オトモがこわいのでついてきてほしくない

 

 真っ暗な部屋でごそごそとベッドへ潜ってくる体には、いつもと違う匂いがついていた。
 ツナの部屋に新たに寝床が作られることはなかった。彼自身はザンザスの正体を見て微妙な気持ちがしたものの、面倒臭いというただ一つの理由によって二人は未だに一緒に寝ていたからだ。
 こんなことになる前。
 人間だったザンザスは、他人と寝室を共にした事はない。
 気配が気になって眠るどころではなかったし、名のあるチームを率いるボスとして、様々な所行で恨みを買うことも多かった。警戒は常であり、元々の気難しい性格と相まってそれは人嫌いの域であった。
 アイルーにされてから――いや、この家に来てから。始めてツナに無理矢理ベッドへ連れ込まれた日から、ザンザスは眠った。熟睡である。どうして此処でだけ自分は眠れるのか?
 それはきっと弱っちい気配だったり、裏表を持ちようがない単細胞な思考だったり、どこか子供っぽい甘い匂いだったりするのだろう。初対面なのに妙に馴染んだこととか。
 その中に紛れた余所ものを、ザンザスは常時よりも遙かに鋭い感覚でもって察知する。それは脂粉と加工された花の匂い、女の付ける香だった。
「おい」
「んー?」
「くさい」
 ぐるん、とベッドの中で体を反転させたツナは、途惑ったような顔をして此方を見ている。
「何が?」
「お前」
「えー。俺ちゃんと風呂入ってきたよ」
「女の匂いがする」
 あの年若い少女ではないだろう。身綺麗にはしていたが、化粧気はなかった。
 きっともっと年のいったヤツだ。
 人間より短い腕をつっぱって、出来るだけ離れようとするザンザスをツナは片目を開けて見ている。狩りに出て疲れているだろうに、やけに大きく見張られたその目が気になってなんだとぶっきらぼうに問えば、予想外の言葉が返ってきた。

「あー、明日さあ。京子ちゃんと、お兄さんと一緒にクエスト誘われてるんだけど」
「……」
 なんということもなく、胸がむかつく。
「ちょっと早めに切り上げてくるから。あの、そしたら、例の温泉、行く?」
「ハァ?」
 例の温泉とは山にある露天風呂の事だ。どういう仕組みか知らないが、ツナが浸かったその湯に浸かると、ザンザスは短時間だが人間に戻る事が出来る。
 これが面白い性質をしていて、最初のうちは限られた期間(それは月の満ち欠けに関係する)の湯につからねば効果が無かったのを、ツナがハントの腕を上げるに従って、ザンザスの人間に戻る時間も長くなった。
 今では満月の夜に温泉に浸かれば、翌日の昼過ぎ辺りまで人間でいることが判明している。
 大浴場だとその日によって湯の配合が違うので、確実なのはやはり山中の温泉だ。
 しかしその事が分かってから二人はあまり温泉へと足を運ばなくなった。ザンザスに言わせれば完全に戻る訳でもないのに、中途半端に人間になってもどうしようもないという。村でアイルーのザンザスは知られているが、人間のザンザスはそのガタイと強面なので目立ってしまう。特にする事もないし。
 そんな感じで落ち着いていた所、唐突に告げられた言葉にザンザスは怪訝な顔をした。
 ツナはと言えば、何故かそわそわと忙しなく視線を移動させ、妙にもじもじとした気持ちの悪い態度でボソボソと喋る。
「クエスト無しでさっさと降りてくればさ、その、村の、うん」
「?」
「ずっと気付かなくて悪かったっていうか……お前相当稼いでるから、どんなコースも選り取り見取りじゃねえ? 誰指名してもイケるだろ。むしろ何人か同時にいけるだろ!」
「何の話だ」
「湯屋のおねえさんの話ですけど」



 長〜い沈黙がその場を支配した。



「は……あ?」
「だ、だからねっ!」
 がばりと起き上がったツナは、ベッドの上でわたわたと忙しなく手を動かしている。
「オマエわりといいトシじゃん。おっさんじゃん!」
「死ぬか?」
 ザンザスは未だ二十代である。
「今日村長さんが言ってたんだけど、おおおお男って、狩りが終わると、めっちゃ興奮するから、そういう、お店に、行かないと、なんないって!」
「それがオレとどういう関係がある」
「お前興奮する? …いてえ! 殴るなよこの、俺は心配してるんだぞ! え、アイルーだとどうなの? でも人間に戻った時とかは?! 俺まだそういうの全然わかんないんだけどっ! あんまり我慢したらどうなりますかって聞いたら、」
「……何してんだテメエは」
 村長は一拍おき、集会場中に響きわたる大声で笑い、最後にはひぃひぃと苦しげな息さえ吐いて、ツナの顔を見てもう一度笑った。
「病気になるって……」
 夜目の利くアイルーの目で見たツナの顔は、むしろ青かった。
 どうやらたっぷりと脅かされてきたらしい。
「病気になったら困るだろ?! どうすんの! 大至急湯屋に突っ込もうかと思ったんだけどお前今アイルーじゃん! アイルーの女の子じゃ……ハイダメですよねそうですよね無理ですもんね! すみません! けどそうすると、人間に戻してから村に戻ってだとダメかなあ。ダメじゃないよね? 朝まではちゃんと人間だもんね? つかそっち大丈夫なのもう既に手遅れなんてことは」
 酷い。
 バカだバカだと思っていたが、此処までの世間知らずとは。
 ザンザスは怒るのも忘れて呆れた。
 いや、会った時から若干感じていたことだ。ツナは未だ幼く、年齢に対して成長が遅い。肉体的なというより精神的に。
 父親がいないせいもあるのだろう。村の大人がついぽろりと口にする下ネタやからかいに真顔で答える。意味が分かっていない。そもそもピンと来ない。
 知識的な問題のみならず、そういう勘働きが圧倒的に幼いのである。ツナと同年代だというクソガキ共はそれなりに調子に乗っており、村の外れで女の子と手を繋いだり物陰でくっついたりしているのを見かけるが、ツナ自身はというと――
 ダメだ、コイツ、本当に子供だった。
 昨日初めてだ。女を前にデレデレしているのを見た。しかし戻ってきて何の話をするかと思えば、斜め上の思考の舵取りに、バカな心配ばかりしている。んなことよりテメエの心配でもしてろよ。
「てめえはどうなんだよ」
「俺はそういうのまだ早いって思うんだよね!」
「じゃあ、いいだろ」
「おいそれは別だって。ザンザスはほら……色々とデカイから」
 恐らくは彼の人生初の下ネタだった。ツナはそれを口にした後両手で顔を覆い、小娘のような可憐な声できゃっと鳴いた。
 それを見た途端全身の力でもってぶん殴りたくなる。
 本当に、まったくもって余計なお世話である。
 ザンザスは肉球のついた前足で鋭く切り込むような突きをツナの腹に喰らわせた。





 夜中にドスンバタンと大騒ぎをした二人は、明くる朝あちこちに痣を作って起きてきた。
 母親の呆れたような眼差し。喧嘩もほどほどにね、と言われて生返事をしたツナは、茶碗に汲まれた水を一息に飲み干して言った。
「ああ、めっちゃ疲れた」
「誰のせいだと思ってる」
「俺は心配してるんだぞ!」
 バクバクと勢いよく食卓の物を片付けていく二人の勢いに、周囲のアイルーは手を止めて見入っている。
 今までも口げんか程度なら何度かしたし、ザンザスから一方的にボコにされる事もあった。だが夕べのツナは反撃をしたのである。いつもなら黒く艶々な毛並みもボサッとしている。
「お前の体を思ってだなあ」
「うるせえ。いらねえ。どうでもいい」
「はっ……もしかして既に手遅れ?!」
「違うっつってんだろ!」
 ザンザスが向けた箸の先を、これまたツナも箸先でばちんと弾く。
 ギリギリと睨み合う二人の直ぐ横を空のおひつを持った奈々が『こら。おはしで遊ばないの』と通り過ぎていった。まさか彼女も愛息子とそのアイルーの喧嘩の原因がシモの話だとは思わないのだろう。
「だってお前、将来役に立たなくなったらどうするんだよ蛇酒程度じゃピクリともしなくなったらさああ!」
「てめえに関係あるかバカ。死ねドカス」
「人生にはっ、いざという時が! あるんだ!」
 童貞の子供に言われても片腹痛いというやつである。
 人間の時分はそれなりに謳歌していたザンザスであるが、ハンターは流れの商売だ。特定の相手は持たず、必要な時だけ店に行く暮らしをしてきたから女は必要な時に調達するという感覚である。
 心情的にはアイテムを補充する時と変わらない。
 ザンザスの配下の人間は黙っていてもその辺を勝手に汲んでくれて、主の事情には一切口を出さなかった。
 しかし部下でも手下でもないツナは好き勝手な事を言ってくる。そのうち村の古老に相談しようかなどととんでもない提案を出したので、全力で口の中に菜っ葉を突っ込んでやった。
「そうだよ。俺はそういうの、サッパリわかんないよ! だから経験豊富なお年寄りに聞くのが一番だろ!」
「冗談でも言うな殺すぞ」
 アイルーの呪いをかけられて以来、ザンザスは古老だの長老だの年寄りだの大っ嫌いになってしまった。
 大体、どう相談するつもりだ? 今はアイルーでしかない男の性欲事情を年寄りに話したら最後、翌日には村の全員が知っている事だろう。下関係より何よりこんな体になった恥を他人に知らされるくらいならそいつを殺す。全員殺す。
 そもそもツナの心配は全くの杞憂なのである。
 もちろん、このトシで枯れたとは言わない。十代後半で既に名のあるチームを率いていたザンザスは名声に釣り合うだけの出会いがあり、お盛んな……もとい、他人が羨む性の充実ライフを送っていた時代もある。
 だがそれは大きな都市や、町が近い時に限られていた。
 一度山やら人里離れたモンスターの住処に出てしまえば、数ヶ月単位でサバイバル生活をする事もあるのだ。慣れている。
 だから言った。
 何の気無しに言った。
「ごちゃごちゃうるせえな。別に女なんぞいなくても、たまったら出しゃいいだけだろ」
「……うん?」

 目の前のアホ面が、いっそ綺麗にかくりと首を傾げた。
 半開きの口と中途半端な愛想笑いが気持ち悪い。
 なんだか――嫌な予感がする。

「どうやって?」

 

 


 

 

 ツナは幼少の頃から少し鈍い子供だった。
 同年代の子供の中には大人の話の輪に入り、したり顔で頷くような――些か気の利きすぎた者もいたし、身内の話では限りなく直接的な表現を、それは情け容赦なくする女性同士の中で育つ女の子は自然と耳年増になる。
 年頃に父親不在の環境もあるだろう。母親がのんびりとした性格だったのも。とにかく様々な要因があげられるが、一言で言えば、
 鈍感。
 男女の仲や秘め事など、大っぴらには出来ない話をする時に人が声を潜め、目配せするその空気。表情。
 そういうものを一切読まずに育つと、こうなるのか。
 ザンザスは怒りからすこーんと突き抜けて『どうしようもねーなコイツ』と、呆れを通り越して感心した。
 逆になんで分からねえんだお前、と問い詰めたいのをぐっと堪えて、尻尾でその手元をバシリと叩く。
「何。オマエ、知らねェの」
「――う」
 ものの見事に固まったツナは、あちこちに視線をやっている。どう誤魔化そうかと顔に書いてある。
「知らねえでンなえらそうな事ぼざいてやがったワケか」
「う、うるさいな! 俺まだそういうのは要らないのッ」
「あぁ?」
 ツナは子供ではあるけれども、年齢的には――ユクモではどうかしらないがザンザスの故郷では――とっくに成人と言える範囲だ。
 ハンター登録もし、まだまだヒヨッコではあるものの、稼ぎもある。
 例えば今のコイツが湯屋に行ったとして、門前払いされる事はないだろう。むしろあの村長なら張りきってイイ女を付けるに違いない。将来有望なハンター殿、か。
 そこまで考えて、なんだか心配になってきた。
 基本的に他人などどうでもいいザンザスではあるが、このバカがあんまり素直にスゴイスゴイと感心しきりなので、ドカスだが、つける薬のない大馬鹿ではあるけれども、心境的には自分が教えてやる立場であると理解している。
 弟子とまではいかない。弟分と言うほど身内ではない、だが替えの聞く部下の範囲にも収まらないこの子供をどう扱うべきか。
 会ってからずっと疑問だった事を、改めて目の前に突きつけられた感じがした。

 つーかそもそも、コレは何も知らないのか?
 幾らチビでもそれなりの年齢だろうが。自分でする処理ぐらい把握しておけよ。

 しかしまた其処で疑問が沸いた。この阿呆に一体誰が教えてやるのだろう? 父親は遠く離れて仕事、母親はぽややん、村人はむしろツナがそんな年頃であるとも認識していない。何より本人の自覚が皆無である。
「……オレよりテメエが買いに行け」
「ばっ、おまっ、何言ってゲホッ」
 むせてるし。
 顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる姿を見て、出てきたのは笑いではなくため息だった。





 兄妹二人の大浴場に行かないかという誘いを断って、ツナは自宅へと飛んで帰った。
 がっちゃがっちゃと騒がしい、装備の擦れる音。
 背負った大剣は重く、今日の狩り場が砂漠地帯だった為にあちこち砂が入り込んでいる。無論一刻も早く汚れをサッパリさせたいが、今日はやることがあるのだ。大事なコトだ!
「ザンザス! ザ〜ン〜ザ〜ス〜!」
 部屋に飛び込むなりそう叫ぶツナに、アイルー達がびっくりしている。
 玄関先で装備を外しながら、はやくはやくと急かすツナの声にようやく奥からザンザスが現れた。顔は嫌そうに歪んでいる。
「早くしないと時間ないだろ!」
「あー……マジで行くのか」
「その為に帰ってきたんだぞ」
 ドタドタと奥の自室へと飛び込み、着替えや湯浴みの道具を持ったツナは鉈一本とロープだけを持ち、アッと言って床下の隙間に頭を突っ込んだ。
 取り出したのはずっしりと中身の詰まった壺である。緑の上薬がかかり、縁の欠けているのがツナの。
 真っ黒いのがザンザスので、黒いのはそろそろ二つ目も半分ほど来ている。
「どのくらいすんのかな?」
「オレが知るか」
「まあテキトーでいいや」
 言うなりざっくりと手を差し込み、緑と黒の壺からひとすくいずつ取り出して袋に詰める。
 ユクモの相場は詳しくないが、少なくとも三、四日は豪遊できそうな額だ。
 混じり合った他国の貨幣がジャラジャラと鳴っている。
「そうそう、しっかり腹ごしらえしなきゃ」
 幾つか取り出すと、ツナはザンザスの手を引っ掴んで再び街路へ飛び出した。
 馴染みの露店からちまきや肉の焼いたのを包んで貰って、ついでに酒も一本買う。初めて村の外でクエストに出た時、教官から度胸付けだと酒を飲まされたのを彼は覚えていた。
 度胸、つけなきゃならないんじゃない? 久しぶりだって言うし!
 どこまでも脳天気かつお節介な思考で、簡素な夕飯をモチモチと食べつつ山に入った二人は、いつものルートではなく、村の人間が使う山道を登って目当ての温泉へと向かう。

 いつもは手ぶらなザンザスも、今日は荷を背負っている。
 中身は人間に戻った時用の衣服だ。
 地元民のくせに方向感覚がイマイチなツナに変わり、先頭を歩く。村人が組んだ細い丸木の階段を上り、時折後を振り返って確認する。
 ツナが大した装備も持たずに鉈一本で山に入ったのは、獣に会っても戦わず、逃げるつもりでのことだろう。とにかく時間との勝負なんだと意気込んでいた。なんでオレを湯屋に向かわせる、たかがそれだけのことにそこまで執着するのか。

 張りきって壺貯金まで取り出してきたツナには悪いが、ザンザスはまったくそのつもりがないのだった。
 そもそもいつこの間抜けな姿に戻るか分からないのに、湯屋で女を呼ぶなど自殺行為だ。万が一正体がバレたら宿ごとぶっ潰すしかない。
 一夜の欲よりもプライドを重視する彼の選択である。
 しかし、此処で本当の事を言えばまたうるさくなるだろう。お人好しかつお節介。そして自分ではまだまだ未知の世界にを、外側から覗き込んでみたいのだろう好奇心。無論満たしてやる義理はないのだけれど。
 前を行くザンザスはニヤリ、とたちの悪い笑みを浮かべた。
 アイルーの愛らしさをもってしても相殺できないほどの悪相である。
 ツナが見たら大騒ぎしただろうが、生憎急な山道を黙々と登っている最中。それどころではないのだ。
 目的地である露天風呂に着き、落ち葉避けの網を取り払い、二人で早速湯を浴びている間。
 ツナがいそいそと湯船につかり、ふやけた声を出している時もただひたすら無言を貫いていたザンザスは、その体をゆっくりと湯に沈めていった。

 

 


 

 うーん、でかい。
 何度見てもでかい。
 ツナは感心しながら人間に戻ったザンザスを見た。それはもう、じろじろと。
 父もかなり大柄な男である。村でも父程の長身は見たことがない――その父親ぐらい、ザンザスはでかい。体つきもがっしりとしている。
 人間のザンザスは、その見た目からして歴戦のハンターだった。
 むしろ、それ以外の職業に見えない。体中にある古傷、火傷の痕。厳しい険しいだけで表現しきれない、そこに居るだけで威圧的な存在。
 じっと見られるとそれだけでスミマセンと謝り倒したくなるような。
 でも実際、ツナの口から出てくるのは卑屈な謝罪の言葉などではなく、他の誰に向けたこともない軽口や憎まれ口だ。初めて会った時、相手の姿が馴染みのあるアイルーだったからだろう。そりゃ、初対面がコレなら真っ先に逃げ出したか気絶していたに違いない。
 ゆったりとした仕草で湯に浸かった男は、濡れた手で顔面を一撫でして縁に頭を預けた。
 ツナはあれと首を傾げる。
 今日は入浴を楽しむ為に来たのではない。姿が戻ったのなら身支度をして、全力で村に駆け戻って貰わなければ。湯屋の営業はその性質上夜中まで開いているが、ここまでの距離を考えると決して余裕があるのではない。そもそも時間ってどのくらいかかるの?
「なあ、オイ」
「あ?」
「早く出ろよ。財布持ってって良いからさ。まさか店の前まで付き合わせる気じゃないよな?」
 じろりと前を向いた視線。
 なんて恐ろしい顔つきだろうか。
 月明かりに照らされて、凶悪そのものである。感心していると、その口元がにやりと笑った。
「な、何だ!」
「人のことよりてめえはどうなんだよ。オレに偉そうな口叩けるのか」
「……」
 言えない。そりゃ、言えませんけれども。
 途端に落ち着かなく視線を彷徨わせ始めたツナに、追い打ちがかかる。
「オレはいい。お前行ってこい」
「はあっ?! お、俺?」
 いや無理もうダメ絶対有り得ない。大仰な仕草でぶんぶんと頭を振りまくる。
「あのな、アンタは別に、面割れてないからいいけども! 俺なんて生まれたときから村に住んでるんだよ?! 村長さんだって店付きのお姉さんだって顔馴染みがいるし! そそそそんな所に行って何を……ナニ……」
 一人で恥ずかしがって悶絶している。アホである。
「大体俺は! そういうの! まだ必要ないって! そりゃ興味がないワケじゃないけど……」
「オレも必要ねぇっつってるんだが」
「そんなぁ。ザンザスは大人じゃないか。俺はほら、まだガキだし」
「お前の年頃ならむしろ遅い方だろ」
 ぴしゃーんと雷が落ちた――比喩である――空は七分満ちた月が輝き、晴れ渡っている――
「お、おそい、の?」
「……」
「ちょ、無言ヤメテ! えっ? おれ、ええっ?!」



 ぐつぐつと笑いたい衝動を抑えて、ザンザスは無言無表情を貫いていた。
 世間一般の基準など分からない。知らない。興味もない。
 単なる意趣返しである。
 自分の経験を踏まえると、まあ二、三年程遅れているが別に珍しくはないだろう。
 だがツナには判断材料がない。疎い性格が徒となった。
 ダメ押しに最もらしい顔つきをしてやれば、その顔はみるみる間に青くなった。腹を抱えて笑い出したいくらいだが、そんな事をすればタネがバレる。そんなもったいないこと、誰がするか。
「それってもしかして、よくないの? ハンターとして? 男として……?」
 エッ大丈夫だよね? と切羽詰まった表情で聞いてくる。ザンザスはひたすら真面目な顔のままさりげなく横を向き視線をずらした。
「……そうか」
「ナニその間ー?! すげーやなカンジー! うわー俺、えええどうしよ」
 駄目だもう笑う限界だ。
 あまりにも真剣な表情。殆ど涙目。
 ツナはぶつぶつと口の中で呟いている。そんな。だって。湯屋のねえさん達は絶対だめ! ってか皆いつの間に、え、誰、うわ俺、どどどどうしよう。なんで誰も教えてくれなかったんだよおおおお!
 自分の取るに足らない一言でここまで振り回されるとは。正直予想以上だった!
「ザ、ザンザスッ!」
 ざばあ、と湯から立ち上がったツナは、湯あたりか、話の内容か知らないがやたら真っ赤な頬をして叫んだのだった。
「そうだ専門家ッ!」
「あ?」
「お前大人だし、イチイチ余裕面してむかつくけど詳しそうだし! 湯屋のねえさんより俺お前に教えてもらうことにする!」

 良いことを思いついた! とでも言うように。
 パアアと笑顔になったツナを前にして、ザンザスは固まった。誰が何だって?
 流石バカ、予想外どころじゃない。
 予想の斜め上上空三回転半の思考回路。

 


 

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