パートナー

 

「好きです、ご主人様」
「ふーん」
「僕が好きなのはご主人様だけです」
「へー」
「一緒に気持ちよくなれるのもご主人様だけっ」
「シャラーップ!!!」
ばん!と男らしくテーブルを叩いて立ち上がった途端、周囲の視線が一斉に集まる。
しまった………
「す、すいません」
お前が黙れよ!というような視線を幾つも頂いてぺこぺこする買い物帰りのファーストフード。
違う。
俺は声を大にして呼ばわりたい。
全部、こいつのせいなんだ!

一時間前。
主婦にもみくちゃにされながらスーパーを歩くいつもの道順が、何故かこいつを連れて行くだけで人混みはまるでモーゼが杖をかかげた海の如く二つに割れ、通路が出来た。奇跡。しかし買うものは特売の豚肉とか、キャベツとか、そんなもん。
「ご主人様は自炊ですか?」
「そーだよ。お前にまずいメシ作ってやってんだろー」
「はい!」
「そこで元気良く返事するな」
一応謙遜と嫌味のつもりで言ったのに………
見上げると、(癪だが随分背に差がある…)
「あっ、ご主人様あれなんだろう」
むらっけのある押し掛けキメラ男は、棚の上を指さした。
「それ?昆布」
「こんぶ」
「ダシとんの。料理、こう………汁?」
俺って説明うまくねえなあ。
それに、キメラの育成の初期にダシ昆布の知識なんぞ必要ねーだろーな………
「そんなもん買わないから」
「はい」
「そこの食パン取って」
「しょくぱん?」
「パンも知らないのか?」
「パンは分かりますけど、こんなにたくさん種類があると僕…」
「これ」
積んである100円のやつを手にとると、はい、覚えました、と目をぱちくりさせる。
まるで子供相手みたいだ。いや、子供だってもっとマシだろう。
「ご主人様あの」
「買いません!」
自分の目にめずらしいもの(つまり全部)を見ると、必ず俺に訊いてくるのはどうかと。邪魔だし。
「とりあえず必要なものだけ買ってくるから、ここにいてよ」
埒があかないのでレジ近くの雑誌コーナーにおいておく。ここなら鼻を垂らした近所のガキか、パチスロ雑誌を真剣な顔で読み込んでいるおっさんぐらいしかいないので良いだろう。
「わかりました」
「よし」

………その時はよいと思ったんだ。
「あっご主人様!」
耳としっぽがあったらぴょこんと立ち上がっているんじゃないかってぐらい、健気な反応を見てちょっとジンと来たのは本当だ。
俺はあまり大げさに感情表現する方ではないので、冷たいとか無反応とか思われがちなんだけど、実は動物とか子供とか懐いてくるのにはめっぽう弱い自覚がある。
でも………
途端ぞろりと向いた視線の数々に思わず身が竦む。皆、ものの見事に女だらけ女オンリー、夕食の買い物に来たおばさん、会社帰りのお姉さん、学生、小さな女の子に至るまで。
しかもそいつら全員「なんでこいつ???」みたいな引きつった顔で見てるのが、なんとも、いたたまれない。
「変な冗談言うなよ―――ハハハ」
俺は虚ろな笑いを響かせながらとびついてくるキメラ男の首を抱え、買い物袋を握りなおしてすっ飛んで店を出た。

「コラァ!」
「はい?」
「そ、そ、そそそとでご主人様なんて呼ぶなよ!俺変な人だと思われるだろー?!」
「どうしてですか?」
「俺は貧乏な一般人なんだよ!商店街はまわるしスーパーの特売だって行っちゃうんだ!ご主人様なんて呼んだら………」
「呼んだら?」
「そういう趣味の変態かと思われる、し」
どっちにしたって、そうなんだけど。
「とにかく、よくない。そう、よくないんだ」
「でもご主人様」
「シッ!」
「ご主人様!」
「ぐはっ…!」
ぐっと肩を掴まれて、壁に叩き付けられる。
一瞬息が詰まり、背中が猛烈に痛んだ。骨がみしみし言う。
「でもご主人様はご主人様です、僕はたかが他人のためにそれを変えるなんてしたくありません」
「いた…ぃ」
「どうしてそんな事仰るんですか?」
完全にぶっちぎれた目が間近に迫る。おかしい。
ご主人様に絶対服従なんじゃなかったか。こいつ、明らかに自由意志あんぞ!
「どうして」
「痛いってのバカヤロウ!」
正直、怖かった。
目が据わってるし、低く抑えた声だけど、すごい剣幕だったもんだから。
でもここで負けると駄目なんだ。動物も、子供も、最初が肝心だからな。
怖さを抑えて怒鳴り返すと、びくんと震えて手を離した。
「う………う………」
「げほっ…けほ」
体を折って咳き込んでいると、ブルブル震えている手が視界に入る。
慌てて起きるとキメラ男は目に涙をいっぱいためてプルプルしていた。
「うわあぁぁん!」
「ぎゃーっ」





「………」
うきうきと安物のバーガーとポテトを食べている、その横顔に店中の視線が集中する。
いたたまれない思いで適当に入った店だったが、失敗したかもしれない。客層は殆どが学校帰りの高校生だった。
「…そんなにうまい?」
「いいえ!油でべちゃべちゃしてるし、味もおかしいです!」
「ああそう………」
正直過ぎるのはこいつの個性なのだろうか。
店員の目を気にしながら俺もイモをつまむ。
「でもご主人様の顔を見て食べると、美味しいんですよ」
にこにこと笑顔全開でベタ甘い台詞を吐く男。
こういうのが、理想の恋人なのだろうか?女ってものはわからん。
「好きです、ご主人様」
「ふーん」
「僕が好きなのはご主人様だけです」
「へー」
「一緒に気持ちよくなれるのもご主人様だけっ」
「シャラーップ!!!」(冒頭)

とにかく、こいつを、なんとか躾なければ。返品が出来ない以上考えなければならない。どうするか。

そうなのだ!
俺はフンガイして電話をした、担当の声美人から詳しい広報担当へ、更に専門の部署へとたらい回しにされた挙げ句、
「こういうケースは初めてなので………私の一存ではなんとも言えませんがその生体を此方でお引き取り、という事でよろしいでしょうか?」
「えー、あー、はい」
煮え切らない返事なのは、そりゃあ手違いでやってきたやつにケツまくられて犯されたなんて事を言いたくない、俺の複雑な男心だ。
本当は返金どころか損害賠償すら頂きたい(尻の…)ぐらいだが、とにかく現状を打破するため(腰にまとわりついて離れないでかい男、という)もってってー!という気持ちだった。
担当者はしきりにおかしいだのありえないとぶつぶつ言っていた。
俺は………そこで余計な思考を働かせてしまったのだ。
「あの、こいつ、引き取りの後はどういう………」
「そうですね、新製品の場合インプリンティング―――つまり"すりこみ"機能がついていますので、もう使い物になりませんから。此方で処分致します」
「え」

そん―――なこと。
聞いちゃったら無理じゃん。

「お客様?お名前とご住所を―――」
「すみません、やっぱいいです」





仏心なんぞ出して、良かったのか悪かったのか。
脳天気に人の財布なんぞいじくりまわしているキメラ男を見ると、とてもとても疑問だ。
「ご主人様のお名前は沢田綱吉っていうんですね」
「そーだよ」
「沢田さん、綱吉さん」
「ウン」
「でもやっぱりご主人様が一番かなー」
「………」
もう、壁に叩き付けられるのは嫌だったので俺は何も言わない。
その代わり、話を続けてやることにした。
「そういやお前の名前はなんていうんだ?」
「そんなものあるわけないじゃないですか」
当然のように答えが返ってくる。
「あ―――………そう、なの?」
「そうですよ。ご主人様につけてもらうんです」
きらきらと期待に満ちた目で見られる。ちょっと待て。
それは俺につけろという………意味なのか?!
「名付け親?無理だろそんなん!」
「どうしてですか」
「お前………人型じゃないか。どう、動物とは違う…よ」
「そうでもないです」
ご主人様は優しいんですね、と笑った。気のせいか、俺の感傷か。ちょっと寂しげに見える。
「うんといい名前を考えてください」
「名前………」

薄暗いファーストフード店の隅っこで、俺は人(型キメラ)の一生分の名前に悩む羽目になった。
といっても、姓名判断師じゃあるまいし、ぽんぽん出てくる筈もなく。
「………武?」
とりあえず友達の名前が出てきた。
俺もどうかと思うが、キメラ男は派手に顔を顰めて首を振る。
「隼人」
「やです」
「了平、恭弥」
この辺から先輩。(俺は人付き合いがそんなに得意ではない)
「全部駄目な気がします………!」
キメラ男はにべもない。
それに何を不快に思ったのか、むうっとした顔をして俺を睨む。

キメラ男の着ているジャケットは、今年の秋実家から送られてきた衣類宅急便の中にあったものだ。
母さんの趣味だから妙なものが混じっていて、ありがたいのだが正直着れねえよ!ってなものが混じっていたりする。女じゃあるまいし、襟元にフェイクファーがもさもさまとわりついてくるもんなんて………
が、出かけるにあたってそれをひっかきまわして、着せて、納得した。元の問題なのだ。

そのファーがもさもさしているのを見て、なんとなく口をついて出たのが
「ムクムク」
………自分でもどうかと思うよ。
でも、もう大分どうでもよかったし、適当にごんべえとかにしよーかなーとか思っていたのであり、まあシャレのつもりで、冗談で、言ってみただけ、
「それがいいです!」
「マジで?!」
予想外に気に入られてしまった………
「なんだか懐かしい響きがします!」
「ム、ムクムクが?!」
「ムクムクがいいです」

キメラ男のネーミングセンスは、お世辞にもいいとは言えないようだ。
ご満悦なキメ………いや、ムクムクは買い物袋を持って立ち上がった。
「帰りましょう、ご主人様」
「む、むくむく」
「はい!」
………嬉しそうだからいっか。


2005.12.24 up


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