情けない話だが、店を出たところで行く所なんてどこにもない。 綱吉は直ぐに迷い始めた。寧ろ迷うことこそが彼のアイデンティティであり、即断即決の沢田綱吉など沢田綱吉ではない。ああしようか、こうしようか、さして重要でもない選択の場面でも考え迷い、結局一番損なものを選ぶ―――それが正に彼の人生であった。 更に綱吉の行動範囲は決まっている。店とささやかな独り身の家計に使用するだけの地方銀行並盛支店、買い出しに行く近所のスーパー、店の備品を配達してくれる。並盛業務用品店。それらは全て商店街付近で事足りる。 更に品揃えが悪く、綱吉が望む本はまず一発で手に入らない並盛書店、何時行っても見たい映画が借りられているTUTA○A並盛店、少し足を伸ばせば郊外のショッピングセンター…まあ、こんなものだ。 定食屋、牛丼屋、学生時代からの友人とたまに行く程度の焼肉店。カウンター席が5つしかないミニミニバー等々、長い暮らしでショウユのシミのようにいつの間にかついた(大概の人はそういう事はないだろうが、綱吉に関しては良くある)生活習慣を振り返りながら歩いていると、なんとも、感慨深いものがある。 とりあえずいつもの癖でスーパーに入った。 もう店仕舞いを始めている商店街から…端っこにある小規模の家族経営店である。 簡易テントが年中出しっぱなしで、その黒ずんだビニール屋根の下に箱で積み上げられた果物やら野菜やら、「50」「70」と数字の踊る乱雑な地帯を抜けて店内に入れば、馴染みの店員エプロンがぺこりと頭を下げた。2番目の息子だった。 「沢田さん、仕入れッスか?」 「まあうんそんなところー」 日常だ。 うんざりするほど日常である。 「カゴどーぞ」 「ん」 バキュワーン。 「………え?」 お馴染みの、緑のアミアミのプラスチックカゴを手に取ろうとした時だ。 店員は、手渡そうとした。 何故かカゴと取っ手の接続部分が分離し、バラバラと崩れ落ちてしまった。 「す、すみませんもう一個…」 「あ、うん。ごめん」 何故か謝りながらもう一つを差し出され、何故か綱吉も謝りながら受け取る。二人ともが「え?あれ?なんで??」という目線で確認し合い、とりあえずその場は別れたのだが……… 「………あっ…あれ?」 綱吉がフラフラと青果コーナーに行ってしまってから、罪無き店員は砕け散ったプラスチックと謎の金属片を拾い集めていた―――… 「ふう…」 なんだかよくわからないけれどとりあえずチキンライス用の鶏肉と、手製のお新香が切れたのであの真っ黄色いたくあんを購入しつつ、ビニール袋を下げて綱吉は出てきた。 「俺………完全に目的を見失ってるな………」 自動的に足の向く方向へ。スーパーで積み上げられたマンガ誌を見た綱吉は、馴染みの本屋へ直行した。月々、週々、買っている雑誌(店置き兼用)を総ざらえしてカウンターに積み上げる。「お疲れさまです。どうも」、眼鏡をかけ、幸薄そうな具合では綱吉とイイ勝負の店長(2代目)が、ほんの僅か頷く程度の礼をして雑誌をレジに通した。 「あ、入ってますよアレ」 「アレ?」 「嫌だな、沢田さん忘れてる。ここ入れときますね」 「???」 ソフト路線が好みなんですよねとか言われて唐突に思いだした。定休日、真っ昼間から本屋にブラブラと現れた綱吉に、棚卸し中の店長が売れ残った成人向け雑誌を放って寄越したのだった。雑誌は返却が効かなく、捨てるしかない。沢田さん、いつもたくさん買ってくれるから。サービスですよ、とか何とか言っちゃって。好きなの選んでと言われてじゃあ遠慮無くハイと言うほど綱吉はこなれていなかった。 突っ込まれた。無理矢理に。 困った。 次に自分で買いに来た。 ………何しろ独身男性なもので。 「はいどうぞ」 「………どうも」 「ふふ」 サクサクサクッ。 「ギャッ!?」 手渡された紙袋に、ナイフが3本突き刺さった。 紙紐がぶつんと切れて雑誌がレジカウンターに逆戻りした。次の客相手に声をかけかけていた店長はパチクリ、パチクリと瞬きを二度した。 それからおもむろに雑誌を拾い上げ、また紙袋に詰めて寄越した。ご丁寧に、突き刺さったナイフも包んで。 「ありがとうございましたー」 些か間延びしたそれに見送られながら、綱吉は穴だらけになった成人指定図書の存在を確実に意識しつつ、元来た道を戻り始めた。 と言っても、わあどうしようドキドキなんて中学生みたいなトキメキではなく、なぜ何冊も束ねられた雑誌からこれだけを選んでサクサクナイフが刺さったのか、そもそもナイフはどこから来たのか、さっきのカゴの事件も変な音したけどあれもなんかうわああああという、どちらかというと情緒不安定に近い心もちだ。 日常から外れた出来事があった場合、 その多くは日常から外れた切っ掛けによる。 (あいつか………!) ゴクリ、と喉を鳴らしてツナは恐る恐る周囲を見た。 既に陽の落ちた商店街は人影も少なく、物悲しい気配に充ち満ちている。怪しい奴と言えば全員怪しく、全員ただの通りすがりの可能性もある。 綱吉はやたらキョロキョロしながら背を丸め、そそくさと帰り道を急いだ。焦りのままに飛び出しても逃げる事すらできず、日々の習慣を繰り返してまた元に。諦めも半々で。 「結局戻るか。涙が出るほど凡庸な男だな………」 5階建てビルの屋上からスコープ越しに全てを観察していた男は、嘆息まじりに呟いた。 2006.10.15 up next |