ネクロポリス

 

夜を徹して行われていた調査の灯が、朝を越えてもつきっぱなしになっている事に気付いたのは不首尾としか言いようがない。
保存の目的で貼られていたビニールの幕越しに見えた、ぽっかり開いた空洞は、何処へ続くともなく真っ暗な闇の中滴り落ちる水の音を響かせていた。
「残りは」
首は横に振られた。
神妙な顔が幾つも並んでいるが、ミスはミス。部下のミスは指揮官のミスだ。
そしてそのミスを取り戻すだけの算段があった。そうかとだけ、あっさりした返答に部下は目を剥いたが、彼等は更に驚くこととなる。
装備をひっくり返し始めたコロネロは、次々と武器や弾薬をまわし、完全な戦闘態勢を整えさせた。
唯一それを断ったのはツナだった。
「こんな重いもの持って走れないんだけど………」
持たされた途端その場にへたりこんだ姿を見て、皆はさもあろうと納得した。コロネロはあきれかえったとばかり嘆息し、乱暴に小銃を取り上げた。
「貸すだけだからな」
手慣れた手つきで弾を確認し、マガジン込みで手渡したオートマチックをツナはきょろりと見直した。なんだこれ。いや、知ってるけど。
「撃ち方は?」
「い………いぃ、いっかいだけ」
友人に引きずられて撃ちに行った。ガンコンと全然違って重くて撃った時の反動がすごくて。後で肩が痛くなった。
引きつった顔で返そうとすると、ぎろりと睨まれた。
抱える。無言でカクカクと頷く。
「……ぁりがとうございます…」

速い。
前を行く背を見ながら、ツナは息を飲み込んで飲み込んで走り続けた。
絡まり合う草木の間を身を低めて抜け、まったくスピードが揺らがない。これがプロかと舌を巻く。
ゲームや映画の中だけでなくこうして、生で戦う人間を見たのは初めてだ。頼りなくおぼつかない自分の足を見れば、彼等が子供扱いするのも分かる。
まあしょうがない。得意分野が違うのだ―――

そういえば。
(俺のマシン………)
胸にごりごりと当たる感触が思い出させる。もう何日もアレに触れてないと思うと飢餓感が急速に増してくる。数週間、一ヶ月程もネットには………クソ。
自他共にみとめるネット中毒が代わりにもならないものを抱いて唸っていると、いつの間にか行軍は止まっていた。思いっきり前に追突してぶほぅ、と間抜けな声を出してしまう。
「はぁ、はぁ」
肩を上下させていると、素早い指示が頭の上を飛んでいく。最後にグイと首根っこを掴まれ引っ張られて焦った。
「うわあっ」
「静かにしろ!」
口を塞がれた。
べたりと地面に伏せる。その視界、僅かに掠めた人工的なメタルブラックに喉が上下した。





伏せた体勢が無駄であることを知り、コロネロは起きあがってライフルを構えた。
目当ての沼まで一直線に駆けてきた。時間にして大したことはない、けれど既に相手は察していたと言うことか。

ぞろりと並んだ精気のない顔。目を開いているのか、むしろ、その中は空洞ではないのか。服装と面立ちから言ってこれは―――先に此処へ辿り着いた調査団だろう。
ぽたぽたと沼の水を滴らせながら十数人もの人間が佇む光景は、如何に歴戦の兵といえど背筋が寒くなるに十分だった。
しゅうしゅうと掠れた音がする。彼等の呼吸音だ。
聞き覚えがある。そう、あいつの―――
「隊長ォ!こりゃなんですかァ!!」
「敵だ」
ぼこりと腹がへこんだ。どろどろしたものがドッと流れ出る。
その足と水面に広がっていくそれは風に煽られ、たまらない悪臭を漂わせた。
「腐ってやがる………」

ヨタヨタと足を進めてくるそれに弾丸をくらわせたのは反射だった。精気のない、半分腐り落ちてどろりと濁った目が確実な殺意を持って寄せてくる。
既に死んでいるなら定石通りの急所を狙っても無駄だ。足元を狙って一斉に掃射をすれば、それらはばたばたと倒れて行く。

がばぁ、とその口が裂けた。
濁った茶黒い液体が溢れ出し、次いで塊が地面に転げ落ちた。ぴくり、ぴくりと震えているのを狙って一発。二発。
「隊長これは―――」
疑問を口にしてはいても、皆きっちりと仕事をしていく。次々吐き出されるその気色悪いものをねらい打ち、息の根を止めていく。

弱い。おかしい。
気配を感じて振り向いたのと、襲いかかられたのは同時だった。
前日まで機械を操り、必死でモノを書き付けていた学者達の手が棍棒や石を掴んで殴りつけようとする、その異様さに傭兵達は一瞬固まったが直ぐに反撃へ移った。
「殺すんじゃねえぞ!」
地面へ叩き付けられた体勢から垂直に飛び、向かってくる一人の頭を蹴り飛ばしながら指示を飛ばす。銃器はその重さ、固さでのたのたと一定調の攻撃を止めて返す。
が、蹴られようが殴られようが一向に沈まない。
「化け物、がっ!」
殺してしまえば金にならないと分かっているから、どうしても受け身がちになる。それでも無理矢理動かなくしてしまえば終いだとばかり、コロネロが縄をかけた。
直ぐに手持ちが薄くなってしまう。やがて学者達は自分達の締めているベルトで手足を拘束され、転がされた。

ぐねぐねと身を捩る異様な光景に、皆顔を顰めている。
それらをざっと見渡し、コロネロは気付いた。
「あいつ………」


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