Re-composition



 多分、此処では大きな事件に違いなかった。人が殺されたというのは。
 しかし身体が騒ぎのただ中にあっても、心は嫌になるほど平静を保っていた。職業病というやつだと思う。以前の自分は何かの死というものに触れすぎていた。
 己の中に少しでも動揺のかけらがあるだろうか?
 自問しながら現場を見渡せば、踏み荒らされた泥の中にあるのは無数の足跡。
 身半分泥に浸かりながら、助けを求めるように空を掴んだ手。年若い、ブロンドの、美しい若者。彼は――先ほど確認したのだが――実は泥の中の半身が無い。
 彼の腰から下は何処へ行ったのだろうか。
 その顔を知っていた。第三居住区を纏めるリーダーの息子だ。
 入植初期からの一族で、多くの整えられた農地を持ち、発言力があり、この星で最も力のある家族だった。
 無論それらは全て本人達の力で得た物だ。
 農耕地に下ろす水の配分や、送られてくる物資の受け取りで揉める事はあっても、極小さな波である。
 この真新しい植民星では、争いは日常的なものではない。
 辛抱強く、それぞれの家の長は滅多なことでは取り乱さない。
 何より隣の家までたっぷり十数キロ離れているし、皆忙しすぎて他人に構っている暇がないのだ。
「この星の、自生の動物の仕業では?」
「そんな危険なものが居るとは聞いていない。何よりこの二年半、俺達はネズミより大きな動物を見ていないじゃないか。そんなものが急に現れるとは思えん」
「しかし…」
 青年の引き裂かれた半身は何処へ行ったのか。
「誰かが…」
 考えたくない事だと思う。
 誰かが彼を此処へ引いてきて(引き摺った跡があった。そして辺りに飛び散る血)、その息の根を止めた。
 残った残骸を泥の中に突き立てて、その誰かは去っていった。最も――自分が自宅近くの作業場から到着するまでの数時間の間に、犯行の跡は大勢の足跡に踏み荒らされている。
「一体どうしたら…」
 それでも特定は難しい事ではないだろう。
 皆がほんの僅か注意して、様子の違う者を探ればいい。
 此処に住む人の数は少なく、お互いのデータは行き渡っている。極端な個人主義の連中以外は皆一度は一緒に酔いつぶれた経験があるのだし、そういう『傾向』は見逃されないものだ。
 それでも――
「なあ、どう思う?」
「……ああ」
 問われた瞬間、口を突いて出た無様な溜め息。
 何故かは知らないが、この事件が簡単に終わるようなものではない事を知っていた。
 だからゆっくり首を振り、視線を泥のついた頬に移した。青白い皮膚が変色を始めている。





「正直驚いたよ」
 居住区の寄り合いを終えて、帰路に着こうとした時呼び止められ、夕食を誘われた。
 余程の事情が無い限り、こういう関わりを断ってはならない。
「あんたも驚く事があるんだな」
「オレの事を何だと思ってる」
 相手が柔らかい笑みを浮かべる。
 この地域を纏める長として、抜け目のない手腕を発揮してきた男の笑いだ。頼もしくもあるが、十分に用心すべきものだった。
「何しろアンタはタフだから。一人で何でもやってしまうし」
「……」
「元は軍に居たんだろう?」
「あまり関係がないと思うがな。兵士だって人間だ」
「それで――今回の事、どう思う?」
「動物ってセンは薄い。弁当にしちゃ、切り口が綺麗過ぎる」
 相手の顔を過ぎる一瞬の嫌悪の情。
 多分言い方を間違ったのだろうが、直す気は無かった。こういう無神経な所も自分なのだから。
「私達の内の誰かだと思うかね?」
「分からない」
 やはりこの男は冷静だ。
 トラブルを十分に厭いながら、現実を捉えようとしている。
 動揺していれば原因を外部に求めるだろう。
「植民に参加出来るのは精神レベルの高い者ばかりだ」
「まあ一応、そういう事にはなってるが」
「数合わせの人間は居ない。私は来る前にきっちりと調べたんだ」
 住人の深いデータを知る事が出来るのは、限られた人間だけだ。
 この男はある程度の身分があったのだろう。
「君は此処に来るまでに幾つもの検査をパスしている筈だ」
「うんざりする程の」
「それは此処が特別な星だからだ。この星域の中心となるべく整えられた、非常に重要な場所だからさ」
 新しい世界に住む者達は、いつでも自分たちのいる場所を特別だと考えたがる。
 星に神話の名を付けたり、より有用な企業の支店を置きたがったり。
 分からないではないが、公平な見方ではない。
 眉を寄せて異を唱えると、相手はゆっくりと首を横に振った。
「私は知っているのだ。その為に派遣されたのだから。あと数年もしない内、政府は此処へ大勢の管理者を送り込んでくるだろう――そういう、手筈になっている。だから私は」
 視線を上げた時、男の目には強い決意が浮かんでいた。
「早急にこの事件の犯人が知りたい」





 自分がこの星を選んだのは、余生を静かに過ごしたかったから。
 組織の管理のない場所で、(少なくとも、出来るだけ離れて!)一人気ままにやりたかった故だ。
 思いもかけぬ事実を聞かされて、しかも妙な頼み事をされてしまい、機嫌は朝から底辺を這っていた。
「クソッ…」
 乱暴に蹴飛ばした戸棚のネジが何処かへ飛んでった。
 こういう時、一人は便利だ。どれだけ八つ当たりしても、文句を言う誰かは居ない。
 と同時に、酷く寂しくも思う。無論それは余すところ無く自分が悪いのだが。
「はぁ」
 家族がない、という事は強みではあるが、同時に自身の存在を酷く浮いたものにしてしまう。
 特に植民星という、生産性を重用視した特異な環境に身を置くことにおいて類を見ない状況では。
 周りは皆固い絆で結ばれた家族ばかり。
 一人者には些か厳しすぎる環境だ。だからこんなくだらない用件まで言い付けられてしまう。犯人捜し?
(そんな面倒自分でやってくれ!)
 農地開拓連中よりは楽をしている自覚はあるものの、自分だって十分に忙しい。
 売り物になる鉱物を探知したり、調整を――フルオートのマシンだってメンテナンスは重要だ。一つ装甲を剥がせばガラス細工のように繊細な連中ばかりなのだ。
(大体、調べると言ったって――)
 お世辞にも社交的とは言えない性格が、ここにきて引きこもる傾向すらあり、人の顔を見るのが面倒だと感じてすら居た。
 それなのに人々の間を嗅ぎ回り、お前がやったのかと問い詰める役割を与えられるとは。
 光栄すぎる。感激の余り涙が出るぜ。


2011.4.16 up


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