ネクロポリス

 

森の奥の不気味な噂を耳にしたのは、任務に入って3日目の事だった。
今時発掘調査団に護衛を付けるのもおかしい話だと思ってはいた。国内ではゲリラや犯罪者集団の動きが活発化しているが、その場所は何も無い密林のド真ん中である。僅かな集落。足は現地人による小さな手漕ぎカヌー。
また、調査対象の遺跡も考古学上の価値はあっても持ち出しは不可能だ。どっしりとした巨石に刻まれた文字は考古学者にとってだけ宝の山であり、苦労して転がすだけの金銭価値は無い。

金に換えられない遺物を嬉々としてほじくりまわすのは、傭兵隊率いる隊長様にとっても理解できない行為だった。
コロネロは、まだ若い。仲間内にも本当の年齢を告げないでいるが実は十代である。
その実力と名は表裏どちらの世界でも轟き渡り、現在にして知名度はうなぎのぼりだ。元イタリア海軍という経歴から飛んで、飛んで、世界を一周して軍に知り合いばかり作ってきた。教官として。義勇軍として。秘密裏に動く実行部隊の長として。
その彼がこれはと思った同業者に声をかけ、チームを組んだのは半年前の事だ。それまで軍や裏組織(手っ取り早く言えばマフィア)からの任務を積極的に受け、個人としての資質を磨いてきたコロネロは今度はチームプレイに重きを置いたのである。
自分のコマンダーとしての能力を試し、高めていく意味で普段は目を向けない小さな任務を多数請け負った。ありとあらゆる状況と戦い、テストしていくために。
個人から企業から。時にこうしてうんざりするほど退屈な仕事をこなすのも、まあある意味社会勉強と言えるだろう。

今回、その道の権威ではあっても戦闘経験など皆無の大学教授引きいる研究チームがコロネロ程に有名な人間の部隊を雇えたのは、彼等のスポンサーが世界的大富豪だからに他ならない。
金と名声を手に入れた後は道楽というわけだ。
会社を継ぐ前は考古学者になりたかったという学者肌の企業会長に依頼され、顔を会わせたのが一週間前。
見るからにヤワい、眼鏡と細腕と室内研究の印白い肌のオンパレードに辟易したコロネロはしかしプロである。一切を顔に出さず、必要な事項を正確に伝える事に集中した。

その際、クライアント側から伝えられたのは予想通りの我が侭な要求だった。
武器使用に関しての細かな規則。暴力は極力使わず、現地では挑発的な態度を慎むこと―――

では何をすればいいのかと思った。
何のために傭兵まで雇うのかと。

川をモーターボートの轟音が突き進む。観光気取りの客相手になつこい笑顔と当たり障り無い話をしているのは隊唯一の既婚者だった。国へ帰れば妻子持ちである。
何故こんな家業をしているのかと問えば飄々とした声で人の業、と答えが返ってきた。今まで何度も転職を試み、本人の器用さ人当たりの良さもあって1、2ヶ月はうまくいくもののまた直ぐに戦場に戻ってしまうという。
血が呼ぶのか。
生まれた直後から戦場を渡り歩いている身としては、逆に向こう岸が分からない。見えているが匂いはしない。絵に描いたもののように薄く実感が湧かない"普通の生活"。

「…参りましたよ捕まっちゃって」
家族の写真を仕舞い込みながら寄ってくる。その声が側で一気に低くなった。
「俺達が引っ張ってこられたのは、どうも妙な迷信のせいですね」

 

 

森に入ってすぐ、小さな集落があった。接岸するにモーターボートは大きすぎ、小型の手漕ぎボートで岸へ近づく。
遠巻きに見守る現地人の表情にコロネロは首を傾げた。敵意でもなく、歓迎でもなく、ただひたすら戸惑っている。そんな感じだ。
首都で雇った通訳が早速先頭に立ち、身振り手振りを加えて話しかけたが、返ってきた答えは微妙なものだった。拒絶のような、そうでないような、しかし喜んでいるのではない事だけは確か。
「噂のせいかも」
いつ何時も離さない、大事な装備を岸へ下ろしながらチームの一人が呟いた。既に全員が知っている、この地に伝わる呪わしい言い伝えを。

昔、この地は今のような森ではなく開けた大都市だった。
スペインの侵略で国が滅ぶまで繁栄を極めたという。

これだけなら遺跡の周りにはよくある話なのだが。
問題なのは「都市は尊い人たちが死を越えて存在し続けた」という一説、目的である遺跡、そのメインである巨大なピラミッドは都市を収める祭司が黄泉の国への扉を開ける儀式の場であった―――という部分だ。"死を越えて存在"、これがいけない。
通訳にかなりの金を積んだのもこのせいだ。
遺跡には今も呪術師が住み、そのネクロマンシー(人を生ける死人、ゾンビーにしたり死体を生き返らせたりする呪われた術)が強大な力を誇っている。異国から来た者を敵と思い、今は無き都市に呼び込んで命を奪う。
そんなくだらない噂が横行しているのである。

「くだらねえ」
一言で切って捨てたコロネロに、メンバーもまたにやにや笑いで同意を示す。
各国を渡り歩いてきた傭兵の彼等は戦地という特殊な状況で、様々な迷信と不吉に出会う。集めるのが趣味だという変わり者もいるぐらい、それらは密接に絡み合う。
死というテーマはどの地域でもオカルティックな意味合いを持つ。
常に死を生み出し続ける戦場でもそれは同じ事だ。近代兵器を駆使して戦う兵がジンクスに固執する心理。まじない。のろい。
現実主義者達の多くは明日への不安がそうさせるのだろうと、勝手に納得している。コロネロもまたそのクチだった。



集落の長に話をつけ、なんとか滞在の許可をもらう事が出来たようだ。
コロネロは宿営地をぐるりと周り、仮想の敵襲を想定してテントの配置を決めた。
遺跡は集落から歩いて半日、山を下りて2時間の所にある。今までの調査で近くには水源もなく、キャンプ地に向いていないことが判明しているので無理にとどまる事は止めた。
そもそも調査団はコロネロ達傭兵を信用せず、できるだけ遺跡に近づく時間を短くしようと、行き帰りと後は集落近辺で警護してくれという意味があるんだかないんだか怪しい仕事を依頼してきた。

出発の朝、霧深い不穏な天気の中。
数名を村の警護、残りを調査団を警護するチームとに分けた。コロネロが装備を確認していると、いつの間にか側へ来ていた村長の年寄りが何事かを呟いた。
即顔色の変わった通訳に詰め寄ると、彼は青い顔をして告げた。
「気を付けろと。あなたは悪魔に魅入られやすい、今回の旅は危険だと忠告しています」


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