Re-composition
随分と顔色の悪い男だなというのが、第一印象だった。
フラついているのは着陸時の酔いのせいだけではない。事情を聞いているからふんふんと相槌をうっているのか、ただ流したいから反応しているだけなのか判断が付かない。
「その――被害者の青年についてですが、ええと、おれ――私にご説明頂くより、そのう、本部のデータベースに上げさせて貰ってもよろしいですか?」
「はあ?」
「ですからね……私は調査員という名目ではありますが、その実ウッ」
要因はすぐに分かった。
遺体を冷凍・保管している安置所には、通達が行っていた。
室温をギリギリまで下げた部屋の中央に、簡素なアルミの台があった。
その上には発見された時より大分色悪く霜を拭き、ぐったりしている遺体が置かれており。
それはちなみに、半分しかない。
「うっぷ!」
それを見た途端、男は両手で口元を抑え身を屈めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「いいえ、いいえ……駄目です! ウッ」
途端に身を翻し、外へ行こうとする。
しかし其所まで保たなかったらしく、薄く氷の張ったシンクに頭を突っ込んで激しくえづき始めた。
事件発生――発見後、報告は速やかに済んだらしい。
面倒な犯人捜しを言い付けられて数日、大した情報も得られないまま(そもそもやる気がない)無駄に過ごしていた日――政府から派遣されたと言う調査員がやってきたのだ。
男は生まれてこの方クシを通したことがないようなボサボサの頭に、如何にも役人らしいスーツを着ていた。
そのぼんやりした顔立ちはあまり賢そうには見えなかったが、それでもお上が寄越したのだからと、扱いは丁重だった。
「ああ、あー…ありがとう」
散々胃の中の物を吐き出してから、男は蛇口を捻り、ぐったりとシンクに寄りかかった。
絶対に遺体の方を見ようとしなかったし、必要な報告は全て人任せだった。記録映像でさえ他人に撮らせたのだから徹底している。
「おれ、いや私は……死体は駄目なんです。絶対無理です」
「いやあんた、調査員なんでしょうが!」
「調査はします。けど遺体の確認は出来ません。勘弁してください…」
「はあああ…?」
周囲の失望と不審をたっぷりと受けた後、男は渡されたタオルでびしょ塗れの顔を拭きながら自己紹介をした。
「沢田です。この度の事件を担当する事になります。増員は今のところ予定にありませんので、何か起きたら速やかに私へ報告をお願いします。けどご遺体は見せなくて結構」
「は……」
「私の機関の捜査には、如何なる特権も階級も影響しません。全ての権限は凍結されますので注意してください。これは犯罪捜査です」
「そう決まった訳では――」
「いえ、殺人です。そういう……調査結果が、うぷ」
思い出したらしい。
「とにかく、夜暗くなってからの外出は控える事。犯人の餌食になりたくなければ十分に用心してください。怪しいやつにあったら逃げる。立ち向かおうなんて思っちゃ駄目ですよ」
彼はじろりと戸口に立つ、ライフルを持った男を睨んだ。
「他に質問があれば…」
「ある」
流石に堪えきれなかった。
「どうぞ」
「殺人だと言ったな。何故そう特定できる?」
「この惑星上に人間を刈れるような大型の生物はいないのでしょう?」
「発見されていないだけかもしれない」
「此処に人が入り始めて二年以上経過しているとか。開墾もかなり進んでいるようですし、何か居ればとうに気付いているでしょう。衛星カメラにもそんなものは写ってなかった、とすれば――」
「何かの事故では?」
「状況から言って、考え難いですね。町は遠く、彼の普段の行動範囲からは大分ずれている。周囲は何もない沼地。年若い青年が興味を持つような物は何もない」
「この近くに人を殺して放置しておくような人間はいない」
これは、大分ウソだった。
人の心など誰にも分からない。品行方正な人物だとしても、何かの瞬間にたがが外れる事だってあるだろう。
半分は建前だ。
残り半分は単に反応が見てみたかったからである。
案の定彼は、そこで初めて顔を真っ直ぐ上げ、正面から視線を合わせた。
「そうでしょうね」
「そう……なんだって?」
「殺す事が目的ではなかったかも。何かやむを得ない理由が――まあ、これはおいおい。ところで」
中途半端に濡れた手が、突然無造作に投げられた。
咄嗟に身を翻して避ける。
ややあって、それが握手を求める行動だと気付いた。
「私はあなたを知っている。本部のデーターベースで確認させて頂きました。大佐」
次に来る言葉は大体予想が付く。
それは幾つかある。お会いできて光栄ですという月並みなものから、一通り外見を評すもの、如何にも情報通を気取り、現役時代に関しての質問を投げつけてくる者。
そして――大佐、何故こんな所に? と不躾でざっくりとした問い!
「お会いしたばかりで申し訳ないのですが、今晩の宿を提供して頂けますかね? 私もうクッタクタで」
それは想像とは大分違う言葉だった。
こいつはもっと失礼な奴だ。
2011.4.16 up
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