放蕩癖のある父親のおかげで、望むと望まざるとに関わらず綱吉は母との二人暮らしに馴れていた。
 学生時代は特に意識していたから、それで弄られることはなかったが実際結構なマザコンだと思う。しょうがない。常に二人なのだから。
 奈々が、時々綱吉も呆れるぐらいネジが一本飛んでいて、とんでもないドジを踏んだり無防備だったり―――放っておくのはあまりにも危なっかしい人物だったせいもあるだろう。
 それが急に父の元へ行く、と言い出したから、綱吉は驚いた。
 正直ショックだったと言ってもいい。父はいつか帰ってくるだろうと思っていたが、母が日本を出るとは想像だにしていなかった。
 寂しくないと言ったら嘘になる。


「………7時か」
 朝、起きて一人。朝食の準備も火の気も自分が起きるまで当然無し。
 一人暮らしは結構な期間になるものの、未だに自分が何処にいるか、何をしているか一瞬分からなくなる。
(そろそろ本気で彼女作れって事かな………)
 その精神なら彼女でなくていい。猫でも犬でもいいだろうが、綱吉は凡庸すぎるほどに凡庸だ。そういう発想しか浮かばなかったのである。

 一階に下りて店へ通じる扉を開ける。
 コーヒーの香りが染みついた店内。
 窓を全部開け、埃を被った品を全部出す。今日は定休日でゆっくり休めるというのについいつも通り起きてしまった自分が恨めしい。本当ならもっとゆっくり寝られたのに。
「おはようございまーす…」
「あ?おはよう」
 霜の降りた花壇の土をつついていると、通りがかりの女子学生が恐る恐ると言った感じで声をかけてくる。
 此処数日頻繁に来る子の一人だったので、挨拶を返した。ぺこりとお辞儀をする様子が可愛らしい。
「あの…」
「ごめんね、今日は休みだよ」
 だからあのおにーさんは来ないと思うよ………と言外に言っていたのが、伝わったようだ。
 女の子はぱっと顔を赤らめて「そうなんだ」と呟き、手袋に包まれた手をぐっ、ぱっ、と繰り返している。カワイイ。
 いいね、若い子は。
 勝手に和んでにへら、と笑うと、むこうもえへと笑う。
 ほのぼのとした空気が漂った所で、「じゃあっ!ガッコ行って来ますっ」と走り出していく背を「いってらっしゃ〜い」見送りながら、綱吉はひたすら「女の子………いい、なあ」などと感激していた。
「………けど、ま」
 そのカワイイ女の子はリボーン目当てで店に来てる訳だけどね………ハハ。
 一番悲しい事実に突き当たったところで掃除に身を入れることにする。
 客層がすっかり代わってしまった為、それまで置いていた雑誌を全部破棄しろとリボーン様に言われていたのだ。
 幾ら父親譲りのガサツさと母親譲りの大らかさを併せ持つ綱吉とて、女性でいっぱいの店内に女性グラビアで溢れた青年誌やスポーツ新聞は置けない。
 新しく料理雑誌や女性向雑誌でも置かねばと柄にもない気遣いを考えているのである。
「ふいー」
 表紙がちぎれてぼろぼろの雑誌を纏めて紐で縛り、物置へ。
 ハタキで埃をおとす。天井は、以前母親がテレビショッピングでまんまと購入したダスターを使って………照明の傘も取り外し、雑巾で拭いた。
 埃や雨で汚れたガラス窓も全部。
「腹減ったなー」
 陽が高くなり、気温が上がるにつれて人通りもそこそこ多くなる。
 顔見知りが何人か通りかかり、常連客の老人が杖をついてやってくると、働いている綱吉を物珍しそうに眺めた。
「沢田さんあんた………何やってるの?」
「何って掃除ですよ掃除」
「はあ?めっずらしい………」
「いややってますよ!やってますから!」
「それ………アレだろ?夜終わった後辛気くさ〜くやってたろう」
「ぐっ…」
 常連なのでそんな綱吉の行動もお見通しである。
 何も言い返せずぐうぐう唸るだけの真っ赤な顔を一瞥し、やー今日はイイ天気だねえと空を仰いだ。
「それも、アレかい?新しく来たあの男前」
「………うん」
「はあぁ………あんたも大変だねえ」
 正確には言われたのは雑誌の整理のみ。
 気恥ずかしかったのでそのせいにしてしまう。
 本当は、ずっと一人でやってきた店に誰であろうと―――人が居るのが嬉しかったのだ。
 仕切られようが詰られようが、「お前はそっち」と指差し一つで、それは認められる事と同異議であり、コーヒーを煎れるも張り切ろうってものだ。
「そ、か。定休日」
「サービスするから来て下さい明日」
「やだよ。入りにくいったら」
「俺も居にくいんですよ………」





「よし」
 最後に、いつもより念入りにモップをかけた。
 店のドアを開け放してあるからサッと乾く。冷たい空気と明るい光で照らした店内は確かに「薄汚い」に相応しい様相を呈していた。
(長いものなぁ………)
 そろそろ壁紙ぐらいは張り替えた方がいいんだろうか。
 カーテンも、それに合わせて明るい色に変えようか。
 もう何年も気にしたことのない事を考える。整頓など苦手な綱吉は母の通りに物を仕舞い、仕事をしてきた。改めて考えたのは初めてかも知れない。知らず知らず"現状維持"ばかり気にしてきた。
(勝手に弄ったら母さん………あの人は喜ぶか)
 綱吉はあまり自発的な子供ではなかった。
 自分からこうしたい、という欲求を、ただの我が侭だとしても、結局駄目だと言うにしても、母が少し嬉しそうに聞いていたのを思い出す。

「メシにして………足りないモン仕入れに行こ」
 雑巾を纏めてゴミ袋に詰め、これも物置行き。
 手を洗って今日一日目のコーヒーを煎れる。一瞬、アイツは来るだろうかとその存在が頭を掠めた。
「………」
 手は勝手に二人分を煎れたが、結局その日リボーンが顔を出すことはなかった。

2007.1.16 up


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