彼は落ち着き払った様子で服の埃を払い、無感動な瞳で見下ろしている。
二階席に通されたのは彼が既に此処の常連で、幾度と無く顔を見せているということ。早速女達が寄ってきて、鳥のように囀っている。
礼儀と義務でその腰を抱き、口付ける真似をする。きゃらきゃらと笑うこの生き物は自らの範囲でしか罪を知らず、物も見ない。二度目は黙って受け、口を開く。
舌を突っ込む寸前で止め、静かに離してやった。握らせた紙幣は彼女をこのまま仕事から上がらせてやれるだろう。
「優しいんですね」
微かな囁き。懐かしい母国語だ。
振り返ると彼もまた似たような扱いで、女の手に自分のそれを重ねていた。小声で二言三言囁き、笑って手の甲に唇を押し当てると、穏やかな眼差しで見送った。グラスを受け取って此方へ寄越す。
「底に沈んでいるのがそうです。慣れなければ口を付けない方がいいですよ」
「味を見るだけですから」
ぺろりと舌を出して突っ込むと、甘ったるい酒に混じって微かなザラつきがある。
「悪くない。上等だ。酒の味は最悪ですが」
「皆カクテルを飲みに来ているのではないという事、です」

舞台では曲に合わせ、女達が半裸で踊っていた。
卑猥な腰つきで客に手を伸ばす者、笑顔を振りまく者もいれば、怠惰な眼差しでじっと宙を見つめている者もいた。
その全てに均等な薬物中毒の兆候を見つけられる。
「こんな田舎町、どうなろうとあなたには関係ない。からっぽの土地なのに」
「俺は休暇に来たんです。出来るだけ静かに過ごすのが目的でした………」
舞台の端。男。四十代後半、たるんだ頬の肉に傷。
男を中心にして円が形成される。人の輪、空気の輪、堕落の輪。
「小さな波ではない。この町になだれ込もうとしているのはもっと大きなものだし、中から門が開けられるとあっては」
眠気に押され、半分閉じかけていたその目がその一瞬で苛烈な光りを抱いた。
「港があり、空港にも近い。広さも十分にあり、恐らく発展に20年とかからない。俺が気付いたんだから、他が知らない筈はないでしょう?」
男が此方を見た。
口を開け、青ざめて後退る。目をそらす。
戸口に行こうとするのを人々が何度も押しとどめ、しきりに話したがっていた。
「今ならまだ間に合いそうです。でも、時間はあまりありません。恐らく彼は何らかの指示を受けている」
「あなたの推察は正しい」
「………」
「あの女は自分の銃で死にました。今は好都合ですね。さあ出ましょう」
手を引いて人混みを擦り抜ける。相変わらず小さい、昔よりはましになったとしても。
嬉しくなった。
「大丈夫、全て上手くいきますよ。僕は今機嫌がいい。浮気したんじゃないんですね」
「そもそも俺は………あんたと付き合った覚えがありません」

2005.10.25 up


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