※男でも嫁と呼んでぜんぜん差し支えない素っ頓狂な世界になっている上複数プレイです
禍ツ神
村中総出の出迎えも、仰々しい婚礼の儀も前もって聞いていたにも関わらずとても驚いた。しかし山中に孤立し、閉鎖的な雰囲気漂う村で、これが昔からのしきたり―――手順だと言われれば、そうですかと従う他はない。
綱吉は儀式の白装束を、村の女性から手伝って貰いながら脱いだ。肩の凝る和装はもう十分という程堪能したし、服装は普段のものに戻す。勿体ないよ、一生に一度じゃないのと言われて苦笑する。同級生の中には二度の結婚と離婚を繰り返し、まだ運命の相手を捜し求める者も居るというのに―――ここではまるで時が止まっているようだ。
初めて見たときはまるで死に装束みたいだと思った着物を吊るし、眺める。まったくその通りなのだという。いずれ死に逝く人の身で、子を産み命を紡ぐ為につがう夫婦は古い独りの身体を脱ぎ捨て新しい対の身体を頂く。この村で正当な手順を踏んであげた婚礼は別れを見ない。ぴたりと合わさり、決して離れることはない………そう言い伝えられているという。
実際ね、先代も先々代もそのまた前もそうだったのよ。奥さんや旦那さんが死んで幾月もしないうちに静かに亡くなられるの―――離れがたいのでしょうね―――
「まあ、私ったら」
婚礼の目出度い日に縁起でもないわねえと、微笑う顔に笑み皺が広がる。
暖かな雰囲気の人だ。親を早くに無くした綱吉はまごつき、いえ、とだけ返事をして目線を庭に逸らす。
今は障子を閉めているから見えないが、それは見事な庭だった。庭師に刈って貰わねば維持できぬ規模と丁寧な造形。大きな木が何本も天を突き、隅には小さなほこらまでもある。
村おさの責を幾世代も務めてきたこの家にのみ、建てることを許された神の社―――
式を終え、最後の一人が帰った。手伝いの村の女性達(その内二人は家も近い常駐のお手伝いさんである)も丁寧に座を辞して急に広い家ががらんどうになる。
昔から村を仕切ってきただけあって、柿本家の敷地は呆れるほどに広かった。田舎だというのを差し引いても。一時期は村の半分の土地を所有していたというから呆れる―――今でも、山林の多くは柿本の所有であるし、貸家、貸土地の収入額も相当になるらしい。
「お茶でも入れるか」
穏やかに微笑む(最も、他人には無表情にうつるらしいのだが…)夫に頷いて、台所へ行きかけたところを止められた。
「俺が」そう言ってちょっとだけ手を掴む、その仕草にほっとする。ありがたく座らせて貰い、行儀悪く座卓の上に頬をつけた。
なんといっても付き合いが長い。高校から数えて6年………超難関校の生徒であった千種と、二流高出身の綱吉が知り合ったのは学生の、期間限定バイトだった。
綱吉は小遣いの為に、千種は社会勉強と称した単なる気紛れで飛び込んだ。偶然組まされた二人が、千種が、とろい綱吉の面倒を見るようになったそこからは必然と言うべきで―――それぞれの進学を決めてから、交際はゆるやかに始まった。
極々平凡な二人だった。そこまでは。
大学を卒業し、千種が故郷に戻る事を切っ掛けに求婚を受け入れた綱吉は、彼の家が予想以上の名家であることに戸惑ったが、今更それで引き返す訳にも行かず式は今日無事に終わった。籍も先日入れた。
晴れて夫婦になった綱吉に、千種は家を案内した。翌日が式の為、準備で慌ただしい家の中を一つ一つ………子供の時に使っていた二階の部屋、柱の傷、壁にかけられた代々の写真………家の記憶が薄い綱吉にとって、その古い光景と脈々連なる血、というものは異質で珍しく、同時に少しばかりの恐怖さえ覚えたが、優しい夫の側に居れば何の心配も要らないのだった。
奥座敷の事を尋ねたときだけ、夫は少しだけ眉を顰めた。普段表情の変わらない人だから綱吉は随分と驚いたものだ。
「だって、前言ってた。『両親はいないけど、親戚が一人同居してる』って」
「親戚というのは、正確じゃない…」
珍しく煮え切らない態度。
夫の迷いを察し、綱吉は黙って茶を口に含んだ。
「普段は、お手伝いさんに世話してもらってる。祖父………だ。とても気むずかしい人だから、紹介は婚礼より5日過ぎてから行うつもりだった」
「そ、そんなに怖い人なの」
「仕切り越しに、だ。決して直に顔を会わさないでくれ」
不敬なんだ、と言ったその口調がやけに真剣で、綱吉は従順に頷いた。どちらにしろ、人見知りをする自分は一人でその老人に会う勇気はない。
* * *
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
村議会議員である千種は、仕事以外も時折こうして会合に出かけて行く。彼が未だ合併もされず、ひっそりと息を潜めるようにして山間に在る村のトップであることは、いかに鈍い綱吉も察していた。まだ若い彼が村で一番の発言権を持っている事からも伺える。
村長は別にいるし、村で唯一の医者もそれ故の権限を持っていながら、柿本家の名は絶対だった。
それがあの祠に奉られた神、そしてその神の御世話を引き受ける柿本家の特権である事は、夕食後、休む時間まで、顔を合わせる僅かな一時に夫がぽつぽつと話してくれた。綱吉もまた柿本家に入った以上、その務めは果たさねばならないのかと身構えると、そう固くなることはないと笑われた。
「そうだな………年に2回、祭りの日。後は日々の掃除くらいで、それも…その」
「なに?」
「つまり………男神だから、既婚者は無理だ。するとすれば潔斎が要るし、面倒だろう。だからお手伝いさんに来て貰っている」
ではあの二人は未婚の女性だったのだ―――
綱吉が神妙な表情で頷くと、千種は安心させるように腕に触れた。
夫を送り出した、日曜の昼である。
通ってくる手伝いは休みで(家の仕事をしたり、綱吉に村のことを教えてくれたりする。最近では彼女たちに料理などを習っている)、綱吉は一人だった。家に戻ると急に陽が翳り、窓から望む庭も暗くなった。
寒さがまだ残る季節である。急いで戸を閉めると見計らったように雨が降ってきて、見る間に激しく屋根を叩き始めた。
ザアア………
耳に痛いほどの雨音に、怯えるようにして綱吉は部屋へ戻った。
臆病なことだと分かっているが、彼は雷が怖かった。雷鳴を聞くと体が震える。思わせる激しい雨も苦手で、幼い頃よりどうしようもない性質だった。
音から遠ざかるように奥へ駆け込んだ。
ふすまを背に感じてはっと足を止める。この奥は未だ入ってはならないと言われている、奥の間だ。病気で気むずかし屋の千種の祖父が。
慌てて身を離し、そろそろと戻ろうとする。其処へ声がかかった。
「入りなさい」
予想よりずっと若い声に、混乱する。
老人とはとても思えない。どころか、少年のようにも聞こえる。
「どうした、入れ」
ガクン、と身体の力が抜けて綱吉はその場に這い蹲った。声はエコーがかって聞こえ、酷いプレッシャーにじわりと汗が沸く。口元を抑え、悲鳴を押し殺す。中に居るのは。中の「もの」は―――気配が、異常だ。
昔からそういうものに縁があった。他では何も役立たないけれど、そこだけは聡いのだ。
この中に居る誰かが誰かは知らないが、紛れもなく普通のひとでは有り得ない。
証拠に。
自分の手が意志とは無関係にふらりと彷徨い、閉じられたふすまを開ける光景を綱吉はぼうと見つめていた。怖い、逃げたい、そんな気分すら今は失せてただ声が耳に残る。頭にわんわんと響き、それだけでいっぱいになる。痛い。割れるように頭が痛む―――
「おいで」
霞がかったような視界―――否。
部屋の中だというのに、眩しい。目を眇めて耐えるが、耐えきらない。見えない。
何かに躓いてその場へ無様に転ぶ。身体は無意識に這いずって部屋へ入り、後ろでカタンと音をたてふすまが閉まる。
「あぁ」
いつの間にか布団の側まで来ていた。病気というのは本当なのだろうかとらちもない思考が浮かび、消えた。白い着物。婚礼の日に千種が着たあの服装と似た、しかし、
「おまえはいい。とてもいい」
細い指が顎に絡んだ。腕も細い。間近に見える白い肌。くっきりと光彩の浮かんだ青と赤。
柔い唇がそっとはみ、舌がぬるりと滑り込み、喉奥で弾ける笑いを口伝いに流し込む。
2006.4.7 up
next
文章top
|