幕間"ツナ"

 

解析ソフトへ、ひたすら文字を打ち込んでいく。文字と言っても素人のツナにはへんてこな図形にしか見えない。

不気味な形………

この仕事を始めてから、長くネットに繋がっていない。学者が独占してしまっているのだ。
最も、普段から腹のたつほどのろいモバイルを軽蔑していたワケで、大して期待もしていない。けれど、"クソサイテー"な人生を歩むドン底の同士達から来るくだらない情報メールやどこぞの馬鹿が政府のサーバにクラッキングを仕掛けて成功、または逮捕された話が無いとそれはそれで寂しいものだ………愉快犯なら応援、利益が絡むと蔑視。ネットに巣くう退屈人達の反応はお決まりだった。
禁断症状出そう。
ふうっと退屈を吐き出し、目を擦り擦りキーを叩く。規則性のまったくない、アトランダムな配列を罵りながらひたすら大量の情報を打ち込んで終わりのない作業。ああ、レモンを絞ったコークが恋しい。文明社会万歳、大自然クソ食らえ。ピザが食いたい、それから甘くて砂糖のざりざりした、油まみれのドーナツ。チョコバーなんてキライだ大キライだ!ネチョネチョと歯にくっついて始末に負えない………

湿気のこもるテントで作業をするのにいい加減うんざりしてきた。
ツナはマシンとバッテリー片手にテントからごそごそ這い出した。遺跡から少し離れた平地にキャンプを移動して一週間、成果らしい成果も出てないのに学者共はここから張り付いて動こうとしない。

気晴らしに少し歩く。遺跡とは反対側に、広い沼地を見つけたのだ。
熱帯の沼は得体の知れない虫がぶんぶん唸っていたりして最悪だけれど、此処は違った。不思議なことに、おおよそ生き物の気配がしないのだ。静かで、落ち着けて、ツナはすっかり其処へ入り浸っていた。
沼の表面を渡る風が冷たさを含んで肌に吹き付け、汗を乾かす。天然のクーラー………これだけは素晴らしい。
沼のほとりの岩に腰掛け、膝の上でノートパソコンを開く。待機画面が震動でブレて、慌てて抱え直す。取り寄せたチップやメモリで改造を繰り返し、今や命の次に大切なもの。

染みついた動作でキーを叩き続けていたツナは、やがて退屈な画面に踊る別の文字を見つけて驚いた。
自分が打ち込んでいるものとは別の文字が、交じり合っている。折角設定し直した打ち込みやり直しかァ、と頭を掻き混ぜる。
間も、文字はどんどん増えていった。
「う、そ………」
手が触れていないのに。
キーボードにコーヒー零したせいかな………
まだのんきな事を考えながら、増えていく文字を追う。ふと思い立ち、今までに(仮)認定されている解読表でアルファベットに置き換えた。

ざわりとした。
意味を成す文字が、其処へ連なっていた。





オ前ハ誰ダ?
何用デ此処ヘ来タ?騒ガシイ、奴ラメ…


震える手で打ち返す。口元が自然に歪む。
ツナは臆病だが、画面に向き直ってキーを叩いている時だけは別だ。
こいつは愉快だ。


ただの通りすがりの観光客だよ。
お前こそ誰なんだ?勝手に俺のマシンに入り込みやがってこんちくsh


オ前ノ言ッテイルコトガワカラヌ
言葉ガ酷ク複雑ダ


割り込むなよ礼儀知らず!


画面はHAHAHAHAHAHAHAHA………の文字で埋め尽くされた。相手は笑ってた。
こういう、途切れ途切れだが爆発的な増殖に覚えがある。音声入力システムである。未だ確率されないエラーの多いクソソフトだが、素のプログラムが裏に出回った。新しもの好きの仲間が弄り、下品な用語を次々マイクに向かって吐き付ける度インテリなシステムは次々と、どうしようもない誤訳を並べていった。
あれは笑えた―――いや、そんな場合じゃなくて。

ツナは震える手でキーを打った。
多分、恐らく、相手は此方のようなキー打ち込み方ではなく、何らかの方法で言葉をそのまま伝えるシステムを持っている。流動的な表示はしようったって出来ないからだ。


お前は誰だ?


画面はしばらく沈黙の後、一つの言葉を吐き出した。


知リタイカ


返事の前に、ツナの身体はがくんと下がった。見ると、足下の水がぬらぬらと、粘度を持って足に絡みついている。
ひっ、と息を飲む音だけが辺りに響く。
ツナは必死で弱々しい叫びをその細い喉から送り出したが、既に遅かった。水中に没した手足が水をがむしゃらに掻いても、掻いても、身体は沈んでいく。
永劫に―――





ピション、と水音を最後に、水面は静かになった。
岸まで穏やかにうち寄せる波紋がやがて消え、沼は元通りの静けさをたたえて其処にあった。


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