ネクロポリス

 

一行はそのまま帰途についた。馬鹿馬鹿しいこと限りないが、リーダーである教授がそう言ったので他の者も異を唱えられなかったのだ。
謎の人物は先の調査団の生き残りらしい。枯れ葉や土に混じって使い物にならない調査器具がそこら中に氾濫していた。
「ホラ、気を付けろ」
調査団とも、現地人とも一番に交流を深めていた隊の社交担当がしきりに世話を焼く。ボロボロの服を纏ったまま無言で、引っ張られるまま進んでいるその人間にコロネロは警戒心に満ちた視線を送る。
「隊長、そんな怖いツラせんでくださいよ」
「なんだとコラ?」
「黙ってたってあんた怖いんですから」
「………んだと?」
自分の顔が怖いのは、これは生まれつきだ。
「怖がるじゃないですか、なあ」
「………」
相変わらず無言のまま、たしたしと枯れ葉を踏む。
まるで子供のように見える。背は低いし、小柄だし、あまり周りに頓着しない様子がそう感じるのかも知れない。
のび放題の前髪からちらちら覗く目は茶色で大きく、まるで子犬のような印象を受ける。東洋人らしいのはかろうじて分かった。
ぼさぼさの頭を振ってひたすら歩き続ける。
「お前も怖がられてんじゃねーか」
「違いますよ!………うーん、幾つぐらいなんだろうなあ」

村に着いても、そいつの様子はまるで変わらなかった。
村の者は遠巻きに様子を伺うだけで、怖がっているようなそぶりを見せる。入れようとすると長老が緩慢に首を振った。
仕方なく宿営地へ連れて帰る。
「新しい服もらってきましたよ」
調査団の成人男性の服は、明らかにサイズが合わないだろう。ズボンは吊るしか方法が無さそうだ。
「さ、着替える前に風呂にしようぜ」
「お前………やけに世話やくじゃねえかコラ。気持ち悪い」
「だから違いますって。いやウチの息子と同じくらいかなってね」
「は?」
「今年で15のクソガキなんですがね………これがまたやんちゃで」
でへでへと息子自慢をしている部下に、コロネロは自分もびっくりな現実を突き付けてやった。ズボンの、穴だらけのポケットに収められていた身分証明書を発見したのだ。
「今年30の学者さんだぜ。軽く倍だな」
「嘘ォ?!」
大声にびくり、と肩を揺らす。
初めて見せた反応らしい反応だった。
「サワダ………日本人か。何でこんな地球の裏っかわに来ちまったんだ?お前」
コロネロは生ぬるい水をくみ上げ、そのボサボサ頭の天辺にかけてやった。あっちこっちに跳ねて収拾のつかないその髪が水を含んでぺたりと大人しくなる。
ケホケホと咳き込むその胸は薄っぺらく、肋骨が浮いていた。とても30の成人男性とは思えない体つき、顔つきに唯一―――見合うのがその手だ。手だけは年相応、いやそれ以上に傷だらけだった。指は玩具のように細いのだが。

指で前髪を梳いてやる。東洋人特有の平坦な貌が子供っぽさに拍車をかけている。
視線が合うと、薄く開きっぱなしの唇が僅かに動いた。現れた双眸がぬるりと光を反射する。
背筋が粟立つような感触がした。

 

 

その夜、奇妙な行軍に肉体よりも精神が疲れ果てた一行は普段よりも深い眠りに落ちていた。
いや、それは少し異常なほどの眠りだった。村人は不穏な空気を感じ家に閉じこもって出てこようとしなかったし、いつもなら騒がしい密林の住人―――猿や鳥などの動物達も、一声も出さず黙りこくっている。不気味な夜だった。

コロネロもまた簡易寝台に身を横たえていた。村に残した数名が暇を持て余して作ったもので、なかなか寝心地は良い。
ケホ、と小さな咳音で目覚めた。
やはり気配を感じられないでいる。コロネロは舌打ちし、闇の中に沈んでいる人物を招いた。
「座れよ」
隊のテントの一つに寝かせて置いた筈だが、抜け出してしまったのだろう。
「何か用か?」
「………」
「だんまりばっかだな、お前」
衛生兵としての経験もある部下が診察したが、特に異常はなかったという喉。細いそれに小さくのど仏が飛び出していて、それが無ければ女のように頼りなかった。肺は少し病んでいるというが、抗生物質を投与したので直ぐに治るだろう。いずれにしろ、たいしたことなはいと。

何があったのだろうか。
あの後、周辺の簡単な調査を行った。枯れ葉をひっくり返してみたが、死体らしい死体も出てこなかった。
他の者は何処へ行ったのだろう。

半分だけ身を起こしたコロネロの前に座ったそのサワダとかいう日本人は、唐突に行動した。
ふわりと力の入らない様子でコロネロに覆い被さると、その喉を押さえようとしたのだ。急所を攻める危険な動きである、瞬時に、いつなんどきも肌身離さず持っているライフルを構えたが、その腕は動揺で引きつった。
予想外に強い力で口元をこじ開けられたかと思うと、柔らかい肉の感触が触れた。間近でがらんどうな瞳が無気力さを湛えて見ている。
ヌル、と口の中に侵入してきた舌に頭をガツンとやられたような衝撃が走った。慌ててその身体を押しのけると軽い体は吹っ飛び、テントの反対側へ叩き付けられる。

物音にもかかわらず、誰も来なかった。耳を鍛えられた部下ですら。
荒い息で喉元を抑えたコロネロは、ぐったりして動かない小さな身体を足先で転がした。弛緩した表情が現れ、目がくるりと上に向き此方を見る。
暴力にも怯える事無く、彼は再度身を起こして側にある足にしがみついた。
は、と零した息が熱を持って周囲を淫猥な闇に変える。

動けなかった。

濡れたような光を持つ眼が間近に迫り、しきりに口付けを強請る。
それを注意深く避けながら、コロネロはその口元に鼻を寄せた。どろりとした蜜色の液体が小さな口から滴り、甘い芳香を放っている。これは―――

無理矢理、最後の理性でキスは避けた。
ただ覆い被さる喉に舌を這わせ、束ねられた髪を解いて掴む。仰け反った胸にはまだ薄い石鹸の匂いが残っていた。部下が丹念に洗ったせいだ、畜生。

それが最後の一押しになった。
いつものように熱を持った身体を宥める意味ではなく、進んで細い身体を貪りに行く。幾らもしないうちに荒い息がテントを満たした。


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