ラッシュ時の狂ったような喧騒の中、反対車線をすべるように走る漆黒の車。スモークの入った窓ガラス。そもそも、厚さが違う。運転手の顔は程よい緊張感に包まれ、なんとなく物騒な雰囲気をかもし出している。 脇から強引に入ろうとしていた車も、慌てて元の場所に引っ込む異様な気配。圧迫感。なにしろそれが数台も続いている、道行く人間も何事かとチラチラ視線をやり、一瞬だけそこが静まった。 ところが。 がしゃーんとガラスの割れる音がして、道路に面したアパートメント2階から二人がけのソファーが放り出され、その車の前を塞いだ。ド派手な赤に視界を遮られた一台目の運転手は危ういところでそれを避け、二台目は寸前で急停止した。三台目はそのわずか数センチ手前で停まっている。 奇跡といえるその運転技術に周囲が感嘆のため息を漏らした時、不意にアパートメントの小洒落た玄関から何かが転がり落ちてきた。再びガラスの破片が道路に散った。 かわいらしい木製のふちをぶち破ってぶっ飛んできたその男は頭を庇う様に腕を交差させごろごろと道を転がり、ふらつきながら立ち上がった。荒い息を電柱にすがりながら整えている。 「待ってくれ!」 「誰が待つかぁー!!」 玄関から踊り出てきたのはセクシーな下着姿、波打つ豊かな金髪、そして刃渡り20センチ強のサバイバルナイフを持った美女だった。鬼のような形相をして男につかみかかり、ナイフをその腹につきたてようと躍起になっている。 「だから事情があるんだってっ…」 「女ね?!他に女ができたのねそうなんでしょ!!」 「違…うわぁっ!」 「殺してやるぅっ!他人に渡すぐらいならこの手でっ」 女はその長い足から続くくびれた腰に手をかけ、何かを取り出した。そこにはベルトがあった。もちろんそれはファッションではなく、専用のケミカル素材で出来ていた。 「死ね!」 ピン、と口で栓を抜き、女はそれを投げつける。 放物線を描いて飛んだそれはようやく数歩逃げた男の足元に落ち、それを見た彼の顔色は真っ青になった。 「うわぁぁぁっ…!!」 ドォンと爆発音がした。 車内でそれを聞いた人物は窓の外を見、一拍おいて舌打ちをした。そしてどこまでも面倒そうに、緩慢に指で差し、運転手に指示を出した。 「しぶといやつね!」 「いっ、命だけはっ」 男が尻で後退りながら必死で逃げる。 とうとう車線に出てしまった。 絶対絶命と堅く目を瞑り、短い呻き声がその喉からもれる。ナイフが振り下ろされる瞬間、キキィと音を立てて男の横へ黒塗りの一台が急停車した。 「はっ?!」 ドアが開き、すばやい手が男の首根っこを引っつかんで中に引きずり込む。閉まる。 女が呆然としている間に、車達はものすごい急発進の音を響かせてその場から立ち去ってしまった。 後に残ったのは足が折れ皮の破れたソファー、ガラスの破片、 そして下着姿のまま怒り狂う物騒な美女一人だ。 「た…助かった…」 「助かった、じゃないよまったく」 ため息混じりに吐き出された言葉には呆れと、窘めるのと、あたたかいいたわりが交じり合っている。 「女の子をうまく扱えないんなら、遊ぶのやめたらどうだいランボ」 「そんなこといいっこなしですよボンゴレ10代目」 ツナはやれやれと首を振った。 相変わらず危なっかしい、この他ファミリーの殺し屋の面倒を見ることに自分は運命付けられているようだ。 「今日の子はまた一段と過激だったねえ…」 「ははは」 「手榴弾持ち出すなんて、まるで小さいころのお前みたいだな」 「専門じゃないんですよ。ナイフの方もサッパリで。だから逃げられたんですがね」 「あれ逃げられたって言わない」 俺が通りがからなかったらどうするつもりだったの。 おだやかな語り口調だが、ツナの表情は厳しさを帯びた。心配なのだ。 「とりあえず、うちにおいで。しばらくほとぼりが冷めるまでね」 「ああ、感謝します」 膝を抱えた情けない姿勢から、ようやくまともに座席についたその格好はもう立派な大人だった。 しかし、中身はぜんぜん進歩のない子供のままではないかと思われる。 「少し考えなきゃ、ね」 説教が決定だと察したランボの顔は、叱られそうな子供の情けないそれに変わった。 2005.10.24 up next |