ポンコツ

 

町は新しくも古くも無かった。かといって使い古しの心地よさは無く、中古の町だった。一度捨てられ、「仕方なく」拾われた。必要に迫られて。
しかし流れ者には居心地が良かった。町に長々と横たわる川のおかげで輸送に困ることは無く、そこそこの収益を上げていた。人が暮らせるだけの物は揃い、酒場と女はやや多かった。流れ者の労働者や不法滞在者、もっとあくどい商売をする者たちで溢れていたからだ。
ここ一年のうちに川向こうへ柄の悪い連中が住み着いてからは、もっと繁盛するようになった。もともとこの町を呼び起こした(よみがえらせたというには些かみすぼらしい)古い住人たちは眉をひそめ、彼らを忌諱し、娘を近づけないよう気をつけていた。大きな町の自警団に出張を頼んだという話もある。しかし襲撃はいつも成功せず、彼らは根絶やしにされるどころか果敢に応戦し、ますます栄え今では町の半分がその者達に埋まっている。
俺はというと、別にまったく構わないのだった。
商売はうまくいっている。彼らは横暴で自堕落、不道徳さの見本市みたいな連中だが、だからこそ良い客になった。たまに金を払わないものもいたけれど、払う方が多かった。その方が賢いという事実は、幾らもしないうちに彼らに浸透したようだ。

売るのは、一時の夢―――といえばロマンチックだが、実際は粉や小瓶に入った液体である。人の欲望を刺激し、甘美な夢を見せる一種の催眠剤だ。
頻繁に誤解を受けるが、麻薬とは違う。もっと穏やかで、材料は家庭的。効果を考慮して一つの効き目のものしか売っていない。イコール快楽。

元々親の無い子供だった俺は十五で施設を出るまで其処で育った。特に強い性格でもなく、ひたすらにおとなしく手がかからなかった。他であるような虐待も其処だけはのんびりした風土に似合ったのんびりした人たちのおかげでなかったし、子供らしい争いも性格的に無縁だったので。
十五の時、手伝いか何かをして手に入れた小遣いをもって俺は古くから居る占い師のばあさんのところへ行った。大人も子供も彼女には頻繁に将来を占って貰っていたし、そろそろ施設を出る年齢の子供たちは尚更だった。出て何処へ行けばいいか?どんな職についたらいいか?出発に金は無くとも疑問と不安だけは沢山ある。
俺は百年も生きているようなしわくちゃのばあさんの前でひたすら緊張して右手を出し、口をあけ、くだらない質問にも真剣に答えた。結果、出た答えは俺がどうしようもないグズで失敗ばかりの、得意なことなど何も無いという分かりきった事実だった。
あんまり酷いんでかわいそうになっちまったんだよ、というのがその占いババアのせりふだ。
俺は哀れまれ、このまま行くと成人前にのたれ死ぬと宣告され、まじないを一つもらった。つまり、その辺にあるありきたりな生活用品を混ぜ合わせて何か別のモノを作る能力だ。ばあさんは"弟子"という単語を使ったが、彼女にとって弟子は側に置いて鍛えるものではなくまじないを捧げて戸口からおんだしてやることだったのである。
「さ、行って自分の食い扶持を稼ぎな。お前はごくくだらないものでくだらないものを作る事が出来るし、それを売って暮らしていくんだ。ただしそのまじないはリスクがある。お前は生涯自分の家を持つことが出来ないだろう………」
十分だった。
俺は物心ついたときから施設という他人の家で暮らしていたし、そもそも自分の家という概念が無かったからだ。喜んで出かけていき、見料の残りで雑貨屋で必要なものを買った。夕方には切符を買うだけの金が出来た。

そんな訳でハタチを当に過ぎた今も、俺は自分の家というものを持てないで居る。金に困っているのではない。どうしても出来ないそういう呪いなのだ。
家を買えない。部屋を借りられない。書類に自分の名前を書き込んだことは無く、大抵は知り合った人間の部屋にどうにかして転がり込み、しばらく稼いでまた出て行くことの繰り返しだった。まじないのおかげか俺は腕が良かったので、これはそう大して苦労しなかった。誰であれ特に若い男や女なら一度は試したくなり、一度やってしまうと二度も三度も繰り返したくなる類の物を売ることにしたから。
小さな部屋を一つ与えて貰えればそれで良く、二、三日はこもってごそごそやっている。店の看板などはなく、大概は酒場に売りに行った。友人に噂を広めて貰うこともあった。
この町にやってきたのは半年も前だったが、まだまだ稼げそうだったので出て行く気はなかった。知人は友人らしきものになり、部屋はますますこちゃこちゃしてきた。棚に並んだ薬瓶や大量の小麦粉、花や植物のオイルに新鮮な瓶入りのミルク。酒。

午後の仕事を終え夕食作りに取り掛かる。まじないのおかげかどうかは知らないが、俺は料理が得意だった。丸々一羽のニワトリを代金代わりに貰ったので、腿肉を使ってローストをこしらえ、友人を待たずにささやかに腹を満たした。どうせ今ごろは酒場で女を品定めしているか、とうに物にしているか、またはキナ臭い噂のある従兄弟とやらに秘密の仕事を貰いに行っているのだろう。
電話が鳴った。
慣れているので受話器を取り、家主の苗字を名乗る。騒がしい音がして、多分酒場だと分かった。しかし聞こえてくる音楽は生っぽく、勘が働いた。友人はこの町に居ないのだ。
案の定そういう用件だった。彼は明日か明後日かとにかく近いうちに一人、知り合いが家に来て何日か滞在するというようなことを伝えていた。俺のような流れ者も躊躇せず半年同居するような男なので、そういうことは稀ではないらしい。
「分かった」
『ちょっと変わってるけど、まあ悪いヤツじゃないんでね。気にせずやってくれ』
「こっちこそ置いて貰ってるんだから………」
『ああまたそれか。いいんだよ、俺もオイシイ思いが出来るし。つまり―――お前の美味いメシも食わせてやってくれよ』
「ああ」
安宿や他人の家を転々とする生活をしていると、こんなことはしょちゅうだ。
俺は大して深く考えず、なすがままに任せる事にした。


2006.6.27 up


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