最初の日以来、リボーンは毎日顔を出した。
 文句を言おうにも食ったら即出ていくため実に優良な客、としか。金払いは良すぎるほど良く、綱吉は握らされた札からコーヒー代だけをきっちり抜いて封筒に仕舞い、翌日返した。何か言いたそうなのを軽く睨んで黙らせ、もう定番になったエスプレッソを出す。
「仕事で来たのか?」
「知ってるだろ。プロポーズだ」
「ゴホッ」
「難航してる」
「ふ、ふーん………大変だね!」
「返事を急かす野暮はしないが」
 いい加減決めろと言われて綱吉は派手に顔を顰めた。
 このところ感情表現がオーバーになりつつあるのは、このイタリア男の多少のことでは引かない性質のせいだった。やんわり断っても効かないし、はっきり断ってもおとすと豪語する。じゃあどうしろって………つまり、顔に出すしかない。

 カランカラン。

「いらっしゃいませ…」
 入ってきた客の顔ぶれを見て、綱吉の顔がまた曇る。柄の悪い男が数人、揃って入ってくるとなるとこれは―――
 トラブルを予感して周囲の客が慌ただしくレジに群れる。店は小さく、店員は綱吉一人。はやくしろォ、とかかる声―――とてもさばききれる状況じゃなくなった。
 綱吉は悩んだ。
 レジを先にうつべきか、怖いお兄さん方に水を出し注文を聞くか、それとも。
 このまま受話器に手を伸ばし、近所の交番から駐在さんを………

 ガタンと音を立てて立ち上がったのはリボーンだった。
 この男が音を立てて行動するのは珍しく、そして見るからに分かる威圧感を漂わせ、歩くのも初めて見た。どちらかというと目立たないようにしていると感じていたのだが………
 彼が無言でお冷やを出すと、足を崩しだらりと座っている人相の悪い男達がびくりと後ろに下がる。
 それを恥じるように姿勢を正し、なんだテメェはと殊更凄んでみせるが、
「………」
 リボーンは沈黙したままその場を動かない。
 ―――怖い。
 綱吉も怖い。いったいお前は何をやっているんだ。つーか、やっぱソッチの人なのか。
 いい加減の沈黙の後、くるりとリボーンは後ろを向いた。
「全員コーヒーで良いそうだ」
「あ、あ、そう」
 レジを済ませカウンター内に戻った綱吉は慌てて準備をする。
 驚いたことに男達は文句も言わず、ただ黙ってその場に座っているだけ。一人など俯いてガタガタ震えだしているから
(何が何だか分からない!)
 分からないけど、とりあえず注文はコーヒーだったな。
 多人数用の分量でブレンドをいれると、リボーンが運んでくれた。砂糖とミルクを用意したが、そっちは持っていかない。案の定一人が探すように顔を上げたが、
「そんな無粋な物を入れようってんじゃないだろうな?」
 リボーンの圧力に屈し、黙ってブラックで口に運ぶ。
(ああ、ああ…そんなの人の好みなんだよ、好きに飲ませたげればいいじゃんか…)
 綱吉だって飲めるようになったのは成人して大分経ってからだった。それまではコーヒー………か?ぐらい甘くて白っぽいものを飲んでいた。
 本当なら彼等を心配する立場ではないのに、綱吉は同情してしまう。それぐらいリボーンの態度は上から見下ろすものだったのだ。
 これがヤクザもの特有のにらみ合い、力の示し合いなのだが、一般人の綱吉には何かやってるなあ、ぐらいしか分からない。
「飲んだらさっさと帰れ。てめえらみたいのが居るとただでさえ薄汚い店の、更に品位が悪くなる」
「薄汚くて悪かったなぁ!!」
 思わず、だったが綱吉の大声にすら男達はびくりと肩を振るわせた。完全に勝敗は決していたのだ。





「あんなのが来るのか」
「いや、今日が初めて。で、多分最後じゃないかな」
「チンピラを甘く見るな。絶対にまた来る」
「………」
 あれだけ脅しておいた当人が言うのだから、のんびりしている綱吉も流石に緊張する。人が失せた店でカウンターに座り、売り物のコーヒーを飲んでいるウチにカタカタしてきた。
 空気を読むわけではあるまいが、客はさっきから一人も来ない。
「揉めてる様子は無かった…今までだって一応カタギの人立てて、穏便に話し合いを」
「様子見だな。これからはああいう手段で出てくるぞ」
「そう…」
「まあ、オレとしては歓迎だね」
 なんでだよと目を剥く綱吉に、リボーンはけろりと言い放つ。
「決意が早まっていいだろう?お前一人であんな奴らの相手をするのか?恐ろしく手間と時間がかかるぞ」

 むか。

「相手なんてしたくないけどお前の冗談に付き合うつもりもないね!」
 噛み付いてドンと叩くと、コーヒーがカップごと踊る。
「く、くだらない事言ってるんじゃないよまったく!店を手放す手放さないは俺の好きにするし、あいつらだって―――…その」
 どうするつもりだと伺う視線が痛い。
 本当はあてなどないし、どうしたらいいかも分からない。
「おまわりさんに…どうにかしてもらう」
「ハッ」
 いかにも「バカじゃないのか」的反応にむっとしたのは確かだ。
 しかし反論は出来ない。綱吉自身、事態に非常な心細さを感じていたのだ。思わずカウンターにがばりと伏して唸る。
「うう………」


 考えた末、綱吉はぼそぼそと聞き取りにくい声で言った。
「………なあ、リボーン。君」
「クンは余計だ」
「キミ明日とか………アアもう手っ取り早く向こう一週間とか、暇かなあ?」

2007.1.14 up


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