カランカラン。
「いらっしゃいま………」
「エスプレッソ」
 店主が突っ立っている真向かいのカウンター席に腰を下ろした男リボーンは、昨日と同じような格好をしていた。黒スーツ、黒帽子。
 しかしよく見るとシャツが赤くなっている。それも鮮やかな赤でなく、血のようにくすんだダークレッド。
 こんな映画みたいな格好をする男が本当にいるとは思わなかった………
 更に似合うなんて、どんな嫌味な存在なんだ。
 綱吉は微妙に嫌そうな顔をして残りの「…せ」を言い終わると、少しずつ右にずれていく。
 カップにコーヒーが貯まるのを確かめつつ、カスタードクリームの敷かれた甘いアップルパイを切り分ける。
 手製だ。母親の得意料理でレシピだけはあった。なんとなく気分が向いた。
「おまちどお」
 無言でカップに口を付けたリボーンは出されたケーキ皿の縁をついと撫で、呟く。
「心得が出来てきたようだな」
「心得?」
「妻の」
「ちげ―――よ!誰がだよ!?」
「クックック、そう照れるな」
 大きな手が少しカタチの崩れたパイをフォークで切り分け、がっつりと口に運ぶ。
 綱吉はとんでもない発言を殊更無視してどうでもいい話を振る。甘いものイケるクチですかと声をかければ、フフンとバカにしたような答えが返ってくる。
「オレは世界中の美食を食べ歩いた食通だ。今度お前に得意料理を振る舞ってやる」
「ああそう………ありがと」
「どういたしまして。家事は分担派だ」
「そりゃ奥さん喜ぶねー………頑張って」
 グッタリした綱吉のつれない答えにも、まったくダメージを受けない。
「嬉しいだろう。感激だろう。抱きついてキスしていいぞ」
「しね―――よ!!」
「照れるな」
「嫌がってんだよ!」
 コーヒーとケーキは綺麗に無くなっていた。
 ふと気付いて、綱吉は顔を顰める。
「お前早食いの癖あるね。カラダに悪いぞ」
「仕事上、どうしてもな」
 肩を竦める仕草がヤケに似合う。
 あの赤ん坊が………感慨深い気持ちと、なんでこんなになっちゃったんだ、それって俺の責任か、赤ん坊に子供に愚痴るなんてみっともない真似は二度としないぞう。が交じり合う。
 綱吉が過去の行状を反省していると、リボーンは札をカウンターに置いて立ち上がった。
「アレ、もう?ちょっ、待て待て」
「名残惜しいだろうが…」
「イヤお釣り。財布にちゃんと仕舞ったらさっさと出てけ」
「………」
 ピタと足を止めた色男が、自分の顔を凝視している。
 ついでに店の客も自分とリボーンを凝視しているな………綱吉は一連の会話にジョーク以外の何物も滲んでいないといい、と願った。
「まるで子供扱いじゃねえか」
「ンな事言ったって。実際お前年下じゃん」

 その瞬間、何の表情も浮かんでいなかった男の顔がピキリと固まり、気配に冷気が入り交じった。

「あ………アレ?」
「そうか。そういう事か」
 何を一人で納得しているのだと、綱吉は釣りを掴んだままリボーンの顔の前で手を振ってみる。
「おい。おーい」
「ツナ」

 ちゅ、と。
 なんだか外国映画とかでやたら聞き覚えのある音が目の前でした。
 リボーンが固まる綱吉の手を掴み、顔の前まで持ってきて口付けたのだ。

「あまり手こずらせるな。折角絡め手で落とそうと思ったのに、実力行使に出たくなる」
「な、な、なにを…」
「小さい指だ」
「っ!」
 勿論綱吉にソッチの気はない。
 ズザッっと後退った後、手を無言でゴシゴシエプロンへ擦りつける。
「なに、それ。なん、おま」
「…ふ」
 帽子を掴んで被り直すと、かれこれ十九年前は一歳児、モミジの手だった元赤ん坊はベルを鳴らして店を出ていってしまった。
「ありえねえ………」
 こんな人が居る前でなんてことをしてくれたんだ、と。
 呆然と突っ立っている綱吉の手には更に額の大きい札が握らされていた。
「何コレ………まさか愛人扱い…?」

2007.1.13 up


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