リボーンの人生の中で、友人と呼べる存在はそう多くない。 殺し屋という彼の性質がそうさせるのかもしれないし、関わり合う多くの人間が敵味方に別れて殺し合う、殺伐とした世界で生きているから―――でもあるだろう。 その少ない数人のうちの一人である沢田家光は、やたらと家族自慢の多い男だった。 「それでなあ、うちのツナがなあ」 齢1歳にして「お前の話は聞き飽きた」と返してしまえるリボーンに、家光はしつこく追いすがって息子自慢を聞かせ続けた。 ことあるごと。 なんどでも繰り返し。 うんざりするほど。 極めつけ、用事もないのに無理矢理連れてこられ、見せられた。 あの飄々としたつかみ所のない根無し草を、これほどまでに子煩悩にしたその息子とやらはどんなものか。密かに、そしてそれなりに期待していたリボーンの前に表れた沢田綱吉は……… 有象無象に紛れて見えなくなってしまいそうな平凡な子供だった。 「うわ、すげえ。赤ん坊がコーヒー飲んでるよ…」 反応も普通なら顔も普通、十人並みどころか百人並み。 挙げ句唐突に、赤ん坊の自分相手にテストの点数が悪過ぎて教師に「長年先生をやっているがお前には将来性の欠片も感じられない」などという暴言を吐かれたと愚痴りやがったのである。 「テメーのアホさ加減なんざ知ったこっちゃねえ」 しかし、でも。 人間余りに駄目なものを見ると、これはオレがなんとかしてやらないとならないんじゃないだろうかと思うらしい。 リボーンも、綱吉の溢れる駄目さ加減に多分これはオレが面倒を見てやらないと死ぬな………と思った。勿論そんなことはない、世の中に駄目な人間はたくさん生息しているが、生憎リボーンは完璧に近い生き物だった。 そんな彼から見た沢田綱吉は………それは相当に駄目だったのだ。 「ちょっと待ったなんだそれ知らねえー!!!!!!」 綱吉は俄然暴れ出したが、男の腕はびくともしない。 それどころか一まとめにくくられる。覗き込んだ目が剣呑に光り、綱吉を怯えさせる。 「おい」 う、と詰まった隙に男は―――リボーンはあっけにとられている綱吉の唇を舌で割り、その咥内にぬるりと侵入させた。 「うっ……」 がたんと椅子が倒れる音がする。引っ張り上げられ、サンダルが片方脱げてしまった。 エプロンをつけた前からもぐりこんで来た手の平が薄い胸板をじかに撫で回し、綱吉は総毛だった。 「ひあああああ!」 「長かったぜ………山3つ分となると流石のオレも場所に迷う。下手な所じゃ仕事に支障が出る。付近の奴らを追い払う金もかかった」 「ちょっ、でっ、おいほんと困るっ………!」 「オレの準備が整っても、万が一お前が結婚なんぞしてたら………」 「し、してたら??」 「死体出さなきゃならねえ」 ヒイイ―――ッ!!!! 正に戦慄する綱吉を馬鹿力でカウンター上へ引き上げ、リボーンは無表情のままでその喉頚を抑えた。写真が飛び散り、コップや皿が床に落ちて割れる。 「答えろ」 「はっ………」 ぐ、と喉を押されて綱吉は目を瞑った。 死に瀕した人間はそうして事実から目を背ける。殺し屋を生業とするリボーンは数え切れぬ程同じ場面を見てきたが、苛立ちや見苦しさでなく、「この人間を手の内にしている」という充足を感じたのは初めてだった。 「う、うう…」 その首がぎこちない動きで横に振られる。 ふうと息を吐き出して手を離す。リボーンに近しい者なら彼が一瞬の後に緊張を逃がした事を悟ったろうが、綱吉はそうではない。ただ恐怖に震えているだけだ。 「そうか」 軽い調子で手を離すと、リボーンは独特の笑い方をした。 「ならいい」 よくない。まったくもってよくない。 綱吉は機械的に割れ物を片付けながら虚ろな顔色でフラフラと店を閉めた。鍵を閉め、窓を下ろし、モップがけをして明日の開店準備までしたところで唐突に目が覚めた。 「あっ………そっか………!」 何が楽しいのかはははははと笑いながら帰っていったリボーンは、きっとまた来るのだろう。 その前に逃亡しなければ、と今頃気付いた綱吉は急いで財布と上着を掴み、飛び出した。 2006.8.21 up next |