袋は嗅ぎ慣れない匂いがした。
 はっきり言って綱吉には悪臭だった。そんなものをスッポリ被せられ、揺さぶられるのだからたまったものじゃない。
「うっ………ウプッ!」
袋の中で不穏当な声が挙がっているのが聞こえたのだろうか―――ガラガラ身体に響く振動が止まり、ほっと一息吐く。長く船に乗っていたからまだ揺れているような気もするし、気分はあんまり良くないのだ。
「ほ、わ!」
 しかしほっとしたのも束の間、腹の柔らかいところにぐっと腕が入った。無理矢理持ち上げられ、更に限界近い内臓を押され、遂にその時は訪れた………
「無事か?」
「オッオッ………オエエエエエエエッ!」
 正に間一髪だった―――…
 口から出したモノにまみれる前に、すっぽんと袋から頭が出された!
 綱吉はその勢いのままがばりと地面に伏し、口元で留めたその袋に堪えていた不快を吐き出したのだ。
「アッ、リボーン?ウッ…ウエエエ………ぎぼぢわる………エッ、オエッ」
「………」
 感動の再会は綱吉の嘔吐によって全てが台無しとなった。
 リボーンは半目のまま呆れたように袋に顔を突っ込む綱吉を見て、ヤレヤレというように頭を振った。
「助けなきゃ良かった」
「なんでだよ?!俺すっごいピンチだったんだよ、今」
「今か」
「今だよ………危うく飲み会の帰りみたいになっちゃってたぞ、コレ」
 いい加減胃の中身を吐き出すと、満足したのか。
 綱吉はその妙な香りのする袋の端で嫌そうに口を拭い、ぐるぐるっと纏めてその辺にゴミ箱を探した。
「………ホレ」
「あ、悪いね〜、探せなくってさ〜。ところで此処、ドコ?」
「ギリシャのとある漁師町だ。ド田舎で交通手段が恐ろしいくらい無い」
「ギリシャって、あ、あのギリシャ?!横須賀とかじゃなく??」
「当たり前じゃねーか」
 正に呆然、といった感じの綱吉を見てリボーンはため息を吐いた。
 旅行以外は国から一歩も出たことがない一般人というやつは面倒である。
「ど、どうするんだそれ?!?俺、パスポート持ってこなかった!!」
「そりゃそうだろうな」
 バターを買いに出かけたのだから。
「どうしよう!密入国で逮捕される!」
「警官ならお前の後ろに居るぜ」
「ギャー!?」
 港は大分騒ぎが収まり、通常の荷揚げ作業なども再開されていた。
 何が何だか分からないまま地元警官にひっぱられていく男達を見て、綱吉は素っ頓狂な声を上げた。
「ありゃー、皆捕まっちゃってる…助けなくていいの?」
「お前、本物のバカだな。お前を攫って刻もうとした連中を助けてどうする?」
「えっ………えー!」
 スイッチがやっと入ったのか、綱吉は目を白黒させて卒倒寸前だ。
「気が済んだら行くぞ。長居をするにはえらく退屈な場所だからな」





 捕まっている間さぞかし酷い目にあっているだろうと思っていたのに、綱吉はつやつやして心なしか太ったようである。
 腹の辺りを摘みながらうん、ううんと悩んでいるアホ面に一発すこんと入れると、水のビンを渡す。
 リボーンのそんな態度にも馴れてしまったようで、「いたい」とのんびりした声が帰ってきた。
「いたいじゃねーよ」
「暴力的だなぁ。よくないよぅ、そういうの」
「体は洗ったか?」
「ホカホカです」
 微妙にサイズの合ってない服に袖を通し、水気を取るなり盛大におったち始めた髪をぶるぶると振って、ビンの中身を一息に煽る。
 どこから見てもおじさんの仕草である。
「ふいーっ」
「明日には発つ。向こうで家光が待ってるからな」
「ゲッ」
 綱吉は顔をひん曲げた。
「なんで?親父来んの?イヤー…」
「お前が行くんだろうが」
「へ?」
 一時的にホテルへ滞在した後、リボーンは即イタリアに飛ぶつもりだった。一刻も早くこのボンクラを安全な場所へ運ぶ必要がある。
「発つってドコへ」
「イタリアだ」
「イタリアァ?!なんだってそんな場所に行かなくちゃいけないんだよ!」
「俺は最初からそう言っていた筈だが」
「い………い………」

 嫌だ。

 そう言った綱吉の顔は嫌いなモノを出された子供のようだ。
 コトはそう簡単なものじゃない、言い出そうとしたリボーンの口にベタッと手が張り付く。
「ストップ!」
「んグ」
「聞きたくないから言わないでいいっ」
「………」
「わっ!」
 べろりと手の平を舐められて綱吉は後ろへ転がった。
 残念ながら大の男が横になれるスペースはなく、みっともなく上半身が仰け反る。
「ギャ〜〜〜!」
 わたわたと宙をかいて元の体勢に戻り、荒い息を吐いている間抜けはもう一度「言うな!」と叫んだ。
「なんで」
「どーせロクな事じゃない気がする………」
「お前なあ」
「オヤジの家業なんか今更聞きたくねーよ。知らないで今まで、過ごしてきたんだからさ」
「………」
「俺がガキの頃は聞いても教えてくれないか、誤魔化してばっかで。今更言われても、しかもお前からなんて絶対聞かない」
 どうせ言うならあのアホが土下座して言うべきだと息巻く。
 大人しい綱吉と言えど、不在の多かった父親に対しては思うところがたくさんあるのだろう。
「帰る」
「ツナ」
「なんか面倒でも、とりあえず一度は帰る。店も放っぽってきちゃたし」
「―――……は」

 バカめ。
 リボーンはそう言って帽子ごと頭を抱え、少しだけ身を引いた。
 そして、いい加減の沈黙の後ぼそりと言う。
「つまり俺はフラれたって訳だ」
「は?」
「まいったな」
 無理にでも引きずっていくつもりだった。こんな事なら、意識を失わせた状態でイタリアまで連れて行ってしまえば良かった。
 だが綱吉はきっぱりと断ってしまった。
 これ以上無理強いは出来ない。

「なんでそうなるんだよ」
 リボーンの鼻先に柔らかい石鹸の匂いと、真新しいシャツの感触が触れた。
 背中まで、あの短い腕を回されている。
「お前も来い」
「はぁ?」
「俺一人でどうやって店まわすんだ、アホかあんな……女の子ばっか呼んじゃって。ちゃんと責任取れよ」
「………正気か、お前」
「あんまり給料出せないけどな。食わせるぐらいは出来るぞ。多分」
 自信が無さそうにつぶやく。ぎこちない抱擁。
 額に当たる肩は見た目と違い、リボーンが本気で寄りかかってもちゃんと立っている。崩れたり、倒れたりはしない。
「世話かけて悪かったから、これからもよろしく頼む」
「勝手言うんじゃねえよ、ダメツナが―――…」
 分かっているのだろうか。
 とんでもないプロポーズだ。

 がばりと体勢を入れ替えると、綱吉はきょとんとしていた。

「え?アレ?なにやってんの???」
「なにってナニしかねーだろーが」
「ナニ?」
「ツナ………」
「わー!わあー!ちょっ、おまバカ何やってんだダァホ!!!」
 シャツの裾を引きずり出すと派手な悲鳴が上がった。手足もジタバタ暴れ出す。
「なんで抵抗しやがる」
「するよ!そりゃするだろ!おい尻とか揉むんじゃないー!」
「ぶっ」
 普段は絶対にそんな事はないのだが、綱吉が振り回した腕がリボーンの左頬を殴りつけた。
「痛ぇぞ」
「もっと殴られたいのか?!」
「ツナ………お前」
「変な誤解すんな―――!!おっ……お前は店の調理担当!俺コーヒーで!何でこんな事になっちゃうんだよ〜!」
「ハァ?てめ、いい加減にしろよ………!」
「ギャワー!」





 一晩の攻防の果て、二人は寝不足のまま翌日の飛行機に乗った。
 行き先は勿論日本であり、綱吉は現地で買った珍しい食材の詰め合わせを送ってご満悦だったが、同行人の不機嫌なオーラと低気圧にあてられて飛行機酔いを起こした。
「すげえ納得いかねーぞオレは」
「そ、そうお?ま、給料については追々…」
「帰ったら覚悟してろよ」
「………」
 込み上げてくる吐き気と眩暈を堪えつつ、綱吉は目を逸らした。
 思ったより、ずっとしぶとい。伊達にトシくっちゃいねえって事か、畜生。
 口笛でも吹きそうなそのナリに、リボーンは深くため息を吐いた。

2007.1.18 up


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