パートナー
ムクムクと俺との共同生活は以外にも順調だった。
ムクムクは器用で、頭が良く、優秀と書いて額に貼っているような男で、さすが天下の五つ星(ひとつ突き抜けてるやつがあったかと思うが、ここは故意に忘れようと思う)だと感心した。
「当たり前じゃないですか」
主人のペットであり、あ、愛人…であり、伴侶であり、身を守るボディーガードでもある―――そんな存在として生を受けた、であれば当然だと胸を張る。
「ほーん。ほー。で」
俺はじとりとムクムクを睨んだ。
「その当然はこの当然?」
「何がですか?」
「ニッコリ笑ってとぼけるのもいい加減にしろよお前。なに、勝手に友達の電話切っちゃってんだよ!」
「僕が居れば必要無いでしょ」
「要る!要る絶対要る!おま、ま、まちがってるから色々」
つーん。
ムクムクはやけに形の良い鼻をつんとそびやかし、そっぽを向いた。
「僕が居るのに合コンですって?僕が居るのに」
2回、言った。
「その辺の事情、一度ようっく話し合おうじゃないの………」
ムクムクは多少正確に難があるものの(絶対に自分を曲げない頑なさ………本当に絶対服従がウリなのか………)、普段は物静かで俺を苛々させることもなく、教えてからは外で無茶も言わないよい子に成長した。
けれど、それは昼間の話。
夜ともなれば至極当然の顔をして布団に潜り込んでくるし、あろうことか俺の股間にまで潜り込んでもぞもぞしている。とんでもないと跳ね起きれば、嬉々として覆い被さってくる。
いい加減にしっろ―――!
叫びたくなる、のをぐっとこらえて、俺はなぜか下半身裸でパンツを引きずり下ろされながら説教に勤しむことになる。
「あのな、こういうのはな、片方がヤリてえと思って襲うなんていけませんことですよ」
「はい?」
………俺は説明がへたくそだ。分かってる。
「同意が必要だっていってんの。それに、俺は、ヤリたくないの」
「こんなに元気なのに」
「どこさわってんだコラー!」
どう説明したものか悩む。
一度、これは愛故の行為であり不毛な交わりは涙しか産まぬと自分でもトリハダが立つようなことをずらずら並べてみたら、「僕ご主人様のこと愛してますから」で一刀両断された。効果、まったくなし。
「いや俺が愛してないから」
「その分も、僕が。クフフ任せてください」
「いらねえよ!」
怒鳴ると、途端目がうるうるし始める。泣き虫なのである。
俺よりでかい図体をして、メソメソやりはじめるので怒りのやり場に困る。
まあ最近は、これも結構計算づくしの演技なのではないだろうかという疑いも。何しろ、メソメソしながらムクムクは手を動かすのを止めないのだ。
だから大層困った事態になる。
「とにかくとりあえず止めろっ」
「そんなこと言ってぇ。ご主人様のココはそん」
「はい親父発言禁止―――!!」
最近、気付いた。
一番効果があるのはピピーと甲高い音を立てる笛。
雰囲気がぶっこわれついでに俺の評判もぶっこわれ(騒音公害!)、めでたくムクムクはふくれっつら。
の後、やけになったように襲ってくるので後はほんともう、死闘である。プロレスだ。レスリングだ。
とっくみあいやっきになって俺は逃げようとし、ムクムクはおっ勃った凶器(ガタガタ、ブルブル)を持ち出して迫る。
ああ………なんて不毛な争いなんだ………
「お前を嫌いなんじゃないよ。疲れて帰ってきてテーブルにメシがおいてあるときなんか大好きだよ?ただ、ラブとライクの違い、分かる?」
「Love、Like」
「発音じゃなしに」
完璧だが、うん。
完璧に間違ってる。
意味をはき違えてる。
「俺はこういうのを」
横から出てきて腰をナデナデしていた手をはたく。
「好きな!女の子と!しかやらない」
「でもご主人様どう…」
「うるさい」
傷を抉るな。
「ここにいたけりゃ俺を襲うのはヤメロって言ってんだ簡単だろ?」
「僕の存在を否定するのですか?」
「えー………っと」
おうおう、存在を否定ときたもんだ………
俺は思いっきり遠くを見た。といっても、狭い我が家、見えるのは埃だらけの天井が関の山だが。
こいつは確かに主人に愛されるためにつくられた。けれど、愛するったって、そんな即物的な行為をメインに据えた関係じゃなくたっていいじゃないか。
当初の予定であったエゾリス的関係だって。
「こういうの抜きでなら、俺はお前とうまくやっていけると思う………その、ムクムクの独り立ちまでさ」
人間の"パートナー"、"ペット"でも、其処に自己や財産を管理する能力さえあれば、なんとこの世の中人権だってあるのだ!
億万長者が死に際に残した遺言のおかげでそれは獲得された。そのじいさんは102歳で大往生した際、生涯で一番愛したパートナー………ジュリアという名の女性型キメラに遺産の全てを残すと言って一族郎党を地獄にたたっこんだ。
裁判で延々争った挙げ句、世の中の金持ちと奇人変人暇人の支持を受け、賛成圧倒的多数で法律が出来た。
その対象の、現時点での持ち主が了承さえすれば、彼等の人権は確立される。
仕事も出来れば家も建てられるし、会社だって経営出来てしまう。
ただ子供だけは制限が―――まあまっとうな製品はあらかじめ操作されているけれど―――あって、養子手続きとかしない限りはその代で財産は国に没収されてしまうけど。この辺は人間と同じだ。ただ問題があって………
「僕を捨てるんですね」
これだ。
「や、や!そーゆーんじゃないよホラなんていうかな」
大抵、主人を心底愛するように出来ている彼等は主人から離れがたいのだ。だから死ぬかどうかして離縁しない限り、本人が納得しない。
「俺は人を、お前みたいの、を、飼う………なんて気はさ。さらさら無いわけ」
だって自分で手一杯。
人にああしろこうしろなんて言うのも管理するのも好きにするのも、気持ち的になんか落ち着かないし気分悪いし何より面倒だからやだ。
「お前は大丈夫だろ。俺よかよっぽどしっかりしてるし優秀だし。世の中出て立派にやってける」
「嫌です」
「そうですか」
出ちゃったよ、「嫌です」。
こいつがむすうっとした顔で、これ言うともう全部終わり。マル。
2005.12.29 up
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