パートナー

 

大層居心地の悪い思いをして出てきたツナを待っていたのは、静かに食器を拭くマスター一人だった。
「あ………あのぅ………」
「雪が酷くなってきたからね。お店しめちゃった」
続いて鼻歌を歌いそうな上機嫌で出てきたムクムクは、わざとらしくオヤと言って立ち止まる。
「ふーむ、なかなか気が利くではないですか」
偉そうな物言いにツナが唖然としていると、マスターは苦笑してみせた。
「それで―――仲直りは出来たのかい?」
「なか、なお、」
「り。勿論ですよ。この上なく上手くいきましたよね?」
「あ」
にっこりと苦笑に挟まれてツナは戸惑う。なぜか通じているような二人に遅れ、ようやく双方からからかわれているのだと気付いて真っ赤になった。言葉が出ない声が出ない。
ようやくすみません、と小さく謝ってそそくさとエプロンを外して丸めた。





ろくに挨拶もできないまま場を辞してしまった。
ムクムクは笑顔だ。こいつは―――悪人だ。この満面の笑みは自分の思惑通りに事が運んだ満足の気持ち。
たまらなく癪な気持ちで睨み付けると、足りないんですかとたわけた答えが返ってきた。
「黙れ」
「何を怒っているんですか?ああ、腰が辛いんですねいやもうまいっちゃうなアハハ」
「ちがわい」
やにさがったアホ面がほがらかな笑みになる。まったく、顔の造作というのは、とことん、
「人類って不公平………」

雪道を歩く。細かいパウダースノウが10センチは積もっている。
近年珍しい降りっぷりにツナはぐるりと天を見渡し、落ちてくる白いひらひらを眺めた。
「………ふは」
この場合、舞い落ちる白い雪の美しさに見惚れていたとか、額や手のひらでとける儚さにナイーブになっていたとかいうのではない。生憎ツナはそういう情緒豊かな感性を持ち合わせて居ず、どちらかというと腹減ったネムイつまんない面倒くさい………といった本能の感想がえらく多い。
その時はたまたま落ちてきた雪に鼻の頭を冷やされて、こんちくしょうと思って見上げたのだった。それほど寒くなかったので薄着、しかしにっくきムクムクは暖かげな上着を着てヌクヌクしている。
ちくしょう。
「それ寄越せ」
ぐいと袖を引っ張ると、ムクムクは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「どうしたんです?」
「いいからちょっとかせ。この、腕の鳥肌と体の震えが見えませんか?!」
「はあ………」
ちょっと思案するように視線を巡らせ、ムクムクは何を思ったかがばあと裾をわった。
「ギアアアアアア!」
変質者!恐怖におののくツナにムクムクは笑顔のままホラ、なんて言っている。
どうやら自慢のイチモツを見せびらかしたいのではなく、中に入れと言っているようである。
「ヤダよ気持ち悪い」
恥ずかしいなどと言うならかわいげもまだあるだろうが、気持ち悪いである。
しかも心底そう思っているようなので、ムクムクはがっくりした。先程まで自分に縋ってアンアン言っていた面影は欠片もなく、すっかりいつものうすぼんやり学生に戻っている。
「まったくご主人様は―――」

文句を言いかけた口はアの形であいたまま、息をのんだ。
なんですかと振り返りかけたツナの頭を掴み、自分の胸に引き寄せる。そんな無理矢理と言う口をぐっとおしつけて塞いで雪の上に倒れ込んだ。
「―――テキ!」
ツナの頭に星が散った。今なんてった?
起きあがろうとしてまた雪の上にゴスンと頭をおとされ、顔面をやわらかい雪で埋められる。
「むぐむぐ」
「シッ!」
張りつめた緊張にツナの全身がぴーんと硬直する。
恐る恐る雪まみれの顔を上げて見ると、ムクムクは見たこともないほど恐ろしげな顔をしていた。
「ムクムク!」
呼びつけた声が終わる前に、ツナの耳にドンだかガンという派手な音が響いた。彼は青くなる。それは映画やテレビでしか聞いたことがないあの………
「なにごとー!?」
「テキ、テキ―――敵です。攻撃されたんです貴方がッ!」
始末、します―――
ガッと口を開けてムクムクは後ろに突っ込んだ。ツナからはそのテキだか敵やらが見えず、動けもしなかったあれは―――銃?
「駄目だムクムク戻れ!銃だぞ弾だぞあたったら痛いぞッ」
雪の上をずりずりと這いずりながら叫ぶ。後ろからドカンだのバキンだのという恐ろしげな音がして、怖くて振り替えれない。寒さと恐怖で鼻水と涙をダーダー流していると―――

足が見えた。

それがおかしいのだ。上は黒いスーツなのに、何故かその足はスニーカー。
アッそれ俺が欲しかったやつ店頭価格3万切らねえかなァってぶつぶつ呟きながら持ったりまわしたり履いたりして結局手が出なかったやつ………
「………!」
転んだ格好のままのツナの目と鼻の先でピタリと止まったその足。
恐る恐る顔を上げ、手をつき膝をつき、座り込みの体勢でツナは口をぱっくり開けてその男を見た。

「むくろさま」
「むくろさま?!」
確かに男はそう言った。
驚いて繰り返すツナを興味なさげに一瞥し、黒縁の眼鏡を押し上げ、彼は手から何か出した。
「俺が―――来るまでも無かったようですが。ご無事でなによりです」
はじかれたように後ろを向いたツナの目に信じがたい光景が飛び込んできた。黒服強面屈強な体躯の怪しい男達が鼻血やら何血やらを出して雪の上に転がっている。そのうち一人の右手を銃ごと踏みつけ、うすら笑いを浮かべているのは。
立っているのはムクムク一人だった。


2005.1.9 up


next

文章top