オトモがこわいのでついてきてほしくない
別にザンザスとツナはオトモ契約を成立させた訳ではない。
登録はされている。紙面上はもちろん、正式な契約がされている……しかし心情的にツナはザンザスを『連れて』行っている訳ではない。勝手についてきている、むしろツナがザンザスにくっついているという認識である。 ザンザスの実力は姿がアイルーという事を差し引いても一級品であり、ツナが同行するのは登録上の問題と、素晴らしい狩りを側で見ていたいからだ。ゆえに、ザンザスが丁寧に手入れのされた装備品(アイルーの体格に合わせてはいるが、武器は人間用のそれである)を取り出し準備をしていると、ツナも自然に自分のボックスに頭を突っ込み、ガサゴソし始めるという段取りであった。 なので、ザンザスが顔を洗って部屋に戻って来た時、もうすっかり準備を終えたツナが鼻歌を歌いながら滅多に覗かぬ鏡などを見ていたので彼は仰天した。 こいつ、今日は休む、とか言ってなかったか? 「あ、ザンザス!」 怪訝な顔をするザンザスに、ツナは快活な笑顔を向けた。会ってこの方見たことがないくらい活発な表情である――少年は見るからに張り切っており、やる気満々で、近頃ようやく本来の意味で使い出した大剣を背負って腕をブン回して見せた。 「俺今日は、村に来てる流れのハンターさんと一緒に出るわ」 「……は?」 「昨日集会所の所で会った人たちに誘われたんだ。覚えてない?」 「知らん」 ともすればこぼれ落ちそうになる『ニャ』を意志の力で押さえ込み、キリリとシリアスな空気を出したがいかんせんアイルーである。耳がぴこぴこと動くのを、ツナがほんわりとした笑いで見ていた。 むかついた。とりあえず足を踏んだ。 「いってぇー?!」 昨日。集会場。 ザンザスの頭にもやもやとはっきりしない映像が多数浮かんだ。元々世俗に興味の薄い彼である、通行人の顔、番台のアイルー、果ては村人や商店主に至るまで、しょっちゅう面合わせている者相手でも一向に顔を覚えない。 「確か……」 昨日、集会場はなかなかに盛況だった。旅の途中に名湯ユクモへと立ち寄ったハンターのグループが幾つもあったのだ。 彼等の行動は大体決まっている。まずは村の温泉街を練り歩き、露店をひやかしつつ大浴場へと足を運ぶ。泊まりなら各自湯宿へ直接出向いて部屋を取る。 一風呂浴びて一段落すると、やはり気になるのはギルドの依頼と報酬だ。各自がそれぞれのレベルに合った仕事を選び、手続きをする。この辺はいきあたりばったりの、出立寸前に済ます者も多い。 要所要所でやはり、大浴場のある集会場は人が集まってくる。 昨日は其処へ鎧姿の集団が大量に居たのだった。中でもやたら声のでかい男が居て、村の様子をしきりに聞いていた。熱意溢れると言えば聞こえは良いがせっかちで、何だか面倒そうな男だった―― 其処まで記憶を辿ったところでようやく、ザンザスは目の前のこのへっぽこハンターが、男の相手を逃れた村人にその役割を押しつけられ、熱心に話し込んでいたのを思い出した。 「あのうるさいのか」 「うる……まあ、その、うん。お兄さんは、熱心な人だったよね」 「?」 妙な物言いをするな、とザンザスはひげをぴくりと動かした。 問い質そうとするとツナはじゃあとか何とか言って慌ただしく荷を積め、玄関へと走り出した。 「そんなわけで、俺その人たちと行ってくるから。ゆっくり休んでていいからなー!」 「……」 えらい慌てようである。これは、 怪しい。 ザンザスはツナの騒がしい気配を追って走り出した。どうせ日中やることもない。 アイルーの足はこういう時、本当に役に立ってくれる。 気配なく村の通りに出たザンザスは、物陰にさりげなく身を潜ませながらツナの行き先を見ていた。 待ち合わせに良く利用される集会所前の広場に、一人の少女が立っている。 防寒性能に長けたウルク装備に身を包み、大振りな弓を背負ってキョロキョロとしていた彼女は、走って出て行くツナを見つけるなりパッと華やかな笑顔になった。 ザンザスの良く聞こえる耳は「ごめん、待った?」「ううん、今来たとこ」なんていうテンプレかつクソどうでもいい台詞を拾う。 なんだ、女か。 ガキが色気づきやがって。 くだらねえと鼻で笑って帰りそうになったその足を、「わはははははっ」と響くバカ笑いが止める。見れば少女の隣にはあのうるさい男の姿があり、此方は青い鱗が光るバギィ装備だった。行き先は雪山だろうか。 「サワダ、今日は一日よろしくなっ!」 「は、はい、よろしくお願いします」 「早速突撃だ!」 「お兄ちゃん待って準備準備! まだ色々買ってない!」 「なにィ?!」 とにかく騒がしい。 そしてあの男と少女は兄妹のようだ。顔の作りや体格はあまり似ていないが、髪と瞳の色はそっくりだ。兄妹でハンターをしているらしい。 三人はワイワイガヤガヤと商店を覗き、アイテムを買い込み、ツナは村人にひやかされつつ――集会場へ。 依頼は事前に受けていたらしく、手続きは早くに終わった。 彼等はあっという間にクエストへと出発していったが、ザンザスが追ったのは集会場までだ。 それ以上興味もなかった。どうせ自分のいないツナのハントの腕前は悲惨である。 せっかく知り合った女やその兄貴に良いところを見せられなくて残念だなァというような、意地悪い気持ちでいた。ツナの腕前はお世辞にも良いとは言えず、手先も不器用でとにかくもたつく。ショゲて帰ってくるんだろう。そう思っていたのだ。 しかし装備の手入れや昼寝でようやく一日を潰したザンザスの予想を裏切り、一行はやたらと高いテンションでもって帰ってきて、しかもかなりの成果をあげていた。決して大きくはない獲物だが、大量に仕留めて荷に溢れる程だったと言う。 雪原に住む動物は需要が大きい。質の良い毛皮を採れるのだ。 たっぷりとそれを狩ってきた三人は村人に歓迎され、場はちょっとした騒ぎである。 「やっぱりツナ君がすごかったよー! 一番、数が多かったものね!」 「いや、俺なんてまだまだ……京子ちゃんこそ、何度も助けてくれて」 「とても良いチームプレイだった!」 うげえ。 互いへの褒め言葉が飛び交い、表情は照れ笑い。 ザンザスの脳がいい加減鬱陶しさでぐつぐつと煮立ってきたあたり、雪でぐっしょりと濡れた装備を解き身軽な格好になった彼等は例によって大浴場へと向かうのだった。
大浴場の湯につかりながら、ツナは一生懸命視線を空へと固定していた。
他にも大勢のハンターがいて、無論混浴であるから女は湯浴み姿である。ツナも腰に布を巻いている。 温泉村に生まれ、常日頃から湯に親しんできたツナにとって女性の湯浴み姿は見慣れたものだ。子供の頃は近所のおじちゃんおばちゃんにいれてもらい、かなり大きくなるまで母親と一緒に入っていたこともあり、露出の高い女性の姿を見ても特になんとも思わなかったのだが。 この目の前で朗らかに笑っている少女だけは、直視したらいけないような気がする。 会ったときからそうだった。村にも年頃の女の子はいたが、皆兄弟みたいに育っているので意識した事はなかったのだ。しかし、集会場で始めて見かけた時から彼女だけは周囲から浮き立って見える程だった。キラキラして、可愛くて、声も可愛くて、とにかく可愛いのだ。 「ねえ、ツナくん」 「なっ、ナニ?!」 髪を上げて湯に浸かる彼女は、少し大人びて見える。 「ツナ君はユクモの人なんだよね? 毎日温泉に入れるなんて羨ましいなあ……」 「あ、うん、そうだね。温泉毎日入ってる。へへ」 ユクモの家には風呂が無い。家庭の風呂が外にある感じだ。 「お兄ちゃんにお願いしてしばらく居て貰おうかな? 温泉もあるし、色んなモンスターが居て飽きないよね。すごく良いところ!」 「あ、ありがとう……」 「私の国はね、ずーっと一面砂漠なの。こんなにたくさんお水を使えるのも贅沢だなー」 「そうなんだ」 のぼせそうだ。 温泉村に育ったツナは割と長湯な方だが、いつもよりずっと熱くなるのが早い。 早々に湯船から上がったツナは、二人にまた明日と挨拶をして先に番台を出た。飲み物はいつものラッキーヨーグルト。 下駄をカラコロ言わせながら出てきたツナを呼び止めたのは、いつもこの時間は庵に引っ込んでいる筈の村長だった。 竜人族独特のゆったりした目配りの後、ツナを見てにっこりと笑う。 見慣れたはずのその笑顔が、何故か今夜は違って見える。どこか――背筋のぞくぞくするような。 そんなツナの引け腰を敏感に察知したらしい村長は、休憩所のベンチに座って手招きをした。逃げられない。 「はい、何か御用ですか……?」 「綱吉さん、今日は疲れたでしょう? ゆっくり体を休めないと」 「そう…ですね。そうします、ハイ」 「ところで笹川さんの泊まるお宿ですけれど。お兄さん……どちらにお泊まりになるのかしら」 「へ?」 どちら? と頭上にクエスチョンマークが乱舞したツナの顔を。 村長はたっぷり七秒ほどまじまじと見つめ、次にころころと笑い出した。 「まあ失礼いたしました。綱吉さん、あなたまだネンネなのねえ」 「???」 ほほほ、と笑う村長の顔を、それこそじっと見て。 ぐるりと周囲を見渡したツナは、其処でやっと彼女が何を言っているのか理解した。 温泉村ユクモは平和な観光地だ。 メインストリートは各商店、名物を売る露店が隙間無く建ち並ぶ健全な通り。 しかし一歩引いた場所には湯屋があり、其処にはそういう……商売のお姉さん達がいらっしゃる。 表だって客を引くような、下品な商売は村長が許さない。 湯屋は表向きただちょっと豪華な普通の宿であり、無論普通の宿泊客の受け容れもしているが、稼ぎの殆どは夜のお仕事。 血気盛んなハンターが仕事を終え、しっかりと稼いだ後はそういうお楽しみもある。 これもしっかりと村経営だ。 お使いで数度訪れた事はあるが、当然ツナはお世話になった事はない。 なんとも答え難い質問である。 お兄さん――こと笹川了平氏が女を入り用か、と聞いているのであろうが、今日一日ハントへ同行しただけでそこまで見極められるほどツナは世慣れていない。村の大人が話す下ネタの理解度は二十パーセントを切る。 「そういうのはちょっと……俺はわかんないです、すみません」 「こちらこそごめんなさいね。今の話は忘れてくださいな」 「いえ、そういうのは、うん。大丈夫です」 頬が熱い。湯上がりのせいだけではない。 村長の身につけた香りや、手に触れている感触が、酷く落ち着かない気分にさせられる。なんだろうこれ、っていうかまあ、アレなんだろうな。うすぼんやりとした知識の数々が浮かんでは消えていく。 「ハンターさんは血が騒ぐと申しますねえ。大物や成果の上がった日は大抵、どんな殿方も――湯屋にお泊まりなさるから」 「へー……」 「もちろんお相手のある方は別ですよ。ええ」
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