ネクロポリス

 

草むらに転がっているそれを見つけた時、ツナは躍り上がって喜びたかった。しかし、腰を押さえつけている強靱な腕がそれを許さず、後少しの所で手が届かない歯がゆさに苛々しながら待つ。
やっと解放されたと同時、ごそごそとその場を這い出して掴む。愛用のマシンはちゃんとマトモに機動するだろうか。こんなところに放置されて、大丈夫なのだろうか。

どきどきしながらひっくり返したツナはあまりの事態に叫び出したくなってしまった。
気に入って買ったメタルブラックの、テカテカした最高に格好いい壁面が見事どろどろした泥に埋没している。
美顔パックじゃないんだぞ。女の顔じゃないんだ。エステでもない!
泣きたくなる。一体お前に幾らつぎ込んだと思ってる!夜町の女を口説くようにかき抱き、ぶつぶつと呟く。生活が苦しいときも、食べるものを我慢しても、辛抱強くパーツを集め具合良く改造していった。命の次に大事なもの………
絶望と共に指を滑らせる。カチリと音がして、開いた。ヴゥン……と機動音がした時は奇跡かと思った。

そして立ち上がった画面を見て凍り付いた。






「テメ、何処に行ってやがんだコラ!!」
ガツンと星が出るほど痛い拳骨を落とされて覚醒する。
鬼のような形相で見下ろしていたコロネロは、はあ、はあ、荒い息と青い顔でパソコンの画面を見つめるツナに気付いて怪訝な顔をした。
「ンだよ」
「こ………これ」
「あ?」
「俺の、命の次に、大事なマシン、なんだけど」
「ほー…」
「バッテリーも無いのに動いてるんだ」
「………中に?」
「入れてないよ!」
限界ギリギリまで積んだせいで、どうしても外付けにならざるを得なかったのだ。
どうせ弄りまくったせいで電力の消費量は、内蔵バッテリーなどではどうにもならない。
「こりゃ何だ?」
画面を覗き込んでコロネロが問うと、ツナは殆ど上の空で答えた。
「解析ソフト。打ち込んで、アルファベット………でも、こんなはっきりした文章にはならない筈なんだ、けど」
「つまり?」
「化け物とチャットしてンの」
ハハ、と乾いた笑い。

キーボードを叩いている間は、恐怖はなりを潜めてくれる。
ツナは指を走らせながらちらりと上に視線をやった。文句ありげな顔で佇んでいる隊長様は、何か結論に至っているらしい。
かなり強気な挑発的な言葉を打ち込む。どうせ、責任を取るのは目の前で仁王の如く立ちはだかるこの男だ。俺のせいじゃない………っと。

青白く点滅する画面に、流動的な言葉が生まれる。
前と同じだ………
それが感覚を掴むように言葉を羅列するのを目で追って、返事をしていく。さっぱり訳が分からなかったけれども、横で吐き出される言葉を自分は機械のようにうっていくだけ。
しかしそれも、最後の一言を打ち終わると止まった。


"お前の手の内は読めてる"


何のつもりだと見上げた先に、自信たっぷり腕組みをする男がいる。
「大丈夫なのかよ………っていうか、なんなの」
「これ見ろ」
コロネロは足先で学者の一人を転がした。げぷりと奇妙な音を立て、口から金色の汁が垂れてくる。
「こっちも」
今度は草むらの死体を引きずってきた。ぐっしょりと水に濡れ、灰色をした皮膚が崩壊して溜まらない匂いをさせていたが。
その口元から半分はみ出しているものには、ツナは見覚えがあった。
「これ、まさか」
「お前にも一つ、ココに。あったろうが」
トンと胸を押されて思わずブルリと震えた。
「シュガー・ツリーの根本を掘ると、木の根に混じってコイツがいる。シュガー・バグ、一種の寄生虫だな」
「虫ぃっ?!」
げええ、ぺっぺと吐き出すマネをするツナを、皆怪訝に見たが好奇心が先に立ったらしい。直ぐにコロネロへ視線が戻った。
「コイツはシュガー・ツリーの樹液を吸って成長する。一生を、土の中で過ごす。かなり深く掘らないと根は出てこない、だから余り知られてない………というか、知られないようになっている。現地の奴も話したがらないだろう」
言いながら、まだ生きて意識朦朧としている学者の背に足を乗せた。
ぐっと体重をかけると口からビチビチと跳ねて出てきた―――体調30センチほどの巨大な虫が。
「軍の研究施設で見たことがある。ゲテモノ扱いだが、研究は進んでるみたいだな」
「軍?」
「コイツはシュガー・ツリーの樹液を体内で消化、それによく似た物質を作るのさ。シュガー・シュガーとも言われるこの虫の体液は接種すると酩酊感、意識を不鮮明にし、操りやすい状態を作る。麻薬の一種だ。軍じゃ自白剤に使おうとしていた」
ぷんと甘い匂いが香った。
シュガー・ツリーの匂いに良く似ていて、というか殆ど同じで区別がつかない。
「昔はこの地域の呪術師が秘薬として使っていたらしい。人を仮死状態にして操ったり、匂いが強いせいで集団催眠をかけるのに都合のいいからな。通常は、人に寄生などしない。故意に入れない限りは。でかすぎるだろ」
「うっ」
ツナは口元を抑えた。
自分の口からアレが出た時のことを思い出したのだ。どろどろとした蜜を滴らせながらのたうちまわる黄色い塊が虫なんて。
それを自分が、入れてたなんて。
「恐らくそれを入れた人間は常に麻薬漬けの状態になる。操るのも簡単だし、逃げる心配もない。虫が1ダースなら奴隷が1ダース出来る、そんな勘定だ」


―――それだけではないぞ。


掠れた、囁き声のような音がした。
フリーズしたマシンを小突いていた一人が首を振って蓋を閉めた時だった。(電源が完全にオチたのだ)
「あそこ!」
ツナが指さした先に、あの夜と同じ仮面が蹲っていた。昼間だというのに既に薄暗くなり、強い風が吹いている中草むらに潜むように。


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