随分機嫌がいい。 リボーンはマッシュルームを刻む手を止めないまま、ちらりと隣を見る。そこらに座っている高校生と同じクラスです、と言っても通じるような童顔が、心なしか綻んでいた。 見るからにウキウキ。 「………」 綱吉は綱吉の癖に一丁前に女が好きだったりするらしいから、そういう効果かと思いきや、昼をずらして現れた老人にやたらと愛想を振りまいていた。 (こいつ………ジジイ専か?) 注文もしてないウチから「ちょっと貸して」と調理スペースに立ち、自らフライパンを振り始めたから驚いた。今までそんな事無かったのに。 持って行くにも「お待たせしましたぁ!」と声を張り上げていた。 なんだそのテンション………ちょっと驚いたぞこのオレが。 思わずその客をまじまじと見てしまう。なんてことはない、普通のじいさんだ。 (でもな………) 綱吉はこれでいて立派なファザコンである。 幼少期から頻繁に留守にする父親に、逆に思慕が募って邪険にする。そういう傾向がある。 実際年上の男性に弱く、人が良いだけ、悪漢には何の役にもたたなそうな地元警察官にも親しげに話しかけていた。向こうも綱ちゃん綱ちゃんと騒がしく、うるさく、耳障りだった。 なんだ、綱吉の癖に。 ムッとした。 「おい」 「んー?」 「バターが切れてるぞ。買ってこい」 「え、もう?」 っかしいなあ、昨日買ってきたのになぁとしきりに首を傾げる綱吉。 リボーン側にある冷蔵庫の中に手つかずのバターがあるのは、確かめさせない。 「早く行ってこい」 「はいはい………じゃ、あとヨロシクね」 単純な綱吉。単純で愚かな綱吉。 彼は何の疑いも持たず、エプロンを外し財布を持った。カランカラン、ベルの音を鳴らして出ていく。 リボーンは殊更澄ました顔で包丁を操った。 その手つきに客席から熱い視線が向いている。視線を流し口元だけで笑むときゃあ、と声が挙がった。じいさんも目を丸くしている。 (フン) 「………」 (遅い。何やってやがる) 内心で吠える。リボーンは、壁にかかっている時計を何度も見た。 もう40分以上経っているというのに一向に綱吉は帰ってこない。店はますます混雑してくるし、流石に手際のいいリボーンも奇妙な焦りを感じていた。 のんびりしている綱吉だが、店を放って何か別のことを始める根性はないし、リボーンに逆らう度胸がないからまず出来ない。 となれば、後は誰かに捕まっているという選択肢しかない訳だが。 (まさか…) この所顔を見せなくなったチンピラが頭に浮かんだ。店で対応した他にも裏でこっぴどく脅しつけておいたからしばらく来ないと思っていたが、リボーンが居ずに綱吉だけの時を狙うかも知れない。 そもそも裏世界に顔の利くリボーンは、この辺り一帯のヤクザにそれとなく話を通させていた。 あの店には手を出すな。 この協定は奈々が店を切り盛りしていた頃からずっとある。 元は家光が自ら出向き、睨みを利かせて愛する妻と息子を守っていたのだが、奈々が海外に渡ったことによって無効化していたようだ。 危惧する家光から用事を言いつかり、リボーンは来たのだった。 他でもない、友人の、大事な一人息子を守るために―――… 「………クソ」 ぼそりと低い声で呟きながら、トランクを持ってリボーンはカウンターから飛び出した。 「おいじいさん、ちょっと店を頼むぞ」 「はあ………………………ってえええ?」 エプロンを脱いできょとんとしているじいさんに頭から被せる。 店を走り出ると外はすっかり暗くなっていた。これはあまりいい傾向ではない。 2007.1.16 up next |