Re-composition



 半年がかりでマトモな水が出るようにした(あの配管は相当手こずった)浴室をいとも簡単に占領し、下着姿で出てきた男の顔をまじまじと見るが相手は一つも気にした様子はなかった。
「いやあ、助かりました」
「…そりゃ良かったな」
「こういう辺境の植民星に来るとですね、必ず多人数の所に放り込まれたりするじゃないですか。あれホント勘弁して欲しいんです」
 独り者の変人が居て良かったという事か。
「家族とか、子供とか、年頃の娘さん息子さんだの、ね。思想団体なんかもありまして、本当アレはキツかったです……私はそういうのに興味が持てない人間なので」
 着替えを用意して来なかったのだろうか?
 痩せてはいるが、最低限の筋肉はついている。
 連邦の捜査官ともなれば多少の心得はあるのだろう。右腕の方が多少太いか。多分彼は銃を使うのだ。
「何か飲むか?」
「酒以外なら何でも。一応、これでも仕事中です」
 その格好でかとからかいたくなったが、寸前でやめておいた。
 この男とはそこまで親しい関係ではないし、そうなるつもりもなかった。
「大佐は」
「その呼び方は止めろ」
「なぜです?」
「オレはとうに引退した身でな。そう呼ばれると、首のこの辺りが引き攣る感じがする」
 ストレス性の緊張反応ですねとかなんとかブツブツと呟くと、相手はぐるりと部屋を見渡した。
「ご遺体ですが――」
「は?」
「誰が見つけたんです?」
 死体を見て吐く男にしては、ざっくりとした問いである。
 その事に戸惑い、僅かに反応が遅れた。相手は何故か笑った。
「第一発見者というやつですよ。古典は読みますか?」
「そういうものは、あまり」
「私は結構好きですよ。今のような管理された環境でなく、誰がどう他人を手にかけたとか、その理由とか、そんなものから犯人を特定するんですから。まさにこの状況ですよねえ」
 手渡したミルクを一息に飲んでしまうと、男はやっとシャツに腕を通した。
「珍しいでしょう。こういうのは」
「……」
「平和な世界だ。土地は広く、争う理由はない。皆良く統制されていて各々の役割を果たしている」
 のんびりとした動きで服のボタンを留めると、自分の爪先を見詰める。
「でも何故か人が死ぬ」
「……ッ」
 瞬間的に頭に血が上る。
 連帯感というのか、地元意識というのか――コミュニティから外れた独り者を気取っていても、己はしっかりとこの地に根を張っていたらしい。
 しかし怒りで声を荒げたり、相手を殴りつける気力はなかった。そこまで若くない。
 何より相手の不気味に凪いだ目の色が、貼り付けたような笑みが、熱を瞬時に奪ってしまった。





「ま、仕方がないでしょ」
 実際どのくらいの時間だったのかは分からない。
 苦痛に思う程の沈黙の後、吐き出された言葉は随分と軽い調子だった。
「この星は農耕星だから。今のところ。現場近くに宿泊施設なんてものはないし、私は上からコトを片付けるまで戻ってくるなと申し渡されてます。宮仕えの辛いところで」
「オレは別に」
「気を遣わなくて結構。俺は決して付き合い易いタイプじゃないです、特にこんな人の少ない場所ではね……放っておけば適当にやってます。どうしても我慢出来ない時だけ言ってください。では」
 好き勝手な事を言い置いて、男は部屋に引っ込んだ。
 物置のような狭い部屋しか用意できなかったが、気にした様子もなく床に直に敷いた寝具を引き寄せ、乱暴に身を投げ出して、目を閉じた。
 人と離れ過ぎたと思う。
 咄嗟の反応が出来ない。相手の思考が掴めない。
 もっともこれは、相手にも問題があるようだが。
「食事はどうするつもりだ?」
「だいじょーぶ、です。おやすみなさい…」
 彼は速やかに寝息を立て始めた。


2011.4.18 up


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