長いデスクワークの果てに見いだしたのは、つまりこの仕事を幾らやってもキリがない終わりがないという純然たる事実だった。
昔の自分なら、鉛筆を鼻の上に乗せて口をとがらせ腕を頭の後ろで組んでぶつぶつと文句を言っていた筈だ。
世の中全ての無駄であることについて。
自分がこの作業をしようとしまいと、世界は動いてく事について。

「………ううん」

今だって、やろうと思えば簡単な事だ。
数歩先には来客用にしつらえたソファーがあるし、倒れ込んで寝たらさぞかし気持ちが良いだろう。クッションを枕代わりコートを被ってスヤ、スヤ、スヤ。夢のようなお昼寝タイムへようこそ、そして地獄の入り口へと―――

未だに一番恐ろしい存在である家庭教師が銃口を向け、冷たい目で睨め付けながらカウントする光景が瞬時に脳に浮かんだ。ダメ。やめよう。

………それに、其処には先客がいるのだった。実は今の今まですっかり忘れきっていたのだが、そのリボーン様をお待ちのお客様が約一名いらっしゃっていた。

それはもう神経を集中させ、全力を持って気配を探ると僅かに緊張が伝わってくる。
座り方も、なんだかおかしい。落ち着かない。
ソファーの座り心地はすごくすごく良いはずだ。それは珍しく時間が半日空いたとき、見張り役のリボーン様様に拝み倒して家具屋に行き、黒服の強面でフロアをいっぱいにしながら次々試し座りして選んだこだわりの一品で、ツナはまるで童心にかえったがごとくぴょんぴょんと尻でソファーの上をバウンドし、寝転がり、足をバタつかせて部下の皆さんを呆れさせた。
結局中でも―――いっとう呆れかえっていたリボーンが、スタスタと一直線に歩くなりどっかり座り「これ」と一言で決めてしまったのだが。
彼の慧眼は家具にすら及ぶらしい。

ソファーに背筋を伸ばして座っているお客に、声をかけてみた。
「俺茶ァ飲むけど飲む?」
「お構いなく」
「紅茶でいいかな」
「だから構うなと…」
一応、声かけてみただけだ。
既に湯も二人分沸かしてあるし、茶っ葉も二人分入れてしまった。
これで飲まないと言われても、とりあえず出すだけは出しておく。残ってたら後で自分で飲んじゃう。貧乏性なのだ。
「砂糖?ミルクは?なにストレート俺とおんなじだぁハハハ」
生憎、相手の表情を伺うことは出来ない。
なにしろ頭にすっぽりメットを被ってるもんだから、笑ったのか呆れたのか怒ったのか退屈してるのかすら分からない。
その上彼は気配を薄めることにかけては天才的で、いるかいないのか分からなくなるぐらいだ(とリボーンに言ったら、お前が鈍いだけだバカと言われた)。リボーンも気配を「消す」事は得意だけれど、完全に消えてしまうことも出来るけど、彼のそれはまた微妙に違っている。いるんだけど、意識させないというか。

だから逆に気になるのかも知れない。
自分で言うのもなんだけど俺は面倒臭がりで、人の世話をするのは本当は余り好きではない。
一人っ子の習性か一人でいるのが好きだし、時々何もしたくないし、もうほんとほっといてって時があるのだけれど、そんな俺がちぇーっとか仕方ねえなーっ的じゃなくなんか色々やってあげたくなる存在が彼だった。
今もこうして無意識に二人分茶を入れてるし、普段割と自分の仕事だけで手一杯になってしまうのに、こんなコトしてる場合じゃないのに、立ち上がって向かい合って茶を啜るこの一時がなくてはならないものに思える異常。

「リボーン、遅いなぁ。ごめんな?」
「別にお前が謝る事じゃない」

なんともクールなお言葉。シビれちゃうね、まったく。

「………何をニタニタ笑っている」
「日本人の習性」
「いつもそれだな…」

怒鳴る(どっかの教官様)でも嘲笑(どっかのカテキョ)でもなく呆れ混じりの嘆息。
絶対、苦労性だよコイツ。なんか親近感沸いちゃうぜ。アレ?
それともまさか?もしかして?

「すまん」

ぺこりっと頭を下げてからメットをちょっとだけ持ち上げて、カップを口に付けて………ンだろうな多分。いや其処までされると逆に気になる中身が。中身。
うわあああ気になる中身。
「な、何だ……?」
思わずフラフラ手を伸ばすと、あーこれは分かるよ。
思いっきり訝しんで怪しんで気色悪がって腰の退けている彼の口からは綺麗で透明な声がした。
「大丈夫か。正気かお前?」
「ん―――今考えてるところ」
「は?」
「いや、コレね。恋だったらどうしよう」





彼はものの見事に固まって動かなくなってしまった。
「おい。おーい」
確かに、我ながら、唐突だったと思うよ。
けどこうまでなるとは思わなかったんだ。
今のうちメット外したら………怒るだろうけど中身見れそうで。凄い誘惑。


2006.4.23 up


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