パートナー
先程から何も言わない男とムクムクを交互に見まわして、ツナはきゅうと鳴いた。
本当はもっと人間の言葉を喋る予定だったのに、そんな音しか出なかったのだ。しかし意味は通じたらしく、途端ムクムクはそれまで殴ったりしていたらしい見知らぬ男の手や頭をけっ飛ばし(ああ………むごい………)駆けてきて、大丈夫ですかご主人様ご無事ですかああ可哀想にこんなに濡れてしまって………と、
「いて、いてて」
ハンカチを出して丁寧に顔を拭ってくれた。涙も鼻水もだ。
「驚きましたね、怖かったですね、もう大丈夫です」
「ン………どっちかってーと」
お前のが怖かったな。
ツナは思ったが、口に出すバカはしない。
思いっきり無視され、ツナにばかり構う"むくろさま"を見、眼鏡の男は目を見開いた。
「風邪でもひいたら一大事です!」
いそいそと上着を脱いで雪まみれをほろい、かぶせるムクムク。それを見て更にうぐ、と言った。後退る。
「あの………」
気付いたツナが疑問を口にする前に、男は急いで頭を降って「不測の事態だ………」などと呟き、スッと顔を上げた。
「とにかく」
「………あ」
ツナを包んで包んで大事に支え抱いていたムクムクは、眼鏡の男の視線に小さく声を上げる。
「知り合い?」
さっきから気になりまくりのツナがすかさず言ってのける。とにかく人間相手だと消極的に過ぎるきらいのある彼にしては、随分思いきった行動だった。
ムクムクは小首を傾げるという世間的には可愛らしい仕草をしつつ、つきあい始めて2週間目のラブラブカップルのように甘ったるいオーバーな仕草でツナの目をのぞき込み、えへらと相好を崩して答えた。
「この人、前会ったことあります」
「ほんと?」
「僕の名前を………」
「ああ!」
ツナの鈍い頭はやっと一本の線を結ぶことが出来た。先程この男はムクムクを見てむくろさまと言った。むくろというのをどっかで聞いたと思ったら、昨日のムクムクの報告で、えー、札束が………
札束。
「アアアッ!!」
ツナは叫ぶなり眼鏡の男に詰め寄った。
「あんた、あんたですね!ウチのコレに札束なんか渡したのは!!」
「………そうだが」
「そうだがじゃないんですよ一体何の目的で」
ツナにしたら。
ムクムクは少々………多少………多々、変態ではあるがウチの子である。
知らぬ眼鏡の男が札束を渡して君の名はむくろだ、なんて言う光景はその裏に良からぬ事を企んでいるのではないかと疑うに十分であった。
しかし男は予想に反し、実に冷静に答えてきた。
「目的というのは正しくない。何を考えているか知らないが、俺はこの方の部下だ」
「部下?」
「そうだ。従っている。害を及ぼそうなどと考える筈もない―――むしろ」
お前はどうなんだ。
そう問われているような目つきに、ツナは疚しいことなど何もない筈なのになぜだか不安になった。この男は静かすぎて、考えている事がまったく読めない。感情も現れず、得体が知れない。
「むくろさま」
再度、男は言った。
「聞いての通りです。今の貴方に過去の記憶はありませんが、判断は出来るはずです。俺と一緒に来て頂けますか」
さてムクムク、どうするか。
ツナが固唾をのんで見守っていると、ムクムクは、むくろさまは、傾げた首を反対方向に傾げ、ん?という顔をしてぐるりとまわし肩をほぐした。
「どうでもいいです」
「では―――」
「綱吉君が決めて下さい」
………。
「………………はっ俺?!?」
突然話をふられて驚くツナの視界に、めいっぱい顔を顰めた眼鏡男がうつる。
でもそれ俺のせいじゃない。
「お、俺はなんも知らない、し」
「それを言うなら僕だってこんな人知りません」
「でも過去とか言ってるぞ。お前のこと知ってるかもしれないんだ!」
「僕は興味ないですね。過去だの部下だのそんなもの、些末です。それより大事なものがあるとご主人様いつも言ってるじゃないですか」
「言ったっけ」
実に無責任な言葉を吐いたツナだったが、
「さあ、お夕飯の買い物に行きましょう!」
次に出てきた実に堂々とした宣言に、顔を真っ赤にしてぴょんぴょんはねた。
「そーゆーのは家の中だけ!外で言うなハズカシイ!」
結局―――
ツナは男に着いていくことに決めた。男の態度は始終一貫しており、とにかくむくろさま第一主義だった。間違っても害する事はあるまい。
それにツナ自身も知りたかった。もしかしたら、ムクムク以上に知りたいと思っているのかも知れない。この正体不明のトンデモキメラを。
雪まみれからとけて水浸しになったツナとムクムクはいつの間にか側にいた黒塗りの車に押し込められ、長い距離を走った。途中、眼鏡の男は魔法のように車内の冷蔵庫から飲み物や食べ物を出してくれたがツナは殆ど喉を通らなかった。
俺ってば知らない人の車に乗っちゃってるよ!
ムクムクは気楽なものだ。長い足を組んでふんぞり返って偉そうで、でも眼鏡男はそれが当然だという顔をしている。
ではイレギュラーは自分か。
ツナはますます不安の度合いを増したが、あやっぱ止めます下ろして下さい、なんて言う前に車は静かに速度を緩めた。
郊外の一軒家―――というよりは、邸宅である。
白を基調とした外国風の建物はばかでかく、それだけでツナは気が遠くなってしまうのだが横のムクムクはまるで平気な顔だった。眼鏡男ではない館から出てきた身なりの良い、けど目つきは悪い、なんとも微妙な男に車のドアを開けられると、慣れた様子で下りる。
「さ、どうぞ」
手を差し伸べてくれる。
その笑顔がいつも以上にきらきら輝かしく、遠く感じられる。
気のせいだろうか。ツナの弱気は最高潮、本当なら出たくないと駄々をこねたい場面。けれど無言で見つめてくる眼鏡男からのプレッシャーに耐えかね、飛び出す。
そして驚いた。
ずらりと並んだ黒服。きっちり45度のお辞儀。
いったい何処の世界に紛れ込んだのだろう、その全てがガタイのいい目つきの鋭い男―――いや、中には女も居る!でも、同じく黒いスーツだし、僅かに緊張したほぼ無表情、ではっきり言って怖い。
「む」
ムクムクのむ、だったのだが出てこなかった。
「むくろ、さん」
ゆっくりとした足取りで、しかし確実に遠ざかる背に向かって呼ぶ。まるで帝王のように堂々とした足取りで開かれた玄関に向かっていたむくろ、は。
「なんですか?」
振り返って立ち止まった。
にっこり笑った。
手招きをした。
「さあ」
何故だろうとても不安だ。
ツナはぶるりと背を震わせ、辺りを見回した。背後に控えていた眼鏡の男が一歩踏みだし、それを支えるように、途中からは引きずるように主の元へ続く。
「あまり乱暴は―――」
「承知しております」
泣きそうだ。
2005.1.10 up
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