誰かさん曰く「薄汚い」店はこのところ連日お客がひっきりなしだった。 最初こそ柄の悪い兄さん方が主だったが、3日も経たないうちに叩き出された。主に近所の奥さんとお姉さん女子中高生、とにかくありとあらゆる年齢層の女性の手で。 カランカラン。 「「いらっしゃいませー」」 店内に一歩入れば、確かに薄汚………薄暗い照明、地味なカーテンにシンプルな壁飾りと辛気くさい店だが、華はカウンター内にあった。 「いらっしゃいませ」 上着を脱いだシャツ姿。アームクリップで袖をはさみ、シンプルな綿のエプロンを身に着けた背の高い男は顔立ちから言って日本人ではないようだ。彫りの深い端正な顔に薄い笑みを浮かべて応対する姿は店主だろうか―――とも思うが、違う。 「………どうも。注文決まったら、言ってくださいね」 男の影に隠れて地味に―――少々引きつった微笑みを浮かべるのが店主の沢田綱吉である。 此方は普通にタートルネックのセーターを着て、一見高校生か大学生のようにも見える頼りなさだが、コーヒーをいれる手つきは確かだ。(それは学校を卒業して10年もやっていれば馴れる) 「どーしてくれるんだコレ」 老若女女、とにかく女性でごった返す店で忙しく立ち働いている二人は、顔の表情は動かさず口だけで、小声で会話する術を身に着けている。 「商売繁盛で良かったじゃねえか、感謝しろ。キスしていいぞ」 「しないから………」 一々激しく反応していられない事を学習した綱吉である。 リボーンのこれは、挨拶だ。ジョークだ。そう思うことにした。 「ホントどうしよう。もうサンドイッチ用のパンが無い」 「配達頼め」 「なんだか悪くない?」 「バカ、オレ一人でさばけるかこの数が。お前はお前の仕事があるだろう」 その通りである。 リボーンは軽食を、綱吉は飲み物担当で忙しく働いている。 材料だけでなく調味料まで底をつきそうな勢いに綱吉はガックリと肩を落とした。 「…注文してくる」 「いってこい」 綱吉がリボーンにバイトを要請したのは、ほんの思いつきだった。 その場しのぎのテキトーな意見だったのである。だから、いい加減の沈黙の後 「ま、いいだろ」 と言われたときはぶっとんだ。聞き返した。 「ええっ?!いいのかよ!」 「妻の頼みとあらば」 「違うけどな!ホントに頼んじゃうぞ?」 「フン」 綱吉にしたら、あの強面をリボーンがしばらく追い払ってくれれば嬉しいなあぐらいの気持ちだったのだが、彼の―――「得意料理云々」は本当だったらしく、軽食をまかせたらとんでもなく美味かった。むしろ「料理は得意云々」である。 こりゃあいいと、綱吉は飲み物専門に回った。 今まで知らなかったが、二人で作業するとこの店はすごく楽だし、早く出せる。客の回転もいいな……… ホクホクと仕事をしていたら、思わぬ効果を生んだのである。 「注文してきたか?」 「20分以内に届くって。なんだか懐かしいねって………前母さんの店の時ちょくちょく頼んでたから」 「そうか」 店主並に場を仕切るこの男が原因だ。リボーンはえらくイイ男だったので、瞬く間ご近所で評判になってしまった―――おまけにそんな奥様方が席を賑わしている最中チンピラ共が再挑戦してきた、席に座りたい女性方とコーヒー一杯で粘るそいつらとで戦争が勃発したのである。 店を見回す(威圧)間に、買い物袋を下げたおばさんがどっかりと座った。 戻ってきてみると席がない。煙草やライターはまとめて棚に乗せてあり、ダンナの愚痴で盛り上がっている席に兄さん方が「勝手に座ってんじゃねーぞババア!」と幾ら凄んでも無駄である。 その上リボーンが向いていき、カップを片付けて全員ぽいぽい外に放り出したので彼等はまた失敗したのだった。 翌日など、丁度下校時刻に来たから制服姿の女生徒さんたちがキャーキャー言う場である。 綱吉もクラクラくるぐらい、店内はパステルの空気を纏っていた。笑い声もガハハじゃなくキャッキャッ、である。 眩しい。 トーンの高い声で「ごめんなさーい、満席です〜!」と断られたら、無理に入ってくる訳にもいかない。おまけに綱吉の連絡で駐在さんがカウンターに(デレデレ)座っていたのでごり押しも出来ず彼等はスゴスゴ退散した。 「つ、疲れた………」 9時の閉店後、モップがけをしていた綱吉は柄によりかかって呟く。 「これで?」 皿を拭いていたリボーンが呆れたように言う。どうやら彼の本業は喫茶店の店員などより余程ハードなようだ。笑いが滲んでいる。 「いろんなことが予想外で………あてて、ちょっ、腰痛い」 「運動しろ」 運動不足を指摘され、綱吉の口がへにょりと曲がる。分かってる。分かってるけど。 「そんな暇ないよー」 「定休は火曜だな………小さい店でも手が足りないのじゃないか」 「だからメニュー減らしたの。それに、母さん居なくなってからは客も減る一方だったし」 やーっぱ男じゃね、とぶつぶつやりながらモップ先をこねくりまわす。 奈々は綱吉ほど大きな子供がいるとは思えない程若く見え、可愛らしい容姿をしていたから男性客にも人気があった。見知らぬ客が家庭の事情を聞いてくる事もあった。父親は出稼ぎだと言えば目をきらめかせる不届きな輩も居た。 母は父にベタ惚れだったので綱吉がグレたくなるような事情には陥らなかったものの、客入りにも影響していたのだろう。 人は人か……… 改めて実感した綱吉は、カウンターに身を乗り出して憎たらしくなるほどボロのない男のエプロンを引っ張った。 「これ、父さんが一回だけ着けたやつなんだよ」 「家光が?」 「手伝うってんだけど、てんで駄目。ガサツだろ、あの人。最悪だよ母さんはしゃいできゃっきゃしてるだけだし」 中学生だった綱吉は無言で悲惨な店の中を片付け、部屋に籠もった。 反抗期だったのである。 「おばさん方には評判良かったけどねー」 「お前、奈々似だな」 しつこくエプロンを引っ張られる仕返しのつもりだろうか。 まだ濡れた手でわっしと頬を摘まれ、綱吉の顔が盛大に歪む。 「うるへー、わふわっはは」 「悪いわけがない」 「ほっひはお」 「好みだよ。好きだと言ってる」 「………」 もうこの子ヤダ。 綱吉はしょっぱい顔になった。こういう、いわゆる無駄球を事も無げに、あっさりした振りで、ドカンと150キロで投げてくる敏腕投手にはどうしたら良いのだろうか。 「………って待て待て待て!」 「チッ」 摘んでいた頬を包むようにして更にグイと引き寄せたリボーンの唇と、綱吉のそれは触れ合う寸前だった。慌てて引くと舌打ちされた! 「雰囲気読めよお前」 「読んで拒否したんだ………ああ危なかった」 何事も無かったかのようにモップがけに戻っていく綱吉の後ろ姿。 リボーンの舌打ちは本心である。ぼーっとしてるようで案外しぶとい。 ひくりと頬が引きつり、こちらも口がへの字に曲がる。 「ダメツナ風情が。ガキ扱いしやがって」 2007.1.15 up next |