狭い船の個室で綱吉は呆然としている。
 船員用の恐ろしく質素な部屋に二人。綱吉は動けない。
 もう一人はTシャツに柄シャツという当たり障りのない格好をしているが医者だろう。点滴針を刺している時に患者が起きたので、咄嗟に腕を押さえ込んでいる。ややあって離す。
「………、………」
「え?」
「………」
「はいぃ?!」
 外国語(イタリア語)で捲し立てられて綱吉は困った。
 とりあえず、自分の欲求を伝えた方がいいのかと前を押さえて起きあがろうとしてみる。
 ………起きあがれない。
「………」
 医者はまったくの無表情で透明な管を持ち上げた。
「………え、それは…嫌だ!」
「………」
 いつもは鈍い綱吉なのに、この時ばかりは即相手の考えが分かってしまった。
「自力で!自力で行きますお願いします!!」
 ふんぬー!
 力の限り踏ん張って、ようやく上半身を起きあがらせることが出来た。しかしちゃんと服を着ているにもかかわらずとても寒いし、頭がガンガン痛む。
 鼻の奥にあのツンとした匂いが蘇ってきて、綱吉の記憶をかき乱した。

「………、………、………」
「あんたずっとついてくるつもり?トイレじゃ離れてよね…」
 もう通じないことは分かっているから、二人で適当な事を喋る。
 医者の方は英語も話せるようで、英語で話しかけられた時は綱吉も頷いたり、それなりのリアクションを取るが喋るとなると無理だ。英単語を思いきり日本人発音で。通じない。苛々する。日本語。
 相手も『わかったよ』みたいな顔になり、俄然イタリア語で捲し立てる。
 これでいいじゃないか。
 考える事を放棄した綱吉はぺらぺらと日本語で喋りまくった。
「おおーっとあぶねえ」
「フヒャラ〜ハハハハハ」
「何?今のウケるの?なんで?………それ」
「アヒャヒャヒャ」
 トイレでは幾ら追い払っても支え手が来るし、フラフラは収まらないしで受動的になる。
 結局帰りは殆ど医者に寄りかかって部屋に戻ってきた。
 部屋に入った途端、ガチャンと外から鍵がかかる。
「………」
 どうやら囚われの身であるらしい、というのは綱吉にも分かっている。
 意識を失う寸前「イエミツ」と発音された父親の名から、またアレは面倒な事にまきこまれているんじゃあなかろうな、という疑惑も芽生えている。
 今回の程度は誘拐にまで発展したが、過去にも父親の所行で忙しく他家へお世話になったり、移動したりという事はあったから、変な馴れというか心構えが出来ていた。
 最後には必ず父親か、でなければ父親の友人が「もう大丈夫だ」と助けに現れてくれるとも。


 閉じたドアの向こう側では、男達が安堵のため息を吐いていた。
 綱吉にかがせた薬の量が多く、思いの外覚醒に時間がかかったのである。荷物室に転がしておいたのを大慌てでベッドに打つし、医者を付かせてやっと―――目を覚ましたのだ。
 既に船は出航し、熱帯域に到達している。船籍はギリシャ、寄港地は最小限に抑え、ひとまずは其処を目指す。
 繋がりのあるマフィアに既に連絡は付いており、裏をかいてイタリアの手前で交渉となる予定だ。
 裏社会の事など何も知らない上、父親の立場も非常に曖昧で、難しい。一般人の域である。人質綱吉は扱いが難しく、本土では対応の早い敵方ファミリーの動きに怯える向きもあった。
 状況によっては「間違いでした」と詫びを入れる事態にもなりかねず、とにかく綱吉に悪印象を与える事は避けたい。
 自然、乗組員の態度は最初の乱暴なものからは想像も付かないほど丁重になっていた。





「だからお前は来るな。邪魔だろうが」
『ううっ………そんな邪魔って』
「ツナはこっちでなんとかする、お前は其処で踏ん張ってろ。間違っても奴らの要求なんぞ飲むんじゃねえぞ」
 既にイタリアに着き、折り返して機上の人となっている予定のリボーンは我が子を心配する父親の対応におおわらわだった。
 ビジネス上、些細な行き違いといえばそれだが、もっと根が深い。
 周囲で付け狙っているマフィアに肉親の―――綱吉の居場所がバレているという事だ。
 こうなればもう気楽な一人暮らしを推奨してやるわけにも行かないだろう。
『ツナに何て言ったらいいと思う?おれ、おれ…怒られるのヤダなぁ………』
「知るかてめぇでどうにかしろ。奈々は?」
『無事だよ。隣の部屋で昼飯作ってる』
「この商売だ。諦めろ。オレはもう行く」
 切る寸前、あれですと声があがった。
 下には青い海と、港付近につき慎重に接岸しようとしている大型漁船が見える。船名を確認し、頷いた。
「口実は何でもいい、地元警察に情報を回して港を封鎖しろ」

2007.1.17 up


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