラスの実力と知名度に反し、彼等の内情は明かされる事がなかった。ギルドでさえ構成メンバーを把握するのがやっとだとか。
 たった一つ、分かっている事があるとすれば。
 彼等は徹底した実力主義者であり、チームには望んで入れるというモノではない、ということ。実力のあるハンターにはヴァリアーのメンバーから直々に声がかかり、『ボス』の審査を経て正式メンバーへと承認される。
 どんなに実力があろうとも、彼が気に入らなければそれで終わり。
 ヴァリアー内部では時折熾烈な争いが起きた。ヴァリアーは"最強"のチームだ。メンバーは容赦なく選別され、実力が伴わないと評されれば去るしかない。
 そんな集団をまとめ上げる『ボス』は当然最強でなければならない。
 実際ハントに関しても、腕試しのハンター同士の対戦においても、彼をしのぐ実力を持つ者は現れなかった。国そのものがギルトと深い関わりを持ち、国民総ハンターと言われるキャバッローネ。情報戦に強く各地に構成員を置く人員豊富なミルフィオーレ。古参の多く集うトマゾ、小規模ながら実力未知数と言われるシモン。各チームのリーダーはそれぞれに実力を持ったハンターではあるが、仕事の精度や迅速さ、知名度においてヴァリアーはずば抜けていた。
 世界は彼等を称賛する。
 あのチームを率いているのは一体どんな奴なのか。
 個人としてのハントでは最も点数を稼いでいる、あの有名なソロハンター・沢田家光でさえ適わないかもしれない。民衆やハンター達はその姿に様々な想像を馳せる。山のような大男。冷酷な美丈夫。女である可能性も捨てきれない。実力主義の連中を束ねるカリスマは、一体どんな人物なのか――



「こんな男だ。満足したか」
「ほええ……」
 幾ら日頃『俺はハンターになんかなりたくないんだ!』が口癖のツナでも、ヴァリアーの存在くらいは知っている。ギルド発行の雑誌に良く名前が載っているし、特集も組まれているからだ。
 しかし目の前の男がその有名なチームのボスだと知って、ツナは驚くより先に呆れてしまった。
「そんな、むちゃくちゃ強いハンターのボスが、なんでアイルーなんかになってたの? そういう趣味?」
「ンなワケあるか馬鹿野郎。かっ消すぞてめえ」
「だ、だって」
 ギンッと睨み付けてくる眼光の鋭さに怯えつつも、元は――ツナにとっての元、だが――あの黒いアイルーだから、ツナの態度はどこか遠慮がない。
 今だって浴場から出た待合室の、長椅子に並んで座って冷たいドリンクを頂きながらの会話である。ザンザスに至っては、アイルー用装備しか持っていなかったので借り物の浴衣姿だ。
 くつろぎまくりじゃねえか。
 畏まれという方が無理なのだ。
 ツナは好物のラッキーヨーグルトをぐびぐびと飲みながら。
 ザンザスはキンキンに冷えたハコビールを呷りつつ、二人は出会って初めてのマトモな会話を繰り広げていた。
「好きでアイルーに変身してたんじゃないんだ」
「当たり前だ。オレの体に妙な呪いをかけやがったあの耄碌アイルー……! 奴に会ったら、今度こそブチ殺してやる」
 ドスの効いた低音でぶつぶつと呟いている。
 詳しく事情を聞いてみると、どうやらヴァリアーというチームはハンター――人間だけでなく、オトモアイルーでさえ実力主義の使い捨てだったらしい。
 ザンザスに至ってはその存在すらあまり認識していなかったとか。

 そりゃ、ダメだわ。

 家庭の事情で生まれたときからアイルーと暮らしていたツナには分かりすぎるほど分かる。彼等アイルー達とうまく付き合っていくには金銭報酬ももちろん必要だが、相性や愛情だって大事なのだ。愛玩用ペットではない、日常生活のパートナーとして。相棒として、時に頼り、大切にみとめてやらねばならない。人間と同じだ。
 ヴァリアー内のオトモアイルーの扱いに怒り、しかしメンバーの態度に恐怖し、一周回って奮起した彼等は、ハンターズギルドアイルー部門を総括する長老格アイルーに直々に訴えに行ったらしい。
 訴えを聞き入れたアイルーのお偉いサンは若い頃、数多の地を駆けめぐった名オトモであり、各地の風俗・習慣・まじないにまで精通していた。突然訪ねてきたヨボヨボの、ネコじじいは胡乱気な眼差しを注ぐザンザスへ最終通告をした。
 曰く、

 汝、悔い改めよ。
 我等が同胞を慈しみ、愛情を持って接するべし。
 もちろん三食昼寝付き。

 後は推して知るべしである。
 そんなもんを聞くような愁傷な性格をしていなかった彼は、あっという間に呪いをかけられ――こんな姿に。
「な、なるほど。そっかー。ザンザスは呪われちゃったのかー」
「バカにしてんのか」
「バカにはしてないけど」
 それこそ習慣で、つい。
 アイルーへの接し方の癖が抜けないまま、なんかソレ用の口調になってしまうのだ。仕方ない。
「でも今は人間だよね? 元に戻れたんじゃない?」
「……フン」
 ごっつい大男はやけに感傷的な仕草で空を眺める。
 視線の先にはまんまるの満月。
 満月か……なんて呟いている。プッ似合わねえ。
「オレが呪いをかけられたのは、新月の夜だった」
「はあ」
「このシケた村に来たのは偶然だが、この温泉の話は聞いていた。なにやら変わった効能があるとかで、村に来た時点で真っ先に入ってみた」
「へえ!」
「別段なんの変化も無かった」
「ええと……」
 状況を整理してみる。
 番台アイルーは言っていた。名のあるハンターが入ると様々な効果や御利益があるらしい――と。
 ザンザスは有名なチームのボスで、つまりスゴいハンターなのである。それは、アイルーになっても変わらぬ実力で分かっている。
 そのザンザスが湯に浸かっても効果はなく――
「違いは……」
「てめえだろ」
「俺のダシ?」
「……」
 おっと強面が歪んだ。嫌な表現をしてしまったようだ。
「でも俺、名前どころかすんげえぺーぺーだぜ。知ってるだろ? そもそもハントする気すらないし」
「ハッ。偉そうに言うことじゃねぇな」
 確かに。ごもっとも。
 

 


 

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