ネクロポリス

 

陽が落ちて、夜になった。寝ても良いぞと笑う厳つい顔に推され、横たえた身が疼き出す。
嫌だ。
一体あの男は何をしたのだろう―――ツナは不安に身を震わせ、寝ようと努めた。が、その端からぞくぞくと背筋を這い上がる性感に泣きたくなる。どうして。
歩き通しで疲れている筈の足が、別のしびれを持って体にくっついている。
「う………」
このままでは人目のあるところで変な声を出してしまいそうだった。
そっと立ち上がり、ちょっとと断って森へ駆け込んだ。草藪の中に身を隠し、得体の知れない森の地面で木に横身を預け、息を吐く。熱い。
とっとと済ませたい一心でがむしゃらに擦り上げた。頭の中は真っ白で、女のカラダも何もかも真っ白で。一体何をしているのだろうとぼんやりした思考が騒ぎ出す。

畜生。畜生。

最後には無理矢理絞り出した。手を濡らす精を忌々しい思いで睨み付ける。
どうしてこんな目に、俺が遭わなくちゃいけないんだ!
鼻をすすると、一層情けない気分になった。我慢できない身体もそうなら、後ろ向きな自分にも嫌になる。嫌だ嫌だ駄目だ駄目。

弱った心の隙かもしれない。
ツナはふと鼻をつく甘い香に気付いた。恐る恐る手のひらを返してみると、知っているものよりもっと、ずっとねっとりと粘度を増した精液は流れに沿っててらりと光った。思わず、手をかざして確かめる。匂い。
常ならそんなことはしない。絶対に。
けれどその匂いを嗅ぐと、もう禁じる心も何もかも吹っ飛んでしまった。ジャンキーの目の前に薬をぶら下げたような夢中ぶりで、舌をのばす。

「変態か、お前」

舌がそれに触れる寸前で冷たい声が振ってきた。
ピタリと動きを止めたツナの手首を握り、ぐいと捻ってコロネロは細い身体を組み伏せた。
「なっ………あ、あ………」
ちがう、と言う口に限りなく近づいて言う。
「何が違う」
「元々、お前のっ…」
「人のせいにするのか?ラクだなコラ」
「うるさいっ」
空気が冷える。
「随分甘ったるく生きてきたみてえだが、この辺で路線変更と行くか?」
「ぁ、に―――」
「見てみろ」
ツナはぐいと顎を掴まれ、正面を向かされた。

闇の中。
正面に、何かがいた。
眼鏡を無くしてしまったのではっきりとは。けれど、確かに。

「や、だ」
「見ろよ」

笑いを含んだ声にぶるりと震え、逆らえず目を開く。
森の奥に蹲り、じっと此方を見据えている。思わず叫び声を上げそうになり、慌てて咬んだ。………怖い!
けれど目をそらせない。凍り付いたように見つめ続けるツナに、それは口をつり上げて笑った。

「あれ」
「ああ」

仮面だ。
碧と金で飾られた面。目の部分は虚ろな闇。背後にザワザワと膨らんだり、縮まったりする無数の手。全部黒。
真っ黒だ。

恐怖に竦んでいる身体に手が、指が這った。ぎょっとして上向くと、悪い笑みを浮かべたコロネロが例の仮面を見据えたまま首筋に唇を寄せ、キスを繰り返す。
あからさまな性的アプローチに怒るよりも恐怖よりも脱力し、ツナは抵抗を諦めた。
こうなったら、徹底的に見せつけてやる。変にスイッチが入った状態で、やや上にある顎を舐め、軽く咬んだ。ザラリとした。
「…お」
面白がって噛み付くようなキスをする、その舌や咥内をぎこちなく舐める。視線は正面に据えたまま、身を捻って肩に手を回し、引き寄せてクンと鼻を利かす。埃や土、密林の湿った匂い、男の体臭や汗。

多分、いや絶対。
こんなのはごめんだ。男に触るのもキスするのも舐めるのも………

そんな思考とは裏腹に、身体は良く馴染んだ。嫌だと思う端から溶けていく。触れ合っている肌も、違和感なく感覚を受け入れる。少々過ぎる。程に。
指を入れられ、掻き混ぜられても痛みすら感じなかった。
持ち上げられ、突き刺されても嫌悪より先に快感が立った。頭の天辺から爪先まで幸福感が満ちていき、無意識に笑ってしまう。
「は…や、く」
出したいという欲求だけが頭を埋め尽くして怖さも薄れた。仮面は相変わらず其処にあるが、今はもう馬鹿馬鹿しい虚仮威しに見えてきた。穿たれた中がジンジンと痺れ、先端から吹き出す精の甘い香も強くなる。
ああ、これか。
ツナは注意深く口元を覆った。後ろで息を荒くして自分を犯す男が、恩着せがましく助けてやったと言うから。正直腹が立っていた。けれどこれか。
これなら。
礼を言ってもいいかもしれない。
「ふあ、う」
吐き出す。貫かれ、突かれる。弄られて鳴く。
みっともないと思う間もなくまた絶頂に追い立てられる。

凶暴なやつ。がっつくなよ。
もう降参してるんだから。

音のない空言葉で囁く。逞しい腕が思いもかけぬ繊細さで扱い、快感を引き出していく。
しかし責めの手は容赦が無く、息つく間が無い。余裕がない。キツいって正直。再度愚痴ると、揺さぶりは酷くなった。
「…ばかやろ」
テメエの為だ、集中しろよと低い声がしてツナは笑い出した。


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