Re-composition
早朝、男は姿を消していた。
食事をした様子もなく、車を動かした形跡も無い。この広い場所で……徒歩で? どれだけの移動ができるだろうか。
多分、探したり、尋ねたりするのが正解なのだ。
それが人との付き合いだと――分かっていながら手が動かなかった。正直どうでもいい。
からっぽの寝床にパネルが落ちている。
上掛けを捲ると、彼が持っていた端末が現れた。これがないと仕事にならない、と言っていたっけ。つまり仕事ではないらしい。
そこまで考えた所で完全に面倒になった。
フライパンにタマゴを落としながら、足りない材料に気付いて舌打ちする。
調味料のストックを探す間、もう二つ分焼くべきだろうかと一瞬だけ考えて止めた。相手が要ると言ったらすればいいだけの話だ。
本職が来たからには、自分の役割は終わったも同然である。
中断していた作業に戻れるだろうか。忙しいのだ!
自分の仕事は農場のように天気に左右されないとは言え、人員はずっと少ない。なにしろ一人である……進行状況を見て判断するも、危険管理も全て自分一人でやらねばならないのだ。
可哀想に――だがオレには関係ない。
正直な感想だ。
顔見知りの哀れな姿を見ても、それ以上の感情は沸かなかった。青年がこの狭い社会のどの位置にいたか、周囲との関係は…その全てに興味が持てない。どうでもいい。
ただ、あんな残忍な事をしでかす相手には興味があった。
人間を真っ二つに割って、道端に放置する。
並の神経では出来ない事だ。
(――オレは)
自分なら。
多分、出来る。命令があればやるだろう。
だが遺体はもっと目立たない所に置く。人通りのある道から見渡して――直ぐに見つけられるような単純な場所には放置しない。
(見られて困るモンじゃねぇって事だ)
見せられた方は不幸だが(あの男とか)、犯人には何らかの事情があったらしい。
戸口に、ふと気配が立つ。
昨晩とそっくりそのままの、実に冴えない様相で例の男が立っていた。
捜査官という職業からは想像できない程に隙だらけであり、寝惚けているのか目線も定まらないようなのに、なんだか妙な気配がする。
ざわりと全身の感覚が騒いだ。
咄嗟に武器を探し、ドアの上にかけてあるライフルに目をやるが、途中バカバカしくなって頭を振った。こんな奴相手に――どうかしている。
「おはようございます」
「ああ」
そんな此方の動揺を知ってか知らずか、男はゆっくりとした動作で部屋の中に入ってきて、椅子に腰を下ろした。
「あ、食事は結構です。済ませてきたので」
「……?」
隣の家まで十キロ単位で離れているのに、何処に食い物があるのか見当も付かない。
しかし無駄口は叩かず、こちらも席に着いて一人分の朝食を平らげる。
男はそれを気のない様子で見ていたが、不意に片眼を押さえて唸った。
失敗だとか何とかブツブツ言って、大丈夫だろうか。
「なんだ?」
「…いえ、こちらの話で。構わず食事を続けてください……ところで、大佐」
「……」
「しょうがないですよ……おい、とかアンタ、なんて呼ぶ訳にもいかないでしょうに。俺、まだ名前も教えてもらってないですからね」
「……」
別に怒っている訳ではない。
単に名前を教えるべきか、そうでないか迷っただけだった。
礼儀として、またこれから共同生活を営む事になると思えば。
効率の点から教えた方が良いに決まってる、しかし。
そうまでする必要があるだろうか?
「それでいい」
「え、アンタ? それでいいの?」
思わず、と言ったように急にくだけた口調。
大きく目を見張り、きょろりと動かす滑稽な表情。
そうするとくたびれた男は大分若く見えた。まるで少年のように。
「いいのかなあ。なんていうか、アンタは大分俺より偉いんですが」
いいのかなあと言う割に馴染んでいる。
「オレは引退したんだぞ。もうただの一般人だろう」
「あんまりそういう風には見えないね」
くつくつと嫌な笑い方をした後、男は視線を手元に落とした。
テーブルクロスをくしゃりと掴む。
「こういう、ギンガムチェックのテーブルクロス広げてメシ食う人間には到底見えないですよ」
なんて失礼な男だろうか!
人様からの貰い物に……まあ、自分も思っていた事だけれども。
「似合わねぇか?」
「悪いんですが、完璧イメージがズレてますね。グレーっぽいイメージしかないです。迷彩とか」
「おいおい、大概分かりやすいなオマエのココも」
トントンとこめかみを叩いて見せる。
分かりやすい挑発にも反応はなく、男は会話の流れをぶった切った。
「……そうだ。俺、ちょっと現場を見たいんですよねえ…」
「ほぉ」
仕事をする気はあるらしい。
2011.4.28 up
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