Happy Life?
口にすることに、躊躇いは殆ど無かった。
舌の上で味を確かめる。意外なことに殆ど感じられない、ただ少々鼻に抜ける生臭さはある。とろりと粘り気のある液体が喉にはりつく―――その辺りが不快と言えば不快だ。
こうなれば男は弱い。刃物をつきつけたようなもので、ぴたりと抵抗が止む。藻掻いて蹴って、乱暴な動きをしていた足が顔を挟み込むようにして擦り合わさる。
頬に触れた柔らかい感触が気持ちいい。男の癖に、つるりとした肌。しっとり吸い付くような女のそれとは、また少し違うそっけなさがいい。
思い出す。腹に入れたときとは別の快感を、与えてやると思えば嫌悪は湧かなかった。それどころかもっと、強く、激しくしてやるにはどうしたらいいか思案しながら舌を動かす。
返ってくるのは高くて掠れた声。殆ど吐息。
生ぬるい精液が喉を打った。
恥ずかしがって堪える、その仕草が意識の枷を外す。喉に巻き付けたネクタイが捩れてくしゃくしゃだ。職業柄、首にものを巻くものは余り好かない。故に滅多に正装などしない。
けど、今はいい。他でもないこいつを犯している気がする。
カフェで会って今まで、見慣れないスーツ姿は気に入らなかった。首筋に顔を埋めても殆ど体臭がしないし、体つきも華奢で実感がない。だから。
貫けば跳ね、引けば喉を鳴らす身体を押さえつけ、シャツをめくり上げる。平べったい胸板が覗いた。
唇を寄せて舐め上げると、眉を寄せて快感に耐える顔が前を向いた。
「アタマッ………おかしいんじゃ、ないの…!」
お前も。
ニイ、と笑って見せる。身体を前倒して腰を埋める。ぐっと反った喉に手を置いて、指先で擽る。
それは猫みたいに鳴いた。
「しぬ………」
ぐったりと伏したままそう呟いた口の動きが、そのままやわやわと指をはむ。
「明日も仕事なのに」
恨みがましい目線が近い。その瞳の光彩がはっきりと、表情がころころ変わるのを、不思議に思う。
何度も抱いた。いずれも、男の意識は闇の中に沈んで浮かんではこなかった。
最後のそれを除けば。
「生きてるか?」
「死んでるよ…」
「違う」
そうじゃない。
その瞼がゆっくり下りた。手を被せて視界を塞ぐと、ぴくぴくと眼球が震えている。
「目ェ疲れてんだよ………ずっとモニター見てるし。あと、字。………眼鏡割れてないだろうな?」
「ああ。そこに落ちてる」
「ふっ…ざけんな………」
次々と悪態だけは湧いて出てくるのだ。のたのたと腕を伸ばして取ろうと藻掻くのを、制して拾いに行った。
相当度が強いらしい、上に、左右でレンズの厚みが違う。畳んでベッド脇に置くと、ぐうと唸るような音が聞こえた。
「…りがと」
引っこ抜いたスーツの上下が床に落ちたまま。ネクタイは解いてベッド端から垂れているし、シャツは腕の根本にわだかまってぐしゃぐしゃだ。
端から見れば。
振り回され、酷い目に遭わされていると言えるかも知れない。けれど、違う。
………図太い。
のんきな横顔を見てコロネロは思う。アタマおかしいのはこいつの方じゃねえのか。
「あー………メール来てる」
疲れた疲れたと言う癖に、パソコンの電源を入れて仕事に戻ってしまった。
コロネロは立ち上がり、台所まで行って勝手に冷蔵庫を開けた。ミネラルウォーターのボトルがずらりと並んでいるのみで、酒は無い。
煙草はやらない。匂いがつくと困るから。
キャップを捻り、首を上向けて冷たい水を流し込む。もう一本取って部屋に戻れば、何やら難しい顔をして唸っていた。
「おい」
「あ、どーも」
シワになったシャツを羽織っただけの格好で、ツナはあぐらをかいて座っている。膝上にパソコンを置き、しきりに眼鏡を押し上げてああでもないこうでもない、ぶつぶつと呟いて。
水を含んだ口元から一筋、雫が零れて胸へ伝った。
無意識に唇を舐めて、湿らす。
その顔がひょいと此方を向いた。
「………なに?寂しいの?」
ポンポンと隣を叩いて手招く、そのあくまでも"普通"の表情にコロネロは面食らう。
「んだと?」
「なんかボーっとつったってんだもん。座れよ落ち着かない」
引っ張られてすとんと腰を下ろすと、ベッドが揺れて弾んだ。首に腕が回ってぎょっとするが、ツナの目線は相変わらず画面に釘付けだった。
「………なんのつもりだコラ」
「なにって」
ガキ扱いしてンの。
片手でコロネロの首を抱え、片手でキーを叩くツナはニンマリと笑う。
ささやかな意趣返しのつもりらしかった。
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