Happy Life?
疲れ果てて帰宅と同時に風呂を入れる。あー俺やっぱ日本人だわーと思うのはこの瞬間で、シャワーで済ますという事がとても味気なく感じるのだ。湯をドバドバ出してぐるりと見渡すと、まだ梱包が解かれてない箱が二つ三つ目に入った。
ツナはそれを努めて無視し、鞄を放り出してううんとノビをする。一日中座っている生活は今までと同じ、けれど会社に勤めるとなるとまた話は違ってくる。机の上に足を上げて仕事は出来ないし。
ねぐらにしていた街へ帰ってみると、ツナの周囲は随分と騒がしかった。丁度彼が到着した直後辺りから爆発的なワーム感染があり、世界を未曾有の危機に陥れ………る所だった。
勿論専門家が大急ぎで文字通り叩き出した駆除ソフトにより全機能停止とまではいかなかったものの、その影響は甚大だった。過去何十年ものデータを黒くまたは白く塗りつぶしデータをバグだらけにしたそのワームのおかげで、ツナの知人―――技量と拗くれ曲がった心根を持て余していた暇人どもが一挙まとめて就職していた。
感染でパニックを起こした企業が技能者を破格の条件で雇い上げ、データ修復と対応に追われたのである。
ツナもその一人から職を紹介され、割とすんなり新生活は始まった。会社のあるシカゴに引っ越したのである。
オシャカになったマシンは後始末の軍に取り上げられてしまった為(一応研究対象になるそうで)、とりあえず会社から支給されている、平々凡々をイッコだけ持たされて、しかもこれがノートだからどうにもならない。ツナは最初の給料が来次第タフでクールでアクション映画の主人公みたいな新しいマシンを新調してやると訳の分からない決意を固め、ひたすら新しい仕事に打ち込んだ。
これがこれがつまんない仕事で。
大量に印刷された黄ばんだ紙面を見、本気で本気手動で入力していくのだ。ワームにやられたデータは壊滅寸前、拾い上げたのは基本システムだけというお粗末さ。最悪だ。
まあ、そのおかげでツナの生活は保障されたのだが。
買ったばかりのスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めて息をつく。2週間。
人見知りをする彼はなんとか職場に慣れてきたかなぁ、という程度だ。最も打ち込みだけは驚異的に早いので(そりゃ専門だから)、使えるという評価を貰っているだけでもありがたい。たまに昼食に誘われたり、休日の予定を聞かれたり。
全てが少しずつ変わっていく。
ミネラルウォーターのボトルを箱から出して、生ぬるい水を口に入れる。なんでもかんでも冷蔵庫に入れておく癖をツナは日本から持ってこなかったのである。
悔やみながらとりあえず喉の渇きを癒す。味は無いが、生ぬるいそれが喉を通る度嫌な気持ちになった。
普段はそんなことないのに。ぬるいコーラなんてむしろ好きだ………
口を離したところで、原因に思い当たった。南米のあの酷い騒動を思い出したのだ。現地で飲んだり食べたりしたもので、冷えているのは一つもなかった。
あれはとにかく酷かった。
人生で、出来るなら思い出したくない事ランキングぶっちぎり1位。忌まわしい。ああおぞましい。
ぶんぶんと頭を振って風呂のお湯を止めに行く。途中、電話が鳴った。ポンと手に取って耳に当て、水道のコックを捻りながらHello?会社勤めで大分こなれた応対をしたところで
『俺だ』
………。
ツナは一瞬固まり、次に支え手にしていた左手を湯船の中に突っ込んでしまった。
あっぢ―――!!
しかし声が出ず、あう、とかおう、とかアシカかオットセイみたいな返事しかできない。が、電話の声はツナのもたもたした応対になんぞこれっぱかしも気にかけない。
『今から発つ。あけておけ』
「なん」
ブツッ。
これ以上ないくらいに唐突に切れた通話。ツナの背中を冷や汗が伝った。
あんな風な物言いをする友人など心当たりはない。父親は世界中至る所から「チュナァ〜〜〜元気でやってるかぁー?父さんなあ」ととろけそうな声で30の息子に電話をかけてくるのであんなクール、ノー、コールド!聞いただけでこっちが凍りそうな声は出さない。
いや。
いやいやいや。
ツナは一つ心当たりがあったのだが、その可能性だけはなんとしても避けたかった。
「………気のせい、かな…?」
随分ぶっきらぼうな間違い電話だったなあ!ハハハ!
動揺しきったツナはふらふらと部屋へ戻り、ガタガタと物音を立てて電話を元の位置に置くと無意識に財布と重要書類の入ったケースを抱えていた。
多分、本心では逃亡したかったのだろう。
しかし勤め人の社会人にそんなことは許されない。
結局ツナは風呂に入ってマズい冷凍食品のメシを食って、好きだった炭酸飲料の代わりに水をがぶ飲みしてありえないことにパソコンの電源も入れないままベッドへ潜り込んだ。
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