パートナー

 

ツナは一人暮らしだった。そう、だった―――過去形だ。今はなんでか予定にない奴がいる、けれど相変わらず表向き一人暮らしである。
彼は家から離れた大学へ進んだ、だから小さな安アパートを借りて家賃と生活費を家から送金して貰っている。でもバイトもして小遣いと生活費の足しにする、まあその年頃の大学生なら転がってるようなよくある生活様式をしていた。

バイトは喫茶店、大学の近くにある図書館の近くにある静かな店だ。上にはマスターの娘さんがきりもりしているカフェがあり、隣には親族の経営する美容院がある。
図書館を利用する人間がそのまま客となるわけで、騒がしさとは無縁な雰囲気のいい店だった。バイトの張り紙を見て一応電話したものの、どうせ先に面接しているだろう女の子が採用されると思っていた。
そんな一部の学生やOL―――までが通う目当ては名物のコーヒー以外に、マスターもあると思われる。彼女らが好くようなメニューは上のカフェに連なっている。

40代半ばの店主は元文学青年だったらしい。眼鏡をかけ、静かで絶対声を荒げたりしない落ち着いた雰囲気のなかなかいい男なのだ。ツナを面接し、採用してくれたときもいったいこの人は採る気があるのか無いのか判別つかないと彼を悩ませ、もしや俺に何か問題がと疑心暗鬼にさせた。
結局とってくれたのだけど、実は未だに理由が分からない。
多分―――恐らく―――マスター目当ての騒がしい女の子よりは厄介なことにならないという安全策ではなかろうか。

今日も今日とて午後10時、店の掃除を済ませて家路についたツナはおみやげのサンドイッチを持ってそんなことを考えていた。
それはまばらな客にマスターのプライベートを聞かれた事に端を発している。ツナ自身にはちっとも興味がないくせに、女の子達はツナにばかり訊く。

鼻の頭を赤くして玄関のドアに鍵を差し込む。ざりと錆びた音がした。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ご主人様」
ちょこんと玄関前に座っているムクムクに、ツナはもう慣れっこだ。
ケツが冷えるとか帰るなりそれかとか、言いたいことは色々あるけれど………
「うん。はい」
「なんですか、これ?」
「今日の夕飯」
ツナは既に軽い夕食を食べている。まだ口の中がナポリタンのケチャップ味だ。
ムクムクは中を覗き込みサンドイッチと分かると、頷いて部屋に持っていった。
「お茶入れますね」
「おねがいー。ふーっ」
疲れた、と口に出すと、「ではその疲れを癒し………」などと良いながらのしかかってくるアホが約一名おりますもので、ツナは何も言わずちゃぶ台にぐんなり寄りかかる。

カチャカチャ物音。誰かが立っている台所。
実に不思議な光景だが、慣れた。ムクムクの頭は腹が立つほど高い位置にあるので、ツナは視線を上に向けねばならない。最初の頃こそぶつぶつ悪態をついていたけど、仕方ないかぁと諦めのよい彼はピタリ考えるのを止めた。
手際よく茶を用意するムクムク。最初こそ、台所をしっちゃかめっちゃかにしていたがそこはそれ、優秀なので飲み込みも早い。
すぐにツナを上回る腕で茶くみをマスターした。
生憎、ツナは茶の味などろくにわからない。ただ自分が立ち上がらなくとも茶ができあがってくることに、感謝を表す。
「お待たせしました」
「ありがてえぇぇ…」
あったかーい、と湯飲みを抱え包みを破る。サンドイッチの量はかなりあり、ムクムクの夕食としてツナがつまんでも大丈夫そうだ。

「ご主人様」
夕食の団らん、ささやかな幸せ。
その沈黙をまたもご主人様コールでうち破ったムクムクは、心なしか嬉しそうだった。
「………なに」
また新しい体位を考えついたとか試そうとか体内で違法に近い麻薬物質を精製したとかいう報告はうんざりなので、ツナは若干警戒気味である。
しかし今日はそういういかがわしい用件ではなかった。
「ご主人様は学校で勉学に励み、さらに労働までしているのですよね」
「ん………まあ、そういうことになるかもねぇ」
「なんて偉いんでしょう!」
「そ、そお?かなぁ……」
―――若干嬉しそうだ。
「まあ、それでも俺は親に甘えてる方だと思うけどね………」
「僕、考えたんです。ご主人様は以前僕に、独り立ちしろと仰いましたよね?」
「ん?ああ」
「それはご主人様の生活が経済的に逼迫していて、僕の分が負担になっている―――からじゃないんですか」
「………は?」

なんだか話がちょっとずつズレている。
ツナは妙な顔をした。

「え、別にそんなことないけど。お前あんま食べないし、服とか俺の………サイズがあまったやつ………おさがり?で申し訳ないんだけど」
当初予定していたエゾリス型に比べれば、ムクムクは人型。確かに色々計算違いはあったが、これも大事なペット………パートナー、ということになる。
「俺が自分で決めたんだもんな。それぐらい、甲斐性ってもんだろ………いや違うか」
ムクムクはしたり顔でウンウン頷いている。
「ご主人様は最高のご主人様です。僕は本当に幸せ者です………が」
「が?」
「やはり、それでは心苦しいのです。僕がご主人様を助けてあげます!」
いやだから特に要らないって。
そう言うには、ツナは感動しすぎていた。うそ、あの、自分勝手で自らの欲望のみに忠実な、人の話を聞かないわがまま野郎がこんなにも人間的に成長を………!
「ムクムク、働くつもり?」
「はい」
「えらいっ!」
ツナの脳内はぽかぽか暖かい気候になってきた。

ムクムク、労働を覚える。
ムクムク、初めての給料日。
ムクムク、ついに独り立ち。俺は安眠を取り戻し、心は平安に充ち満ちて、幸せまんてん………

「クフフ、えらいだなんてそんな。ご主人様ったらお上手なんだからっ」
「本当にそう思ってるって」
「やぁー、もうー」

もじもじクネクネしながら、はにかみながらムクムクはツナの前にドンと札束を置いた。

「どうぞご主人様、お受け取り下さい」
「………」
ツナの顔が青ざめ、白くなり、最終的に真っ赤になった。
「むっむっむっむ」
「むくむく?」
「ムクムクゥゥゥ!!!」
冗談でしょ?冗談だよなと縋るような目になったツナの前で、ムクムクは札束を持ち、びらびらとさせた。
「これだけあればご主人様しばらく働かなくてもいいんですよね。僕と一緒にいられますね!」
「いられません!ちょっ、これ、なにどこで拾ってきたの―――?!」

ツナの頭の中は大変なことになっていた。
(ムクムク、何をした。まさか通りすがりの人を………いや通りすがりの人がこんな大金を持っているかどうかなんて分からないつまり手当たり次第………ウソー?!)
「どこで、どうやって、これを手に入れたのかなぁぁぁムクムク!」
「ご主人様といっしょー♪いっしょですー♪」
「聞けよ!」
「何をそんなに慌てているんです?僕は僕の特性を生かして」
ツナの頭の中は更に大変なことになった。
(ムクムク、何を………まさ…か……)

通りすがりの成金マダムかなんかが道を歩くムクムクに手招きをする。
ムクムクがノコノコそれについていき、なんですかとバカ丁寧な口調で尋ねた途端車の中に引きずられ………

「最終的にあんなことやこんなことに?!」
「大丈夫ですかご主人様?おーい…」
「ムクムク無事かぁぁぁ!!!!」
ツナはきょとんとしているムクムクのシャツのまえみごろを掴み、ばりばり破いた。染み一つ無い滑らかな肌を念入りにチェックしていると、
「ご主人様………」
「………ぎゃ!ななななに勘違いしてんだバカ!」
バカキメラは潤んだ目ででかい図体を倒してきた。
違う!
「お前何かされたのか、したのか、されしたのかどっちー??!」
「されもしてもいませんよ?これは………ご主人様の後をつけて道を歩いていたら通りすがりの人がくれたんです」
「くれたんですじゃ………オイ?」
後つけてってナンジャラホイ!とツナは憤慨する。
「まったくお前は………ってそれどころじゃないか、くれたって何事だよ!?」
「知りません。ねえそれより…」
「雰囲気出すなアホ!んな場合じゃないの警察に届けなきゃ………ムクムクッ!」

ぐいと顔を押しのけられ、ムクムクはやや不機嫌な顔になった。
彼はその美しい流線を描く眉を顰め、しかし口元は笑いながら甘く囁く。
「その名前も、もういいんですよ」
「この色ボケ馬鹿力がぁ………………………………いいって何が?」
「お金をくれた人が教えてくれました。僕の名前はむくろ、って言うんですって」





「………むく、」
「む、く、ろ。僕の名前」
なかなか個性的というか独創的なというか、と続ける笑顔のムクムク―――むくろを横へ押しのけ、ツナはその下から這い出した。
「名前ってお前………ペット、パートナー、ううんキメラ………なんだ、ろーが」
「そうですねえ」
「そうですねえってそりゃ矛盾してるよ」

キメラに既成の名前などない。あるのは製造番号だけだ。

「お前を………知っていた?金を渡して、なんで」
「そういえば、変です………か?」
「変だろう」

今は何の変化もない白い肩を撫でる。

「ご主人様?何を気にしてらっしゃるんです?」
「ちょっと待てよ………」

考えたい。時間が欲しい。

「ムクムク………むくろ?」
「どちらでもいいですが」
「お前に、金を渡したのはどんな奴だった?」
くりん、と首を傾げて考えるそぶり。
まったくいつものムクムクだ。
「ご主人様とそう年は変わらないように見えましたねえ。研究所のひとみたいにスーツを着て、黒で。ほら」
目の前で手を丸く、二つ作る。
「眼鏡?」
「そう眼鏡。かけてました」


2005.1.3 up


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