STAR DUST
縦穴は狭いところで1.8m程、横幅は2m強。
小柄な種族に相応しくこぢんまりとした地下の住居は新しい風が無く、じめっとしていた。幸いなことに此処のクランは体臭が薄く、南のそれに比べれば快適さは段違いである。土壁故の少々の湿り気ぐらいは、我慢するべきかもしれない。
とはいえ、高さがもう少し欲しい。特に背を伸ばして立たずとも天井に頭を擦りつけてしまう身としては。男は被っている仰々しい毛皮の膜をそっとめくり、ふっと息を付いた。案内の奴等は皆怯えきっており、ただひたすら狭い道を歩く。万が一にも見られる心配はないが、というか、見られても別に問題はないのだが―――用心に越したことはなかった。
コロネロは星間を渡る行商人の護衛をしている。
元は軍人だった彼が何故そんなことになっているのかというと、まあ………有り体に言えば干されたのだ。
今宇宙に表だった戦争はない。
彼は実のところ優秀な指揮官だった。
その覚えうる限り最後の戦争で行った最後の作戦で、星一つ吹き飛ばすまでは。
この、「星一つ吹き飛ばす」というのは容易な事ではない。使用する兵器によっては星どころか銀河全体が崩壊してしまうし、そうでなくてもあってしかるべきものがなくなればその星形のバランスが崩れる。
そもそも、開拓に適さずとも貴重な鉱石が取れずとも、星というのは元来神聖な存在であり、其処へ直接破壊という名のハンマーを振り下ろすに人は僅かでも逡巡を感じるものである。大いに、戸惑う。
しかし小型だがしっかりとビーム砲の備えられた軍艦が、一個の星と中に作られた軍事基地を盾に(この基地の設置には恐ろしいほど味方の金がつぎ込まれていた)籠城戦を気取りやがったのだからいけない。
「出ていかねえと星ごとぶっ飛ばすぞコラ!」を、誰も本気にしなかったのもまずかった。
コロネロはやると宣言したらば本当にやる男だったのだ。
まあそれとて、厳密な調査とシミュレーションをふまえ、周囲に万全の注意を払って今現在損傷は出ていないのだから(敵は戦意を消失して鑑ごと捕らえられ、反乱は制圧された)、その出来事は軍部では一つのパンドラの箱だった。
公式には事故ということになっている。
あるいは、お偉方は記者にマイクを向けられる度、「はあ、まあ、そういうことも世の中にはあるもんですなあ………」と明後日の方向を向く、という対応をする。
さて当の本人はというと、部下の命を危うくしてまで基地の奪取に固執するのはアホウのすることだと言ってはばからず、机の上に山のように積まれた始末書には火を付けてもしてしまい、顔を真っ赤にして椅子の上で悶えている上官には逆に怒鳴りつけ、地球産マホガニーの机を拳一つでまっぷたつに裂いてから退出、二度と姿を現さなかったという………伝説だ。(実は、別の機関に宥められすかされて泣かれて一回だけ総帥に会いに行った。勲章を貰ったが、現金にしてくれと断った)
………そんな訳で"スターダスト"(星くず、ではなく星をクズにする男の意味)と呼ばれる伝説の男は宇宙の放浪者となり、腕に覚えのある誰もが一度はやったことのある裕福な商人の護衛に収まり、退屈とそうでないまれな日とにぐらぐら揺れながら、無作為に人生を過ごしてきたのだった。
もうこれで幾度めか、忘れたが、この宇宙の端っこの惑星に降り立ったのは一度や二度では無かった筈。
しかし、こうして直に住人の住居にまで案内されるのは初めてだった。成る程、雇い主が勧める程度には悪くない。
異臭もない。地球人のコロネロから見れば少しだけ小柄、という馴染み深い姿形。
異星にありがちな習慣の違いもまだ開けてなければ、悪感情を抱く方が難しかった。元々コロネロは大らかで、少々の事は気にしないたちなのだ。
案内の者の足が速まる。
ほっとしたように、小走りにすらなって、彼等は広いホールの中へ出た。
続いてコロネロも屈めていた頭をうんと伸ばし、首をコキコキ言わせながら立つ。
広い円形の平場はドーム型に天井を掘ってあり、其処にこの穴に済む全クランの長が結集していた。
円座の上にあぐらをかいて座り、はしこい目をきょろきょろさせる老人達は取引覚えのある商人には慎み深い笑顔を向けたものの、背後に立つ大男のコロネロには怯えた眼差しを送り、子供達はキャーッと悲鳴を上げて逃げていく。
(まあこのナリじゃ無理ねぇが………)
全身をこの星の雪ヒョウ(に似た生物)の毛皮で覆ったコロネロはため息を吐いた。
厄介事を避ける為とは言え、こんな格好をするのはなかなか苦しい。
商人達は顔なじみの取引相手に、丸っこい顎と彼等の種族特徴の秀でた額を近づけ、ケエラケエラと独特の笑い声を立てて上機嫌だが、コロネロは汗だくである。
案内された席へ、乱暴にドスンと腰掛けると、周囲の者たちがわたわたと後退る。
歓迎の宴が始まっても、その態度は改まることがなかった。
こうなれば船へ残っていた方が良かったかと思うが、出される食い物は話の通り確かに一級品であり、この穴ぐらへ住む人々が銀河でも指折りの料理人である事をしめしていた。
宇宙に出れば味気ない携帯食か、異星人コック手製の脂ぎった肉料理ばかり食わされるので、これはチャンスなのだった。(余談だが、異星人コックの異星料理の中には有毒じゃないとしても食うと体が3倍に膨れあがったり、日がな一日中ジャンプばかりする羽目になったり、体が斑になってしまうものもあってなかなかに油断できない)
口元の毛皮をめくりながら料理を黙々と腹に詰め込んでいたコロネロは、始まった商談が熱を帯びれば帯びるほど眠くなっていく護衛人特有の症状に悩み始めた。
満腹である。
温かい、というか熱い。
このクランは大人しく、笑いも会話もさざめきのようにドームへ広がり、子守歌の如き効果を訴えてくるのだ。
眠気と戦いながら唸っていると、ますますコロネロの周りには人がいなくなってきた。
2時間あまりもかけて商談を纏めたクランの長たちと商人は、互いに手と手を取り合い、しっかりと握手をし、額と額を擦りつける独特の挨拶をして長い宴を終わらせた。商談が始まるまで2時間飲み食いし、更に2時間。
即断即決即行動を心に刻んだ元軍人のコロネロには、幾ら飯がうまくても耐えられない時間だったが、それも終わった。
商人達は肘で互いを突き合いながら、ニヤニヤ笑いでのたのたと歩き始めた。
彼等はクランから特別なもてなしを受けるのである。
姿形に差異はあるものの、同じ人型種族なので異種族性交が可能なのだ。彼等は一夜の快楽を得、クランは外界から新しい血を入れる。これもまた取引の一種である。
自分の血を受けた子供が異星で勝手にむくむく成長するなんて、地球人であるコロネロには背筋にゾッと来る話なのだが、彼等はまるで平気だ。
というか、このタチの感傷を理解せぬ同胞達も多い。口にして言うことは滅多に無いが、彼のその妙なモラルをからかいのタネにしていた部下達を思い出す。
勿論恐ろしい上官様に面と向かって言うバカは居なかったが、それでも耳の良いコロネロは知っているのである。
(別に女が怖い訳じゃねえぞ………)
多くの地球の男達と同じように、妻、あるいは恋人、パートナーへ対する遠慮やバレたらどうしようという恐怖などではないし、彼が高潔高邁な人間なのでもない。必要があればそういう世話にもなるし、オフであれば誘いに乗ることもある。
そうではなく、なんとなく、気持ちが悪いのだ。
自分とは明らかに違う存在が、自分と少なからず似た容姿をし、自分のあずかり知らぬ所で好き勝手な言動をするという事が我慢ならないのだった。
―――とすると、これは彼の完璧な自己管理欲求の一部かもしれない。
軍のカウンセラーに一言言ったら、皆で寄ってたかって適当な理由をひねり出してくれるかも知れない。
が、とにかく、コロネロは自分の子供というのは、まだ欲しくなかった。
2006.5.17 up
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