禍ツ神
頭を上げられない。のしかかるようなプレッシャーが呼吸を加速して、その癖心臓はのろのろと、どく、どく、脈打って、手も足もゆっくりにしか動かない。
「解け」
耳に心地よい声が響く。命令の意味を理解する前に身体が動く。
後ろにまわした手が紐を解いて、薄いパステルカラーの布地がぱさりと落ちる。夫を送り出す寸前まで食事の支度をしていたからだ。
ズボンのホックを外すと、そのもたもたした動きに相手が笑ったのが気配で分かった。
「妙な格好をしている」
「神事の………衣装はもう脱いでしまって」
「構わない」
口が勝手に動いた。
誰か別人が、自分の口を通して答えたようで。気色の悪さに背筋が粟立つ。
膝立ちして下着ごとずるりと脱ぐと、足に生暖かい感触が触れた。白い肌の見た目に反し、それは人のような体温を持って接する。
「おいで」
まだ衣服をはだけただけの格好にも構わず、腕の下に手を入れて子供のように持ち運ぶ。背にした布団の感触。微かに鼻を掠める野の花の香―――
「これは美味そうだ」
ニイ、と吊り上がる口元がやけに艶やかだ。
魅入られたように。抵抗を忘れ、めくられた腹に舌の感触がしても身動き一つせず、ただ眩しいから目を閉じる。だけでなく、受け入れやすいよう足を開きさえした。おかしい。こんな事を自分がする筈がない―――と思っても、身体が…
「あ、あ……勝手、に…」
「ほう」
顔を上げた相手の顔が、今度こそはっきり見えた。
老人などととんでもない。まだ十四、五の少年である。
老成した口調と、瑞々しい容姿とが微妙なバランスで釣り合う、とても綺麗な少年。
「まだ言葉が出るか。お前は特別…」
ぬるん、と舌が顎から耳に絡む。
赤く、長い、蛇の舌が。
「な…ぁ……ひぃ―――…ッ」
いいや。違う。これは夢だ。
千種が言っていたのだから、此処に居るのは祖父に違いない。雷に怯えたのも、雨が降ってきたのも夢。怯えているせいか、そういう夢をよく見るからだ。
「違う………ちが、う………夢………」
「ああ。そう―――それならそれでもいいですよ」
不意に声が、実体を伴って聞こえてきた。
「貴方は流行の現実主義、科学信仰者なのかな。そういえば、千種が何か言ってましたね………何せもう長い間外に出ていないものですから。僕は知識を限定されている」
「あっ…」
「長かった。待ちくたびれました。やっとまともな食事が出来ます」
朗らかとさえ言える、爽やかな笑みを浮かべた少年は今までの存在とはまるで違って見えた。驚いて固まっていると、身体が揺れた。
「ひっ」
股間に触れた手がクチュクチュと音をたててそこをいじる。少年は我が物顔で口付けると、足を抱えて早急に猛った己を挿入した。
「ひああああッ」
「………おや?」
動きを止めて振り返る。その項が晒され、白い肌は微かにきらきらと光を反射する。
身を屈め、胸元に顔を寄せて少年は言った。
「千種の匂いがする」
ひくん、と喉が鳴る。
昨夜交わった痕跡を辿られて、身が震えた。何故、口が言う前に少年が笑う。
「まあいい。彼は僕の息子のようなものだから。同じなんです、だから平気。ね?」
安心してと見当外れの宥めにぎゅっと目を瞑り、手を突っぱねる。しかし肉付きの薄い、細く幼い身体は予想外に強固な力を持って其処にあり、ぴくりとも動かなかった。
目を開けると天井のしきりがくっきり見えた。
夫婦の寝室に使っている8畳程の部屋である。雨音は既に無く、ぼやけた頭で全てが一瞬夢だったのかとも思う。
しかし額に乗せられた、濡れた布の感触で完全に目が覚めた。痛い。
身体が痛い。特に、散々に嬲られた後穴がジンジンと疼いて熱を持ち、腫れぼったい感じがしている。
起きあがりかけるのを制した手は、夫のものだった。
「あ、あ………」
パジャマに着替えさせられていた。多分、千種がやったのだ。思わずからだが冷える―――あの奥の間で得体の知れない少年に散々に犯されながら失神してしまったので、後の事など覚えていない。
「大丈夫だ……」
「嫌っ!」
恥ずかしさと申し訳ない気持ちで身を竦める。肩を優しい手つきで撫でていた夫は、淡々と静かな声で言った。
「何も心配要らない。話が後になってしまったが………」
「……一体どうなってるんですか!?」
心配要らないという言葉は、あの少年も何度も口にしていた。
自分以外の男に汚されたというのに、平然としている夫の様子もおかしい。
「あの方に許されるということは、とても名誉な事だ。恥じる必要も、俺に気を遣わなくてもいい」
「意味が………」
分からない。
縋った夫の顔は、今まで見たこともない厳しい顔をしていた。
「ただし。お前は既にこの家に入った………逃げることは許されない。いいな」
* * *
翌日から、手伝いの女性は来なくなった。
綱吉は痛む身体をおして最低限の家事をこなしながら、不安に落ち着かなくなっていた。あれから夫は心配するなとだけ繰り返し、混乱する妻を宥めながら眠りにつき、何事もなかったように仕事へ出かけていった。昼には人を寄越す―――それだけを言い残して。
食事の支度をしながら、ずっと考えていた。
どうしても震える手を押さえて脇に寄せる。祠の世話をする事も「許された」。既婚者でありながら、禊ぎも潔斎もせずに触れる意味が、昨日の出来事に関係しているのは明らかだ。
ではあの少年は―――
「こんちわーッ!ちょっ、おくさーん!いないのー?」
不意に玄関から聞こえた声に振り返る。どかどかと無遠慮に上がり込む音がして、開けようとした戸が向こう側から勢い良くスライドする。
「あ、なんだ。いんじゃん」
ニッと歯をむき出して笑うのは、初めて見る男だった。男と言っても、高校生ぐらいだろうか―――派手に着崩した学生服にあちこちほつれたボロボロの鞄をひっかけている。エナメル面に傷はあまりなく、きっとまだ新しいのだろう。
「き、君は………」
「聞いてんでしょ?あれ、もしかして知らないのー?」
ずいずいと迫ってくる上、尖った歯をちらつかせて笑う獰猛な表情に綱吉は身が竦んでしまった。昔から、こういうタイプは苦手なのだ。苛められていた事もあって………
だから穏やかで大人しいたちの千種に惹かれたのだろうが………
「まーいーや」
ぺろ、と大きな舌が唇の端を舐める。おどおどと視線を上げると、触れるほど狭まった距離でじっと見据えられ、落ち着かなくなった。
「何…?」
「あぶない」
まな板の横に置かれていた包丁を流しに放り込むと、突然しゃがみ込む。戸惑う綱吉のエプロンの下から頭を突っ込んで、鼻先で股間をまさぐった。
「やっ…やめ…」
「あーオレね、城島医院とこの息子、っつことになってるから。あと悲鳴とか出しても無駄だよん。この家玄関開いても泥棒いっぴき入って来ないから」
「なん……」
「奥に、いるっしょ。むくろさまがね、見張ってっから悪さできないの。ほらもっと足開いてやりにくいんだけどー」
むくろ、という言葉に聞き覚えがあった。
(僕の名はね………)
「はは、むくろさまの名前出したら大人しくなったねえ。そんなに怖かった?」
「怖かっ………た」
「ん。最初はそーかもねェ………お、勃ってんじゃん」
引きずり下ろされた下着から勢いよく飛び出した性器に、男は機嫌良くしゃぶり始めた。
「そのうちクセんなるから我慢してなって。すげーってよ、やっぱカミサマは違うよねー」
「神………様?」
「そう」
ちゅぱ、ちゅぱ、子供が飴でもしゃぶるように音を立てて男が顔を動かす度、ずるずると腰が落ちる。
完全に沈む前腕が支え、「よいしょ」と場違いに明るいかけ声と共に抱えられた。丁度股間をすりあわせるような体勢になり、綱吉が嫌がって身を捩ると男はそのまま歩き出した。
「あっ…ああ、…やめ…やめて………」
思いきり手で払うと、爪が一筋頬をひっかいた。
赤い滴りにはっとして、怯えながら見上げた綱吉に男は笑って見せた。
「オレ、カミコなんだよ。だからちょっとやそっとじゃ傷なんてつかねーよ?」
彼の言ったとおりだった。爪が抉った線は見る間に塞がり、元の皮膚の色に戻る。
「嘘………」
「オレ、犬。犬って呼んでいいからさ。だってこれから―――お世話になるんだもん」
2006.4.7 up
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