ネクロポリス

 

笑い出さなかったのは長老への礼儀である。コロネロは無表情に頷き、愛用のライフルから小銃に切り替えた。
しかし部下達は堪えきれず、肩を震わせている。普段から酒も、女も、金に関してすら鉄壁の防御を誇る隊長サマがよりによって悪魔だのに縁があると言われると、それは愉快に思えるらしい。
震えて仕事にならない尻を文字通り蹴飛ばすと、コロネロは声を張り上げた。

大仰な荷物を纏めた調査団は驚くほどのろかった。重装備で密林を走り回る傭兵隊は口にこそ出さないが、一般人の身体能力に改めて呆れたようだ。
要人の警護なら、向こうも護られることに慣れている。素人達は落ち着かなげに普段は触れない軍人という人間へおっかなびっくりの視線を寄越す。
中には打ち解けている者もいるようだが………
怯えられてたんじゃ、仕事になんねえと苦々しく思っているコロネロの仏頂面が、客の恐怖を煽っている事を本人は気付いていなかった。
「小休止にしましょう」
日が高く登っている。山を下りる短いルートを選択したにもかかわらず、既に6時間が経過している。村人の2時間は軽装備かつ森に慣れているものの2時間だったのだろう。

「そろそろ見えてくるはずだが…」
調査団を率いる教授が流れる汗を拭いながら、ペットボトルの水を喉に流し込んだ。
老人と言っても良い年齢だが、流石に慣れているのだろう、足取りはしっかりしていて森の歩き方も素人ではない。ただ、まとわりつく湿気だけは我慢出来ないらしく(紙はふやけ、電子機器は調子が悪くなる)ぶつぶつと呟いていた。
「少し見てくる」
自ら先行を申し出る。たった6時間の道行きだが、隊のプロフェッショナルは十分に伝わったらしく拒否はされなかった。
傭兵は荒っぽいイメージがつきまとう。しかし任務(=で報酬)の為ならクライアントの意に反するような事はしない。大事にしろと言えばそうするし、静かに振る舞えというなら音も立てず戦う事とてするのだ。

装備を抱え直し、進んでいく。ギリギリ駆け出さない程度の早足で張り出した岩や藪を避け、無人の割にはつけられている道を進む。
このおかげで切り開く必要が無くて、楽だった。だが、村の者も滅多に近づかないというこのルートを誰が使っているのだろう。

値打ちモンでも転がってんのか………?

密売者達がこんな奥地まで手を伸ばすだろうか。行き帰りは完全に船足に頼り、下手な者が交渉すれば岸につけさせても貰えない。金もここではあまり役に立たないのだ。





油断無く進んでいくと、突然目の前が開けた。唐突に現れた石の台座に、恐ろしげな顔の現地の神が牙を見せて威嚇していた。
「これか」
至って無感動に一瞥すると、コロネロは平地に積もった枯れ葉を踏みしめて広場の様子を見に行った。成る程、確かに中央にあるのはこの国でもしょっちゅうみかける類の巨石ピラミッドだった。
ぐるりと一周する。別に、なんの変哲もないそれに思える。
あのお偉い先生方が汗水垂らして来る程には見えないが、何らかの学術的価値があるのだろう。見れば細かい文様がその表面に刻まれ、作り自体はかなり凝ったもののようだ。

周囲に敵(一体誰だ?笑い出したくなる)の気配がないことを確かめてから、来た道を振り返る。
同時に構え。正面に人影が立っていた。気付かなかった。この、俺が?
コロネロは酷く驚いたが、相手は無反応だった。立ちつくしたまま手をぶらりと下げ、裸足の足はぴくりとも動かない。
「………おい」
彼にして、多少気安く声をかけたのはその人物の格好だった。現地人ではない、かと言って、こんなくたびれた格好をしているのは調査団には見当たらなかった。
かろうじて洋装と言えるだろうか。ぼろぼろに引き裂かれたシャツとズボン。哀れな程汚れているし、しゅうしゅうと喉奥から響く呼吸音は肺に異常があることを教えていた。コロネロが数歩踏みだしても、その人物は去る様子がない。

「こ、これは!」
先行のコロネロを待たず、後を追ったらしい。
一団は藪から唐突に顔を出したように見える。先頭に居た教授が素っ頓狂な声を出してその人物に駆け寄った。
「お、おい!大丈夫か!」
まるで知っているようだ。
コロネロは思ったが、それは直ぐに裏付けられた。
「一人だけか?他の者は………どうした?」
細いが強健な腕がその人物の肩を掴んで揺さぶる。ガクガクとぶれる茶色の頭から枯れ葉が舞い落ちる。
反応は無い。
「一体どうして………」

それは俺の台詞だ。
コロネロは不機嫌に周囲をぐるりと見渡した。様子から言って、この調査団の先を越した者が居たらしい―――それは、初耳だった。本格的調査は始めての、と聞いていたのだ。
「………気にいらねえ」


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