ネクロポリス

 

仕事は果果しくなかった。今はすっかり意気消沈し、怯えている調査団のリーダーは、十は老け込んだような陰鬱な面もちで吐き出した。
元々、先行の調査隊はライバルの立場にあった。密な情報交換など出来るはずもなく、様子を伺うだけの細い関わりだったので、失踪の噂も半分に信じていたのだという。
失踪に現地の人間が絡んでいるのではないか―――そんな疑いで護衛を雇うことに、クライアントが決めたそうだ。それで最初の日、村に残るようにとの指示が来たのか。
あれは村を護るためではなく、見張るためのものだったのだ。
「どうする?」
「無論………現地調査は続けるつもりだ………しかし」
怯えきっている。
眼差しが答えていた。逃げたい、その欲求をギリギリの所で抑えているだけだ。
ろくな成果も出さず変えればクライアントの失望と、研究資金の打ち切りをくらう。だから帰れない。
けれど、あの場所には行きたくない。

別に、どちらでもいい。
コロネロはそういうものを怖れるたちでは無かったし、例の男の身に何があったのか知りたかった。
重い腰を上げ、徐々に調査の準備にとりかかる学者達の群れ。チームは完全な他人事として見ているようだ。何かあって即逃げ出されるようでは困るので、大まかな事実を伝えた。
帰る者は誰もいなかった。
仕事ですからね。貰わんうちにゃ、国へ帰れないですよ。
一人がぽつりと言ったのが、メンバー全ての本音だった。





雨が徐々に緩み、甘い匂いが森に充満する。
それはこの地方特有の植物で、シュガーツリーと呼ぶ。木肌を傷つけるとふんだんに糖を含んだ蜜が流れ出してくる。村人はそれを取りに森へ入っていく。

その姿を遠目に見ながら、コロネロはテントの杭を打ち直していた。
長期の滞在に備えるようには出来ていない。現地人の住まいを真似た小屋を、隊でも器用な者が冗談半分に作ってはいたが、使い物になるかどうかはまだ不明だ。
「ヤアヤア!何処へ行くんだ」
すっかり退屈し、遊びだした隊の一人が声をかけた。例の男だった。
昼間、宿営地を徘徊する姿はよく見る。しかしそれ以外男が何をしているのか、何処に行っているのかは分からない。四六時中見張っている訳にはいかないし、そもそも口を利かない相手に一方的に話して聞かせる状況に飽き飽きしたのだ。

例によって無言のまま、声のする方へ緩慢に顔を向けたその姿に夜の艶は微塵も無い。
あれから毎夜、男はコロネロの使うテントに忍んできては実りのない行為を繰り返す。殆ど義務的に身体を投げ出し、幾度も口付けを試みてはその度にねじ伏せられ、突き入れられて失神する。
いつでも徹底的に吐き出させた。最後に意識を失ってくたりと身体が脱力するその時まで、尻を突き性器を扱く。
最初こそ面白がっていたのだが、徐々に熱が入ってきた。男は必ず無言で訪れる、しかし交わりの最中僅かずつ声を取り戻していた。朝になればまた例の無気力な様子でふらふらと彷徨っている、けれど、閨の中で小さく叫ぶその瞬間顔を覗き込む。と、チカ、チカと光が瞬く。錯覚かも知れないが。
正気を取り戻してやりたいような気もする。身分証明書にあった住所はアメリカの大都市。薄い身体と傷もなく、ただ生白い彼の肌。それは何の変哲もない彼の人生を象徴する。
出来ることなら戻してやりたい。
こんな地の果てで正気を失ったまま、一生を終えるのはあまりにも哀れだ。

男とするセックスに不満があるとすれば、それはあの蜜の匂いだった。
思い出し、コロネロは鼻の頭にシワを寄せた。甘いものがキライなのだ。
どうしようもない事態で糖分補給のためならチョコレートの欠片を口に入れるが、それ以外、日常生活では一切甘きはお断りだった。
抱いている間中蜜を垂れ流し続ける男の身体は、恐らくコロネロ相手でないのなら、他のものならば、相手を魅了するのだろう。しかし、生憎だった。

「それにしても隊長」
甘い匂いがしますぜ、と笑われてコロネロは顔を顰めた。
男は毎夜、それを滲ませ、吐き散らす。その匂いがテントや、コロネロ自身に絡みついて離れないのだ。
村や宿営地の周囲が、シュガーツリーのおかげで甘く香っている。男の吐くそれはとても良く似ている。シュガーツリーの木肌が滲ませる金色の樹液に。
それが隠れ蓑となって、まだ密事には気付かれていない。
「出発は明日の朝だそうだ。準備しておけよコラ」
「やっとですか」
銃にカビが生えちまいましたよとぼやく横顔が、目が濁っている。ひたすら大人しく暇を潰してきたせいで退屈しているのだ。
この任務が終わったら、少し暴れさせてやろうと思った。コロネロ自身もまた、先と敵が見えぬこの仕事に飽き飽きしていた。


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